Matériaux du steak Hamburger ハンバーグの中身⑩
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Matériaux du steak Hamburger ハンバーグの中身⑩

2017-10-29 13:01

    10. Mémoire et record 記憶と記録

    刑事と男が話をしている間に、外は次第に赤らんでいった。
    刑事は時計を見る。
    「長々と申し訳ない。私は、仕事一筋でね、他の事には無頓着でして。初めは毎日起こる悲惨な事件や事故を目の当たりにして、夜も眠れませんでした・・・だが慣れとは恐ろしいものです。何も感じなくなる。仕事が生き甲斐だった筈なのに、最近虚しくて堪らないのです。
    被害者も加害者も助ける・・・そんな想いは自分の勝手な思いあがりでしかないと思い知らされることの方が多い。人間の闇を見過ぎてしまって、今じゃ捻くれた老刑事になってしまいました」
    刑事は随分と草臥れた様子だった。
    「何故失踪人を?」
    「心に引っ掛かりましてね。私はどうしても菫さんという女性に合ってみたくなった。菫の花言葉は小さな幸せというらしいですね。ご両親からそう伺った時、無性に彼女に会いたくなってしまった」
    「すみれ・・・」
    男は其の名前をポツリと呟いてみるが、初めて口にした名前のように思える。
    刑事は、一枚の紙切れを取り出す。
    其処には一人の女の似顔絵が描いてある。
    「この女性に見覚えは?」
    男はじっと絵を見る。
    「絵を見ただけではちょっと・・・」
    「写真が一枚もないんです・・・此れは三年前にご両親に菫さんの特徴をお伺いしながら描かれたものです。彼女が居なくなってから、写真から彼女の姿だけが消えてしまったそうです。こんな話、信じられますか?
    写真の中でも彼女は行方不明になってしまったんです・・・。私は此の似顔絵だけを頼りに、探し続けてやっと此処に辿り着いたと言う訳です」
    男は紙を手にとり、絵の中で微笑む女をみていたが、何も感じる事は無かった。
    「私の恋人が菫さんという方で、この絵の女性だと?申し訳ありませんが、お役に立てそうもありません。私は、彼女の名前も、顔も思い出せないんです」
    「思い出せない?昨日まで一緒にいたのにですか?」
    「ええ・・・あんなに愛していたのに、彼女の顔や声、名前さえも思い出せない・・・彼女は本当に存在していたのかさえも定かではないのです・・・」
    男は、すっかりと冷め切ってしまった珈琲の泥沼の中をもがいているような、そんな気分だった。


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