高ぶりとへりくだり
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高ぶりとへりくだり

2014-02-03 20:20
    「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。

    ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。

    『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。


    わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』


    ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』


    言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」
    ルカによる福音書/ 18章 10節〜

    イエス様のお話された事です。

    一人は、ファリサイ派というユダヤ教、律法をよく学び厳格な生き方をされている方。

    もう一人は、徴税人という・・・人々から忌み嫌われながらも不当に税金を集めていた人

    ファリサイ派の人の祈りは、一見とても感謝を捧げている様に思います。
    神様が、喜ばれるような祈りに感じます。

    が・・・この祈りは、神様に義とはされませんでした。

    それは・・・神様に感謝を捧げている様に見えて・・・自分を誇っているからです。
    ましてや徴税人と違うということを感謝の祈りとして捧げています。

    一方、徴税人は、罪人である自分を告白しどうしていいかわからない・・・という事を神様に打ち明けています。

    神様に憐れみを求めています。
    憐れみとは・・・内蔵が痛むぐらいの思いだそうです。
    どうしていいかわからない。
    ただ神様、あなたがわたしを覚えてください・・・的なニュアンスでしょうか。


    ファリサイ派の方の祈りは、自分は、神の掟を守り、よく出来ているだからこそもう神はいらない・・・という事につながっていく祈りです。


    自分が、罪人であり・・・もうどうにもならない・・・どうか神様、憐れんで下さい・・・
    そう神に求める時・・・神様は、心を清くしてくださるのではないのでしょうか。


    へりくだる者は、高くされます。

    神様に近づけるという事だと感じますが・・・それは、キリストの様にされていくということかもしれません。

    神様に受け入れられる清い喜びや清い心は、ただ神様の憐れみで与えられます。

    神様のみ前にへりくだり、聖霊を求め聖霊に満たされている時・・・神様に覚えられた人の幸い、霊的な礼拝、清い感謝を捧げられます。


    またこの例えでは、神様の心をしる事が出来ます。
    すべての人は、罪人であり・・・その罪人に対して神様が、どうしてくださるのか・・・ということを知る事が出来ます。

    へりくだる者は、高くされる方、高ぶる者は、低くされる方であり・・・
    罪人を救う愛の神であるという事が分かります。

    キリストの十字架を見た時、その事を思い出し覚えさせられた方は、幸いです。


    高ぶりのない心・・・すべての高慢から救われるように・・・ただ神様に憐れみを求める者へ変えられていきますように。
    いつもお読みくださりありがとうございます。

    「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。

    自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。

    あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。

    そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。

    また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。

    もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。

    だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」

    「確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は何によって味が付けられようか。

    畑にも肥料にも、役立たず、外に投げ捨てられるだけだ。聞く耳のある者は聞きなさい。」

    ルカによる福音書/ 14章 26節〜






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