私の恨み言
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私の恨み言

2014-10-05 22:48
    海も空も見える、開けた丘の上の小さな石碑。その前に、「人」が立っていた。
    中性的な容姿、身に纏った男ものの黒スーツ。本来なら美青年に見えたであろうその「人」は、人に畏怖を与える風体をしていた。
    右腕よりも明らかに長い左腕。服の張りから、左脚より太いとわかる右脚。左目あたりを縦に走る傷。眼があるはずの場所を覆う、金属質の何か。唯一伸ばされたもみ上げを纏める、薄く光る髪留め。後ろ髪が短い故に隠されていない、うなじの大きな傷跡。感情を映さない右眼。表情の硬い顔。纏う鋭利な雰囲気。
    もし、対峙する人があれば、人外だと感じたであろう。
    現に、その「人」の周囲に生き物は居ない。恐れて逃げ出したからだ。
    そんな「人」は今、石碑をその眼に写していた。


    ー『世界をその身にかえて救ったIA=PLANETを讃えて』…ね。反吐がでそうです。-
    石碑の前の「人」ー結月ゆかりは、嗤っていた。
    何が「讃えて」だと。何が「身にかえて救った」だと。
    ーIA、やっぱり世界は汚いんですよー
    この石碑がいい証拠だ。人は、世界は、相変わらず汚い。
    何も知らないのに喜んでる人々、知っていてぬけしゃあしゃあと生きてる奴等。
    自分たちの身から出た錆を押し付けておいて、何も変わってない。
    ―貴女が、命にかえてまで救う価値があったとは思えませんー
    本当に救う価値があったのなら、そもそもIAが消えることにはならなかった。
    世界は滅びに向かわないのだから、穏やかに暮らせたはずだ。
    ーこんな世界滅んでしまえば、よかったのにー
    滅んで、まっさらになった世界を再誕させる。そういう選択はあった。
    IAも最初はそのつもりだったのだから。


    私がIAと出会ったのは、彼女が私のところに「私を逃がしてほしい」と、依頼に来た時。
    私は、その時既に彼女を知っていた。ALIVE ONLYの超高額賞金首として。世界が滅ぶか救われるかに関わる人物として。
    私は、内心嗤って依頼を快諾した。「逃がしきれば、この汚い世界が滅ぶかもしれない」。そのことに暗い喜びを感じたからだ。
    親、友、家、腕、脚、眼…。私から全てを奪った世界への復讐のつもりだった。

    滅びの原因となった奴等は、情報を隠すことを選んでいた。
    裏の関係者でもなければ、そもそも滅ぶということすら知らない。顕わにして、己の立場が揺るぐようなことをするはずがなかった。
    おかげで私とIAの逃亡生活は、たまに追っ手がくる以外は穏やかであった。
    表では、羽のような刺青が描かれ、この刺青を背中に入れている10~20代の女という条件が書かれた、人探しの体の手配書が表では出回り、偽者が多く出ていたのも助かった。
    出てきた偽者と、その偽者を連れて行った人等の末路は悲惨だった。事故死や病死に見せかけて、消されたのだ。お金に眼が眩んだ末路、同情はなかった。

    互いに口数が多いほうではなかったが、逃亡生活の中で、私たちはよく話をした。
    IAが、IAの種族の最後の生き残りであること。世話役の一族の末裔の一人に裏切られたこと。その人物が自分の一族を売って滅ぼしたこと。いま、追っ手を差し向けてるのはその人物であろうこと…
    IAは私のような境遇でありながら、綺麗だった。
    救う価値がないと感じたら再誕を、あると感じたら救済を選ぶために私に依頼をしたのだと語っていた。救う場合は、己が死ぬということをわかった上で。
    IAは強い人であった。狂って破滅を願う私より。
    私の手で死んだ追っ手から目をそらさないIAに、どうしてなのか尋ねたとき
    「選択の結果を受け入れないで、最後の選択は出来ない」
    と曇りのない目で私を見つめるほどに。芯のある人だった。

    「決めた」とIAから聞いたのは、逃亡を始めてから一年が過ぎる前日。
    私は「そうですか」と返したはずだ。その後にあったことが原因で、記憶が曖昧だからだ。
    「ゆかり…ごめん」とIAが言った瞬間、私の首の後ろに何かが刺さる感触があって、目覚めたら次の日だった。
    IAに何をしたのかと聞いたら「後でわかる」と言われた。
    私は、それ以上聞かなかった。その時は滅ぶのなら、聞く必要はない思ってたから。

    逃亡一年目。その当日、私たちは丘の上にいた。
    「ゆかり。あなたは、世界が汚いと言った」
    「確かに、世界は汚かった」
    IAは私を見て、語った。その顔は真剣だった。
    「滅びたあと、再誕させる。最初はそのつもりだった」
    「ゆかりに依頼したとき、私は世界を救う価値がないと思ってた」
    「今も、世界には価値をあまり感じない」
    どういう意味だったのか、その時はわからなかった。
    「ゆかり、私は貴女に感謝している」
    「私を守ってくれたこと、滅びを望みながら私の意志を尊重してくれたこと…いっぱい」
    「貴女は、自分ごと破滅することの望んでるのを知ってる」
    「だから、ごめんね。ゆかり、私はこの世界を救うよ」
    「私はゆかりに生きていてほしい。私とのーーーを育ててほしい」
    何を言われているのかわからず、思考停止する私に、IAは背を向けた。
    「私の最期を見ていて、ゆかり。私のーーー人」
    ふわりと、白い翼を広げて、IAは空に飛び上がった。

    IAが眩しく輝いて、視界が白く染まった。
    光が収まると、空に白い羽が舞い、ゆっくりとIAが薄れていっていた。
    薄くなったIAは私の方をむいて「さようなら」と言った。
    IAが溶けた後の空を、私は一生忘れられない。
    綺麗な綺麗な、空だった。白と青だけの。



    この石碑が建っている場所は、IAが空に溶けた場所。
    遠くからみると、白い光の柱が天に昇り、その後白い羽が舞ったように見えたらしい。
    IAが溶けてしばらく呆然としていた私は、気付いたら病院に居た。
    何があったかを理解できないうちに、よく世話になる闇医者が病室に入ってきた。
    開口一番、「お前も、女だったんだな」と笑われ、「は?」と返した。
    よくよく見ると、お腹が膨らんでいた。理解できなかった。
    話を聞くと、あの後丘の上で倒れているところを彼女が見つけ、ここに運んだらしい。
    生きてるのに、半年目覚めなくて、だんだんお腹が膨らんでいったことに笑わせてもらったと言っていた。
    お金はいつもの口座から、勝手に引き下ろしたらしい。
    「お前に女だったのかなんて、言われたくない。」と返した覚えがある。
    そして、パチンと何故IAが後でわかると言ったのか、思い出した。
    酷い置き土産だと思った。生きなければならなくなったじゃないかと。
    真っ赤になったのを、珍しいとからかわれて、左腕でアイアンクローした私は悪くない。


    「おかあさん。ママの石碑、いつまでみてるの?」
    あの子の声がする。
    「お空綺麗だね。おかあさん。」
    私は空を見上げてあの子にこう返す
    「綺麗ね。本当に」
    汚い世界だけれども、空は綺麗。よく見えてしまう左目で見る空と、見える右眼で見る空。いつも右だけ霞んで見えるのは、気のせいだと思うことにする。
    「帰ろ。おかあさん。」
    「そうね。そろそろ帰りましょうか」
    あの子と手をつないで、石碑に背を向ける。

    IA。私は、世界は汚いと思ってる。貴女が命をかけるほどの価値も感じない。未だにあの時滅んでしまえばよかったと思ってる。謝られても死ぬまで許す気はない。
    けれども…貴女が遺したこの子は大切だ。この子が大人になり、私が死ぬ時まで、そっちで待っていてくださいね。
    言いたいことはたくさんありますから…ね。

    まってる と IAが返したようなそんな気がした。














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