【ブログネット】大東亜戦争(太平洋戦争)は『いつ』終結したのか?
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【ブログネット】大東亜戦争(太平洋戦争)は『いつ』終結したのか?

2019-08-15 20:18
  • 1

※動画を編集しました。






ブログネットです。


本日の話題です。


社会・歴史です。

元ソース、時事通信そしてブログネット独自の情報です。


8月15日は74年目の終戦記念日でした。


不戦の誓い、令和に継ぐ=陛下「深い反省」踏襲-終戦74年、全国戦没者追悼式

(時事ドットコム 2019/8/15 16:30 更新)

(https://www.jiji.com/jc/article?k=2019081500555&g=soc)


終戦から74年を迎えた15日

政府主催の全国戦没者追悼式が

東京都千代田区の日本武道館で開かれました。


令和最初の追悼式には

天皇、皇后両陛下や安倍晋三首相

全国の遺族ら6497人が参列し

先の大戦の戦没者

約310万人の冥福を祈りました。

初めての参列となった天皇陛下はお言葉で、

上皇さまが使った「深い反省」との表現を踏襲し、

平和を思う気持ちを示されました。


【ANGLE】
本当に終戦は「昭和20年8月15日」なのか?



大東亜戦争の終戦
は、

昭和20年(1945年)8月15日ということが

日本においては常識的ですが、

本当に8月15日だけが終戦記念日という

解釈で良いのでしょうか?


個人的には、日本に於いては、少なくとも4つ

海外では、その他にもう1つ

計5つの解釈が有るように思えます。


時系列的に古い年月日から順に説明しますと

まず


①日本が最高戦争指導会議、

即ち2度の御前会議での昭和天皇の御聖断を受け

鈴木貫太郎内閣の閣僚全員の署名と

昭和天皇の御名御璽を賜った後に

中立国である、スイスを通じて

ポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した

昭和20年(1945年)8月14日


②昭和天皇の玉音放送により、

日本の降伏がラジオを通じて

日本国民に公表をされた

昭和20年(1945年)8月15日


③東京湾上の米国戦艦ミズーリの甲板に於いて

日本政府がポツダム宣言の履行等を定めた

降伏文書に調印をした

昭和20年(1945年)9月2日


④日本政府によるポツダム宣言の降伏文書調印以降

GHQの占領下に入り、主権を奪われた5年半後

サンフランシスコ講和条約の発効により

国際法上、ソ連等の共産主義国を除く

連合国各国と日本の戦争状態が終結した日。

即ち、日本の主権が回復をし

完全な独立国として国際法上、世界に認められた

昭和27年(1952年)4月28日


4例が、日本における終戦記念日の解釈と考えます。


また、中華民国や中華人民共和国、ソ連などでは

昭和20年(1945年)9月3日

対日戦勝記念日とする解釈もあります。


これらの点を踏まえますと、

一概に8月15日だけを、

終戦記念日とするのは無理があると思われ、

日本国内のみならず、日本国外でも

終戦の解釈が異なっていると言えます。


その証拠に、昭和20年8月15日以降

9月2日のポツダム宣言の降伏文書調印の間にも

北千島での対ソ連の防衛戦である

占守島の戦い

同じくソ連や中華民国による

南樺太、満州、中国大陸北方への侵攻や戦闘

南方などの外地における

連合国軍による

散発的な戦闘があったのも事実であります。


また、GHQによる占領下や

サンフランシスコ講和条約発効直後に於いても

ソ連が行った日本の軍人に対するシベリア抑留

同じくソ連による北方領土不法占拠

韓国初代大統領の李承晩による、

竹島の不法占拠

李承晩ラインの一方的な設定など

日本国内国外では

大東亜戦争の終戦の解釈や在り方が

異なるという証明にもなると思います。


我々日本国民も、今一度

先の戦争が如何にして始まり、

如何にして集結したかについて学び直し

共通認識として持つべきではないのかと

個人的には考えております。


本日は以上です。

有り難うございました。



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愚考ではありますが、国内でのひとつの区切りとしては、ひろく国民にその事実が周知された日、の意味で現在の日付がふさわしいように思えますね。
4週間前
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