閉じる
閉じる
×
ボーカロイド・ボイスロイドと呼ばれる、バイオロイドが世に生み出され、紆余曲折あって人として扱われるようになって幾星霜。
その黎明期を翔けた、一人のマスターと一人のバイオロイドの少女がいる。
マスターの名は万葉 バイオロイドの少女の通り名は「歌集」である。
現在は、表舞台から退き、終わりの見えない余生を送る二人。
これは、そんな二人のとある夏秋模様である
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【祝詞】
二人の少女は、祭りに来ていた。
友人であり、二人にとって妹のような存在である、「巫女」のゆかりが、数年ぶりに舞うと小耳に挟んだからだ。
本来であるならば、祭りに行けるような立場の二人ではないのだが、隠居して久しいのと、巫女のが舞うと聞いて、人が普段の数倍集まっていて、来てるのがバレずらいのもあって、祭りにやってきたわけである。
人々に紛れながら、祭りの会場をぶらぶら楽しみ、二人は彼女を探した。
そうおいそれと、祭りに参加できない二人にとっては、久しぶりの祭りである。
一応、目立たないようにしながらも、楽しめるだけ祭りを楽しんでいた。
それなりの時間が経った後、二人は目的の人物が、相変わらずの感情の分かりにくい顔で、嬉しそうに綿菓子を食べているのを発見した。
変わらないなあと、顔を合わせて、苦笑いした後、二人は彼女に近寄って行った。
久方ぶりの友との会話である。楽しみでないはずがない。
* * *
彼女と会話を終えた後、他にも友人が来ていてばったり遇ったりした二人は、立ち話をしたりしながら時間を潰した。
今は舞台がよく見える穴場で彼女の舞を待っていて、他の友人もそこで合流したため、それなりの人数がそこにいる。
それから、ほどなく、彼女が現れた。
舞台に上がった彼女を一目みて、彼らは彼女が本気であると感じた。
二人の方は、それに加えて、舞が終わったら、彼女の住む山へいかないといけないだろうなと思っていた。
本気の彼女は、舞を終えた後もトランス状態が解除しきらないので、もう一回舞わせて落ち着かせないといけないのだ。
祝詞の準備をして、向かうことを決め、二人は珍しく本気を出した彼女の舞を楽しむこととした。
* * *
祭りが終り、「巫女」のゆかりが住む山にて。
普段は一人で舞う彼女が、歌にあわせて舞っていた。
歌ってるのは、「歌集」と万葉。ボーカロイド・ボイスロイド界では伝説として語られている二人による、祝詞の二重唱である。それにくわえて、舞っているのは「巫女」のゆかり。
入らないと分からないだろうが、山は神々しい雰囲気を成していた。
3人だけの神楽は、山の木々や動物たちを観客として、夜遅くまで続いた。
【鎮魂歌】
ある夏の日の夕方、二人は黒い着物を着て、一つのお墓の前に来ていた。
目の前にあるのは、マスターを守った一人のバイオロイドの墓。
「枝乃木」と呼ばれるはずだった「結月ゆかり」の墓。
今日は、彼女の命日だった。
墓には、枯れ木のもの思われる枝と、線香。そして花が供えられていた。
彼女のマスターとその家族、そして彼女がニレさんと呼んでいた思い人の青年が既に墓参りに来ていたのだろう。
墓は綺麗になっていた。
馬鹿な子 と言いながら、二人は墓を撫でた。
マスターを守れたと誇り、もっと生きたかったと悲しみ、語り合いたかったと悔しがり、何で私がマスターがと嘆き……最期には幸せだったと安らかに逝ってしまった後輩。
思うことは、多々あれども、言葉に出るのは 馬鹿な子 という一言だけ。
しばらく、二人は彼女の墓をなで続けた。
* * *
日が沈み、夜に入ろうとする頃。
人気がなくなった墓所で、二人は静かに、しかし不思議と通る声で歌いだした。
静かな墓所に、二人の声が響く。
それは、死者に贈る鎮魂歌。あちらへ逝った、彼女のための二重唱。
その歌は、空が暗くなるまで、墓所に響き渡り続けた。
【想愁歌】
秋のある日、「愁」のゆかりに 来て欲しい と言われた二人は、とある墓の前に来た。
その墓の前には、既に一人の少女。元フリーランスの「愁」のゆかりが立っていた。
挨拶を交わした後、どうしてここに呼び出したのか、二人は彼女に尋ねた
歌を、聴いて欲しいんです と彼女は言った。
二人は、了承した。歌を集め、記録するのが二人の生き方である。断る理由はない。
了承の返事を貰った彼女は、嬉ながらも悲しそうに笑い、墓に向き直った。
そして、大事そうに、服の中から首に下げていたネックレスの飾りを取り出した。
それは、月に稲と兎の意匠であった。
「愁」のゆかりは、静かに歌いだした。
訪れる人の少ないその墓地に、物悲しげな歌声が響いた。
それは、一人の男が一人の少女に贈った歌。彼女のための歌。
彼女が歌うと、聴くものに、思わず涙を浮かべさせる、そんな歌。
歌いながら、「愁」のゆかりは泣いていた。涙は出ていないが泣いていた。心で泣いていた。
そう、二人は感じた。
* * *
そして、彼女は歌い終わった。
しばらく、墓をじっと眺めた後彼女は振り返った。笑ってはいるものの、顔には複雑な感情が浮かんでいた。
ありがとうございます と彼女が御辞儀をしながら言った。
私のマスターは、馬鹿でした と墓に振り返りながら続けた。
それ以上の言葉は必要なかった。
二人はポンと彼女の叩いて去った。
彼女は、二人の背中を見送った後、墓に縋り付いて泣いた。
マスターが死んでいらい、一度も歌っていない歌だった。
決壊した感情のダムから溢れ出た悲しみと涙は、墓に染み込み。
声に出ていた慟哭は、彼女が泣き止むまで、墓場に響き続けた。
【月光】
和菓子屋で、団子を買った二人は、珍しく綺麗に見える中秋の満月を見ていた。
「満月」のゆかりは、二人と気づかなかったらしく、普通に応対していた。
後ろで店主がお腹を抱えていたので、彼は気づいていたのだろう。
騒ぎにならないに越したことはないと、しなっと帰った。
月見団子は、あんこ入りで美味しかった。しつこくない甘みと、ちょうどいい粘り気。
買って正解だったと、二人とも思った。お茶菓子は和菓子派なので、舌は肥えてるのである。
唸らせられる一品に出会えたのも久方ぶりだった。
* * *
団子を食べ終わった二人は、お茶を啜っていた。
美味しい一品に出会えて気分のよい二人は、なにかしら歌おうかと思ったのである。
さて、何を歌おうかしらと相談した二人は、「月光」でも歌いましょうと決めた。
月の光を題とした歌は、二人の始まりの歌にして、決まった歌詞もメロディもない歌である。
二人が月の光をイメージ出来ればよい。そんな歌である。
今日の気分は、秋の月の光だった二人は、穏やかな歌を歌いだした。
即興にもかかわらず、しっかりとした歌になっているのは、二人の付き合いの長さ故である。
満月の下、二人は気がすむまで歌い続けた
【歌集(うたあつめ)】
「歌集」のゆかりと、万葉の関係は、複雑である。
親友であり、生涯の相棒であり、血のつながった親子……もしくは姉妹ともいえる。
ボーカロイド・ボイスロイドが未だアンドロイドだった時代、どちらの需要をも満たすハイブリッド型を創るとなったとき、アンドロイドではそれを実現することが出来なかった。
生体を元にしたものでないと、魂は宿りにくく育ちにくいのである
さて、どうするかとなったときに、二重魂の少女であった彼女に白羽の矢があたった。
死にかけの魂の片割れを救う代わりに、細胞の提供と実験への協力が提案された。
断る権利はもちろんあった、断られれば別の道を模索するとも言われた。
けれども、彼女は片割れを救うために、その提案を受け入れた。
そして、研究の結果生まれたのが、今は「歌集」と呼ばれる「結月ゆかり」のプロトである。
自然物と生体、神秘と科学を組み合わせて生み出された彼女には、今の結月ゆかりにはない欠陥があった。
半分自然現象なため、死ねないのだ。魂が壊れるか、世界が崩壊しない限り。
それを知った今は万葉という名の少女は、自分も同じ存在になることを望んだ。
後見人はいたものの、親に捨てられた孤児である彼女にとって、片割れの子は唯一の家族だったのである。
そうして、幾星霜を経て、今の二人がいる。
二人はこれからも、歌を歌いながらのんびり生きていくだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現代より、未来の世界
科学が発達し、バイオロイドが人として生きている世界
人の愚かさは、なくなってはいないものの、現代より穏やかな世界
神秘が残っていて、科学と共存してる世界
そんな世界で、彼彼女達は、精一杯生きている
「歌集」さんと万葉さん -終ー
その黎明期を翔けた、一人のマスターと一人のバイオロイドの少女がいる。
マスターの名は万葉 バイオロイドの少女の通り名は「歌集」である。
現在は、表舞台から退き、終わりの見えない余生を送る二人。
これは、そんな二人のとある夏秋模様である
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【祝詞】
二人の少女は、祭りに来ていた。
友人であり、二人にとって妹のような存在である、「巫女」のゆかりが、数年ぶりに舞うと小耳に挟んだからだ。
本来であるならば、祭りに行けるような立場の二人ではないのだが、隠居して久しいのと、巫女のが舞うと聞いて、人が普段の数倍集まっていて、来てるのがバレずらいのもあって、祭りにやってきたわけである。
人々に紛れながら、祭りの会場をぶらぶら楽しみ、二人は彼女を探した。
そうおいそれと、祭りに参加できない二人にとっては、久しぶりの祭りである。
一応、目立たないようにしながらも、楽しめるだけ祭りを楽しんでいた。
それなりの時間が経った後、二人は目的の人物が、相変わらずの感情の分かりにくい顔で、嬉しそうに綿菓子を食べているのを発見した。
変わらないなあと、顔を合わせて、苦笑いした後、二人は彼女に近寄って行った。
久方ぶりの友との会話である。楽しみでないはずがない。
* * *
彼女と会話を終えた後、他にも友人が来ていてばったり遇ったりした二人は、立ち話をしたりしながら時間を潰した。
今は舞台がよく見える穴場で彼女の舞を待っていて、他の友人もそこで合流したため、それなりの人数がそこにいる。
それから、ほどなく、彼女が現れた。
舞台に上がった彼女を一目みて、彼らは彼女が本気であると感じた。
二人の方は、それに加えて、舞が終わったら、彼女の住む山へいかないといけないだろうなと思っていた。
本気の彼女は、舞を終えた後もトランス状態が解除しきらないので、もう一回舞わせて落ち着かせないといけないのだ。
祝詞の準備をして、向かうことを決め、二人は珍しく本気を出した彼女の舞を楽しむこととした。
* * *
祭りが終り、「巫女」のゆかりが住む山にて。
普段は一人で舞う彼女が、歌にあわせて舞っていた。
歌ってるのは、「歌集」と万葉。ボーカロイド・ボイスロイド界では伝説として語られている二人による、祝詞の二重唱である。それにくわえて、舞っているのは「巫女」のゆかり。
入らないと分からないだろうが、山は神々しい雰囲気を成していた。
3人だけの神楽は、山の木々や動物たちを観客として、夜遅くまで続いた。
【鎮魂歌】
ある夏の日の夕方、二人は黒い着物を着て、一つのお墓の前に来ていた。
目の前にあるのは、マスターを守った一人のバイオロイドの墓。
「枝乃木」と呼ばれるはずだった「結月ゆかり」の墓。
今日は、彼女の命日だった。
墓には、枯れ木のもの思われる枝と、線香。そして花が供えられていた。
彼女のマスターとその家族、そして彼女がニレさんと呼んでいた思い人の青年が既に墓参りに来ていたのだろう。
墓は綺麗になっていた。
馬鹿な子 と言いながら、二人は墓を撫でた。
マスターを守れたと誇り、もっと生きたかったと悲しみ、語り合いたかったと悔しがり、何で私がマスターがと嘆き……最期には幸せだったと安らかに逝ってしまった後輩。
思うことは、多々あれども、言葉に出るのは 馬鹿な子 という一言だけ。
しばらく、二人は彼女の墓をなで続けた。
* * *
日が沈み、夜に入ろうとする頃。
人気がなくなった墓所で、二人は静かに、しかし不思議と通る声で歌いだした。
静かな墓所に、二人の声が響く。
それは、死者に贈る鎮魂歌。あちらへ逝った、彼女のための二重唱。
その歌は、空が暗くなるまで、墓所に響き渡り続けた。
【想愁歌】
秋のある日、「愁」のゆかりに 来て欲しい と言われた二人は、とある墓の前に来た。
その墓の前には、既に一人の少女。元フリーランスの「愁」のゆかりが立っていた。
挨拶を交わした後、どうしてここに呼び出したのか、二人は彼女に尋ねた
歌を、聴いて欲しいんです と彼女は言った。
二人は、了承した。歌を集め、記録するのが二人の生き方である。断る理由はない。
了承の返事を貰った彼女は、嬉ながらも悲しそうに笑い、墓に向き直った。
そして、大事そうに、服の中から首に下げていたネックレスの飾りを取り出した。
それは、月に稲と兎の意匠であった。
「愁」のゆかりは、静かに歌いだした。
訪れる人の少ないその墓地に、物悲しげな歌声が響いた。
それは、一人の男が一人の少女に贈った歌。彼女のための歌。
彼女が歌うと、聴くものに、思わず涙を浮かべさせる、そんな歌。
歌いながら、「愁」のゆかりは泣いていた。涙は出ていないが泣いていた。心で泣いていた。
そう、二人は感じた。
* * *
そして、彼女は歌い終わった。
しばらく、墓をじっと眺めた後彼女は振り返った。笑ってはいるものの、顔には複雑な感情が浮かんでいた。
ありがとうございます と彼女が御辞儀をしながら言った。
私のマスターは、馬鹿でした と墓に振り返りながら続けた。
それ以上の言葉は必要なかった。
二人はポンと彼女の叩いて去った。
彼女は、二人の背中を見送った後、墓に縋り付いて泣いた。
マスターが死んでいらい、一度も歌っていない歌だった。
決壊した感情のダムから溢れ出た悲しみと涙は、墓に染み込み。
声に出ていた慟哭は、彼女が泣き止むまで、墓場に響き続けた。
【月光】
和菓子屋で、団子を買った二人は、珍しく綺麗に見える中秋の満月を見ていた。
「満月」のゆかりは、二人と気づかなかったらしく、普通に応対していた。
後ろで店主がお腹を抱えていたので、彼は気づいていたのだろう。
騒ぎにならないに越したことはないと、しなっと帰った。
月見団子は、あんこ入りで美味しかった。しつこくない甘みと、ちょうどいい粘り気。
買って正解だったと、二人とも思った。お茶菓子は和菓子派なので、舌は肥えてるのである。
唸らせられる一品に出会えたのも久方ぶりだった。
* * *
団子を食べ終わった二人は、お茶を啜っていた。
美味しい一品に出会えて気分のよい二人は、なにかしら歌おうかと思ったのである。
さて、何を歌おうかしらと相談した二人は、「月光」でも歌いましょうと決めた。
月の光を題とした歌は、二人の始まりの歌にして、決まった歌詞もメロディもない歌である。
二人が月の光をイメージ出来ればよい。そんな歌である。
今日の気分は、秋の月の光だった二人は、穏やかな歌を歌いだした。
即興にもかかわらず、しっかりとした歌になっているのは、二人の付き合いの長さ故である。
満月の下、二人は気がすむまで歌い続けた
【歌集(うたあつめ)】
「歌集」のゆかりと、万葉の関係は、複雑である。
親友であり、生涯の相棒であり、血のつながった親子……もしくは姉妹ともいえる。
ボーカロイド・ボイスロイドが未だアンドロイドだった時代、どちらの需要をも満たすハイブリッド型を創るとなったとき、アンドロイドではそれを実現することが出来なかった。
生体を元にしたものでないと、魂は宿りにくく育ちにくいのである
さて、どうするかとなったときに、二重魂の少女であった彼女に白羽の矢があたった。
死にかけの魂の片割れを救う代わりに、細胞の提供と実験への協力が提案された。
断る権利はもちろんあった、断られれば別の道を模索するとも言われた。
けれども、彼女は片割れを救うために、その提案を受け入れた。
そして、研究の結果生まれたのが、今は「歌集」と呼ばれる「結月ゆかり」のプロトである。
自然物と生体、神秘と科学を組み合わせて生み出された彼女には、今の結月ゆかりにはない欠陥があった。
半分自然現象なため、死ねないのだ。魂が壊れるか、世界が崩壊しない限り。
それを知った今は万葉という名の少女は、自分も同じ存在になることを望んだ。
後見人はいたものの、親に捨てられた孤児である彼女にとって、片割れの子は唯一の家族だったのである。
そうして、幾星霜を経て、今の二人がいる。
二人はこれからも、歌を歌いながらのんびり生きていくだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現代より、未来の世界
科学が発達し、バイオロイドが人として生きている世界
人の愚かさは、なくなってはいないものの、現代より穏やかな世界
神秘が残っていて、科学と共存してる世界
そんな世界で、彼彼女達は、精一杯生きている
「歌集」さんと万葉さん -終ー
広告