夜明け
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夜明け

2014-04-10 00:01
  • 2
イエスは言われた。

は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。


の子となるために、のあるうちに、を信じなさい。」

ヨハネによる福音書/ 12章 35節〜

聖書のお話です。

イエス・キリストは、光であり、また山上の説教(マタイ5章~7章)中で群衆にキリストは、こう語った。

あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。
マタイによる福音書/ 05章 14節


この光と闇・・・というキーワードは聖書中にたくさん出てきます。

みなさまは、光にどういったイメージをお持ちになりますか?

華やかさ、清さ、確信、噓偽りない生活・・・恥ずかしくない生活・・・勝利の生活・・・

うーん・・・いくつか書いてみましたが、自分が表現したい事とは少し?違う感じです。


クリスチャンになる前の生活は、音楽が中心でした。
あまり時系列を思い出せないのですが、その音楽に対してなんとなく悲観的なイメージを持ち始めた時期がありました。

というより当時の自分の有り様に自信が持てず、劣等感に支配されていってそれが表れてきた時期というのでしょうか。

その中で自分の心持ち(肉的な思い?)が、砕かれた出来事を通り・・・海外ドラマにはまり帰宅してはレンタルDVDを見ていました。

ふらふらと定まらない様な歩み、まさに闇の中に闇としてとけ込んでいる様な・・・そんな心の持ち様でいたと記憶しています。


そうした時に音楽の仕事を通じてクリスチャンの方と出会いました。
特に伝道をされたという記憶はありませんが、ちょっとした励ましの言葉をくれたり、また信仰の話しになると幸せそうだなぁ・・・という印象を受けました。

食事に招いてくれたりもしました。

自分への劣等感、世の中のこうでなければならない・・・などなどサタンに縛られていた自分の心が、少しづつ癒やされていきました。


海外ドラマを見る生活から、帰宅して家で祈る生活に変わりました。
その時期には、教会にはまだ行っていませんでした。

三浦綾子さんを読んだり、ネットでキリスト教について調べたり、そんな生活が日課となりました。


そしてついにある晩、イエス様と出会い、そこから教会に通い、洗礼まで導かれました。

それからの生活、出会いは、今までと全く違ったものとなりました。

救われて間もない頃、ただ純真に神の愛に満たされた喜びで満ちていました。
全てが美しく見えました。

今まで自分が見ていた世界は、なんだったのだろう?

それぐらいの価値観の変化です。


今のわたしは、以前ほど幅広く行動はしていません。

しかし、わたしは思います。

以前の闇の生活から・・・今は、どうであれ光がわたしを導いていると・・・。


とは、指針であり、闇の中でも一点、輝くものです。

夜の天体、海の灯台・・・

サインです、暗闇の中で人がいる目印にもなります。

また、は、足下を照らします、懐中電灯を持ちながら夜の海岸を歩いたりもします。

そしてに近づけば、自分も照らされます。

ですのでわたしという人も明るみに出されます。


イエス様は、真の光です。
そのは、わたしを導き、わたしを照らし、わたしを輝かせ、わたしを護ります。

世の中の闇は濃いです、ますます濃くなって行きます。

聖書には、こんなみ言葉があります。

が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。

悪を行う者は皆、を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、の方に来ないからである。

しかし、真理を行う者はの方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

ヨハネによる福音書/ 03章 19節〜


イエス様が、約2000年前に来られた時、世の中の人は、受け入れずに十字架にかけました。
それは、すべての人は、罪人であり、神の光を受け入れる事が出来ないということを示しています。

神様は、人をどうにかして救いたい、そういうみ心をお持ちのお方です。
預言された救い主、神の言葉を受け入れない人の闇に対して十字架による救いを完成されました。

十字架は、裁きであり、見せしめと死刑の道具です。
人が人を裁くという高慢の象徴わたしたちの心の闇をあらわします。

しかしキリストの十字架には、神の愛、すなわち救いが啓示されています。

人に裁かれながらキリストは・・・言われました。

〔そのとき、イエスは言われた。

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕
人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。


ルカによる福音書/ 23章 34節

神様からの和解のメッセージです。

今日という日のうちに神様の光の方に来て下さい。

それは、どんな状況でもどこにいても・・・誰であっても・・・新しい夜明けを体験します。

ノアが、箱船から出た時の様に。。


いつもお読みくださり、感謝します。

主イエス様のみ名で祝福がありますように、アーメン!

初めに、ことばがあった。

ことばは神とともにあった。
ことばは神であった。


この方は、神とともにおられた。


すべてのものは、この方によって造られた。

造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

この方にいのちがあった。

このいのちは人の光であった。

光はやみの中に輝いている。
やみはこれに打ち勝たなかった。

ヨハネによる福音書/ 01章 01節〜(新改訳)


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イエス様迄いかなくても
自分の様にやましい罪人には
daiさん達信仰深きクリスチャンの方々が
眩しく感じます。

きっと天国と地獄もそうゆうものだと思います。
仮に悪霊が天国に入っても、
地獄以上の苦しみに感じるだろうと。
何故なら神の国は光の国、
太陽に住む様なものでしょうから。

だからこそ悔い改めイエス様を通らないと
誰も天国の門は潜れないのだろうと。
イエス様によってのみ
光の中で生きれる霊として下さるのだろうと思いました。

神に感謝╋

今夜もdaiさんに主の平和がありますように
多くの祝福がありますように
父と子と聖霊のみ名によってアーメン╋
72ヶ月前
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>>1
ラキシス様、コメントありがとうございます。

罪人・・・このワードこそまさに、、、キリストを信じる必要だと思います。
ちょうど、fc2にアップ予定の記事が、この罪びとをテーマにし書いてありました。

0時過ぎのアップ予約なのでもうすぐアップされると思います。
http://dai531.blog35.fc2.com/

またこちらにニコ生も新しい記事を書いておきました。

いつもご訪問くださり、ありがとうございます。

ちょっと今、ひと手間な出来事があり、そのことも来週あたらい記事にできたらと思っています。
ぜひ、お楽しみ?にしてください(笑)

ラキシス様の上に主イエス様の恵みが豊にありますように。

アーメン。。
72ヶ月前
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