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東方海恵堂、番外編"宴の従者"舞の二
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東方海恵堂、番外編"宴の従者"舞の二

2017-06-19 20:51
    ニコニ・コモンズ連動
    (アルバス・カメリア)


    ―――

    ――



     壁のように見えた”それ”を、私は全く恐怖せず進んだ。その壁は壁ではなく、全くの幻影だった。強いていうなら蜃気楼か何かであったような感覚だ。

    「………待たせ過ぎだ、愚か者が」


     そして、壁を抜けた先で第一声に罵倒が聞こえてきた。さっきまでの穏やかな空気はもう忘れて、手厳しい一言に緊張が高まる。

    「…とは言うものの、人間でありながらここまで来れたことについては見事だと誉めておこう。やはり私が見込んだだけのことはある」


     虚無の壁の向こう、小箱のような部屋、そこには一人の女性が居座っていた。黒と飾り金の着物、こちらを見る鋭くも妖艶な瞳、そして、圧倒的な雰囲気…さっきの二人とは全く違う空気を感じる。

    「やっと来てくれたな。ここに来るまで”何回”私の妹たちと闘った?一度や二度ではないだろう?」


     彼女の言葉に、自分の記憶が音を立てて身体の中に染み渡るのを感じた。そう、ここに至るまでに私は何度もこの海恵堂を訪れている。もう数えるのも面倒な程に私はここに来ているのだ。


    「さて、お前が記憶を取り戻した所で、自己紹介をさせてもらおう。お前がさんざん相手にしていた妹たちの長姉…名は尾張という」



    "海"のエルダーシスター
    海 尾張/Kai Owari


    「…どうも」


     言葉が出てこない。なだれ込んできた記憶と、何よりこの尾張さんの雰囲気が口を封じている。恐怖とも畏敬とも何もかもが違う。この動きづらさは何だろう?

    「何はともあれ、ここまで来てくれた事、海(かい)の長姉としてお礼を言わせてもらう。これが一発での到来であれば、私が酌をするところだが…」


     そう、ここに来るまでに、私はこの海恵堂を少なくとも100回以上訪れている。しかし、この部屋にたどり着いたのは今回が初めてだ。なぜ私は何度も来たのか…そして、なぜ私が来たのか…?

    「さて、訳を知りたいと顔に出ている客人に全てを明かそうか」


     尾張さんはそう言って手を二度叩く。すると、今までに出会った尾張さんの妹たちが続々と集まり始めた。

    「やはり、姉様どしたか」


    「お客様が亀の話をしたときから気にはなってましたが」


    「尾張姉様が…この人つれてきてたんだ…へぇ………」


    「あっ、この人知ってる!今日私たちの前にやって来た人!」


    「あんた、素で忘れてるわね」


    「何人かの妹は事情を知っている。ただし、思ったことが口に出る子達は乙姫様の因果に巻き込ませてもらった」

    「一体、何をさせたかったんだ?」

     私が尾張さんに質問すると、尾張さんは一呼吸置いてゆっくりと話し始めた。


    ―――この海恵堂が生まれて幾年が経つが、海恵堂は僅かに人に知られるだけで、その力を確たるものとはしなかった。海神様も我々人魚なる妖かしも、その力の根源は”人間の認知”だ。知る人間がいなくなれば自ずと消え去る。


    「海恵堂は、それを知覚する人間を減らしている。このままでは我ら姉妹はともかくお母様にも迷惑がかかる」



    「だから、この娘たちは私に具申してきたのです。"御母様のために私たちで出来ることをさせてください"と…」



     私の後ろから、先程見かけたばかりの青い女性が現れた。その瞬間、立ち並んでいた妹たちが一斉に跪いてその青い女性に向かった。

    「ご紹介が遅れました。この海恵堂の海神"八百比 海琴"です」


     そう言ってにっこりと微笑む。待った、海神と言うことは神様じゃないか。そんなお方がなんでこんな人間に…?

    「お前を寄越したのはお母様ではなく私だ。お母様は私の具申を聞き入れただけに過ぎない」


    「そ、それでも待って!どうして私に?だって私はっ………!」






    「そうだな、"入水自殺をしようとしてた自分を"どうして…と、思っているのだろう?」






     尾張さんの言葉にはっとして、自分があの浜辺で何をしていたかを思い出す。

    「そんな人間なら、自分の生の終わり間際に見た光景を忘れないだろう?だから私はお前に賭けたんだ。その記憶を持っていつまでも忘れないような…海恵堂を忘れない一人の人間を欲したのだよ」


     自分が何をしようとして浜辺にいたのか、そしてなぜ自分がここにいて、この人ならざる者達と相対しているのか…それが、少しずつ組み上がっていくのを感じた。そして、完成したパズルを頭で眺めながら、吐き出すように問うた。

    「…私はもう、この世界に独りだけなんだ。そんな人間に覚えててもらって…嬉しいのか?」


    「あなたの事は海の底から見ていました。確かにあなたはもう独りでしょう。けれどあなたのような人は一人ではありませんし、何より私たちもあなた一人に頼る事になります。我々も孤独の当事者になりかけています」

    「だからこそ、同じ孤独の当事者同士で、それぞれの存在を賭けたんだ」

    「………それで、私に何をしろと?海神を崇拝すればいいのか?」


     私の言葉に、海神様と尾張さんが首を横に振った。

    「何をする必要もない。あなたが私達を気に入ったのならここに来るのもいいだろう」


    「あなたが自ら海を潜って、この海恵堂に来たのなら、私たちはあなたを歓迎しましょう」


    「ここに来なくてもいい、これから地上に帰るのならあとの事は気にしなくていい。もし入水の続きをしたとしても、私たちはお前を責めはしない」


    「元は私たちが勝手に起こした騒ぎです。それで、我々の存在が消滅するのならそれもまた因果と言うものです」



    「ただ」

    「一つだけ」


    ―――願わくは、私達を忘れないでほしい。どうか、その命の終わりの時まで


    「お母様」

    「えぇ」


     二人が目配せをして、尾張さんが前に出る。










    「さぁ………あなたの記憶に、私たちの存在を刻もう。もうあなたの記憶を書き換える必要はない。これから起きる事を…すべてあなたの記憶にっ………!」








     そう言って、尾張さんが床を蹴りあげて飛び上がる。その瞬間、辺りの光景が一面水に満たされ、壁も扉も、全てが泡となって消えた。慌てて息を止めたが、少ししてから呼吸ができることに気付いた。


    ―――我、八尾比の眷属として、白椿に賭けてこの人間と踊る。


    ―――妹たちよ…海の長姉の生きざまを、その目に焼き付けよ。


    ―――そして人間よ…海恵堂の真なる踊りの一端を、その身に刻み込め!


     空を飛ぶような感覚の中で、私は最後の踊りに混じった。
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