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でゅら〜さん のコメント

会場を熟知してるあたり流石のガチ勢ですね。
次の更新まってます。
No.2
95ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
今回のブログを担当させてもらうThis Is 腸です。 宜しくお願い致します。 ドグマ風見さんの生放送で色々お手伝いさせて頂いてるのですが 生放送中に雑談で話すアイドルの話などをブログで書いてみたらどうだと ドグマさんからお話しを頂いたので書かせてもらう事にしました。 と言いましてアイドルの追っかけ時代から10年位経っているので思い出しながらになりますがご容赦下さい。 アイドルのブログと言っても範囲が広すぎてどこから書いていいのかわからないので 今回は特に自分がアクティブに活動していた時代のアイドルモーニング娘追っかけ時代の話を 書いていきます。 モーニング娘(1997年~現在活動中) 後にミリオンセールスを達成するアイドルユニットに成長する彼女たちですが デビュー前はかなりの下積み時代がありました。 当時浅草橋ヤング洋品店(浅ヤン) というテレビ東京のオーデション企画で 女性ロックボーカリストオーディションに落ちた女の子たちで結成されたユニットが 5日間で5万手売りで5万枚売らなければデビュー出来ないという企画をさせられ デビュー出来た後もCDの度にメインボーカルが変わるセンター争い、メンバー追加など 当時では例のない斬新な手法でメンバーを競い合わせて成長するユニットとして 常に話題の絶えないグループでした。 特にサマーナイトタウンでの安倍なつみと飯田圭織センター争いは壮絶なものでした。 当時熱狂的なモーニング娘のファンだった私は私設応援団体を勝手に作り法被に刺繍を入れ コンサートに着て行き誰よりも目立ってお気に入りのメンバーにレス (コンサートで個人に対し目線やリアクション)を貰うのを生きがいとしていましたw 近年のアイドル達は定期的に握手会やファンと触れ合える機会が多いのですが15年前のアイドルは 握手会なんてオリンピック位の頻度が普通でした。 そんなことをしなくてもCDも売れるし、コンサートも即日完売時代でしたw なのでコンサートでのレスはアイドルとの唯一の接点でもあったんです。 他にアイドルと話す機会としてTVや映画の出待ち入り待ち等が主な手段でした 特に長く話せるのが以外にも笑っていいともの行われているスタジオアルタがおいしいと 当時コアなファンの間では有名でした。 スタジオアルタの敷地内には駐車場が無く前の道路に車を止めて歩いてスタジオ入りするの為 1分程歩きながら話しかけられるという神イベントでしたw 自分もモーニング娘関係がいいともに出るときは欠かさず入り待ちにいったものですw TVの番組観覧もおいしい現場でした フジTVのHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP、TV東京のMUSIX!は必ず客入れで歌うので ファンクラブの応募でよく参加していました。 人数は50人弱とコンサートに比べて圧倒的にレスがもらえる確率が高い現場です 歌う前に必ずステージ上からファンと話す時間があるので 自分は慎重の高さというアドバンテージを活かして、会話レス(こちらの問いかけに返事をもらうレス) かなりもらっていました。 今と違ってお金以上にかなりの労力を使わないとアイドルに近づくのは難しかった時代でした でも個人的には一番達成感が感じられる時期でしたw 明らかに痛い奴でしたのでイベント会場やコンサートで仲良くなった人たちも痛い人ばかりでした。 活動しているうちにドンドン仲間が増えていつしか総勢50名ほどの応援団体となっていました 特にお正月と、夏に行われるハロープロジェクト所属のアイドルが一堂に会する コンサート会場の前での気合い入れ(円陣)を行う姿は異様な雰囲気でしたw 某巨大掲示板にも写真を晒された事もありました。 今となってはいい思い出ですね! これに関しても色々エピソードがありますが多すぎて長くなりますので別の機会にしようと思います。 とこんな感じで書いてみましたが、いかがでしたでしょうか? もしまたの機会がありましたらこんな感じで アイドル追っかけ時代にあったエピソードなど痛いオタク目線から書いてみたいと思います。 以上
ドグマ風見のゲーマジ
会員限定のドグマブログだ!ファンクラブ的に、日常のどーでもいいことを「ドグマ節」を交えて書いていくぜ!ちなみに、高校3年間を通して国語の成績は1だったから、文体等は一切期待しないでくれ!