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  • 【朝ぼやき】199:第三部 ネトウヨは保守じゃない~中道左派という生き方

    2016-03-26 12:55
    ちょいと更新まで間があいてしまいました(;´・ω・)

    まあ、この年度末
    いろいろとリアルでもバタバタしており
    やっとひと段落で来た、ということでひとつ( *・ω・)っ旦

    さて前回、
    「ネトウヨは保守ではなく、中道左派である」
    こう、のたもうたわけですが、
    今日の内容はそもそもの中道主義とは・・・という点を
    解きほぐしてみようかな、と。

    【3:中道主義の成り立ちについて考えてみた】

    小選挙区制を日本が導入しようとしていたころ、
    やたらと叫ばれていたのが
    「2大政党理論」
    アメリカナイズされた2大政党化することで
    党議拘束といった古めかしい制度から議員が解き放たれ
    自由に議員主導の立法府になりうる・・・というものでしたが。

    実は日本も二大政党だった時代があったわけで、

    その時宜を経た民意の選択の結果、現状こうなっていることを見落としていた
    「2大政党理論」の主張者たちは
    自らの政権で「古めかしい」として切り捨てていた
    「党議拘束」への造反の続出により
    決められない政権」へと必然的に流れ、
    静かに大部分のメンバーがバッチを置いていくことになっていきました(笑)。

    まあ、それはさておき
    1950年代、戦後の議会制民主主義が安定するまでの間
    日本は数多くの政党が生まれては消えを繰り返し
    議場もけっこう荒っぽいものになっていました。

    時は核を伴った冷戦時代

    肝心の国防・外交といった根幹政策を抱えてこれではいかんと
    1955年10月13日
    左派と右派に分かれていた社会党が再度合流
    のちに労働者農民党も併合し日本社会党として革新勢力がまず統一されました。

    それに慌てた政権与党だった日本民主党と自由党、進歩党などの保守勢力

    近づいた総選挙で、統一社会党の前での共倒れを防ぎたいと
    急きょ党首同士で打ち合わせた結果
    1955年11月15日 吉田茂など拙速な合流に反発した一部を除いて
    自由民主党として保守合流が実現

    ここに
    自由民主党・日本社会党という2大政党組織が主流をにぎる
    「55年体制」
    が成立。
    かりそめにも日本流2大政党制が実現したわけです。
    まあ、日本共産党もいましたが、社会党と対立していることもあって
    第三極というには小さい勢力でしたけどもね
    (しかも51年綱領騒動ゼロになった議席を回復したばかりで
    政局のキャスティングボードなんて夢のまた夢、でしたし)

    しかしこの二大政党制
    結果として

    政権のための政権政党 自民党=保守勢力
    VS
    反対のための対案なき野党 社会党=革新勢力

    という構図になってしまい
    結果としてマンネリ化した議会運営
    年々その頻度と程度を増していく政治腐敗を招いていくことになっていきました。

    有権者の側から見れば
    「自民党も社会党も嫌だ、という人の選択肢が共産党しかない」
    状況をも意味しており(実際、それを契機に共産党も党勢回復したわけですが)
    マイナス指向の究極の選択を強いられることになっていくわけです。

    そんな中、この二大政党制はためにならないという勢力が
    党内の派閥闘争の結果出現
    わずか5年余りで2大政党制は消滅することになりました。

    社会党は戦後の混乱期、選挙に勝利し
    1947(昭和22)年から
    社会党が主導した最初で最後の政権
    「片山・芦田内閣」
    で政権を担当しましたが
    政権が「社会党・日本民主党(のちに自民党になる反吉田茂派保守勢力)・国民協同党(日本最初の保守リベラル勢力だったが党勢衰弱の末自然消滅)」という寄り合い所帯だったこと。
    さらには社会党内も革命思想を巡って激しいイデオロギー対立を引き起こして党派が徐々に分裂
    これで翌1948年に片山内閣が崩壊
    急きょ芦田内閣を再編して仕切りなおすものの
    しかも政権運営を担っていた西尾末広が社会党左派勢力を完全に政権から干し上げたこと
    さらに組閣して間もなく贈収賄疑獄事件(昭和電工事件)で
    首相の芦田均と社会党書記長だった西尾が逮捕
    組閣わずか7か月で政権を投げ出し総辞職し社会党は政権を失うことになりました。

    はて?この流れ、どこかで見たような???(; ・`ω・´) ?

    この分裂し政権を先に去っていった人たちが左派社会党
    政権と運命を共にして次の総選挙大敗しながらも
    階級的大衆政党路線を確立して党勢回復させていった人たちが右派社会党
    この二つを護憲(=憲法改正阻止)という目的のために統合されたのが日本社会党というわけ

    あれあれ?民進党(笑)かな???(⌒-⌒; )

    ところが
    元々けんか別れしてた勢力を無理やり合わせ、保守勢力の総議席2/3確保阻止を実現させると
    早速、社会党内からひび割れが生じ始めます。

    元々社会党の実力派として党を運営してきた西尾末広は
    思想的には保守リベラル
    吉田茂をメインとした親米保守路線に対抗するために社会党についただけの人物でした。

    そして
    対案なき野党に甘んじている現状の中、やたら革命理論だけをぶちあげ
    非現実的な公約提示してくる党内左派
    とは必然的に折り合いがつかなくなりました。

    その結果、党内の右派(リベラリズム容認勢力)と
    社会党の支持母体の内、経営陣と融和した穏健的活動を志向していた労組(同盟系)とが
    社会党から分裂

    1960(昭和35)年1月24日 西尾を党首として
    民主社会党(略称:民社党)を結成
    ここに日本流二大政党制は崩壊し、日本政界に初めての
    「中道左派」政党
    が誕生したのでした。

    さらに保守・革新というくくりの外の思わぬところからも
    「中道左派」政党が結成されました

    宗教団体 創価学会が支持母体として1959(昭和34)年
    参議院に進出し公明政治連盟発足。
    (このあたりの経緯はこちら⇒http://ch.nicovideo.jp/donbecky/blomaga/ar523777
    をご参照いただければ、と)
    1964(昭和39)年公明党に改組して衆議院に進出。

    これ以降日本の政界は
    圧倒的な保守政党 自民党に
    革新政党および中道(中道左派)政党が野党として対峙する状況になっていきます。
    わかりやすく例えると
    「三国志の魏(曹操)=自民党
    呉(孫権)=革新政党
    蜀(劉備)=中道左派政党」

    これぐらいの格差でしょうか。

    この状況は確かに有権者にとっては選択肢は広がったかもしれませんが
    党が分裂したことで、より一層、政権交代が困難になってしまい
    ますます自民党が政権のための政権与党化し
    政治腐敗とそれに伴う国民の政治不信の悪化を招いていくことになります。

    1970年代後半からそんな状況に危機感を感じた勢力が
    日本初の独立した「保守リベラル政党」、「新自由クラブ」として自民党から分離
    また左翼革新勢力として純化したはずの社会党も
    マンネリ化した「反対のための野党」にうんざり来た面々が
    「社会民主連合(社民連)」を結成し「中道右派勢力」が確立
    保守リベラル思想が徐々に浸透し、自民党・社会党双方に影響を及ぼしはじめると
    民社・公明もそれと協調姿勢をとるようになります

    そして時は流れ
    自民党内の保守リベラル勢力の主流を握っていた小沢一郎一派が
    内閣不信任案の造反から宮沢喜一内閣崩壊
    解散総選挙の結果
    1993(平成5)年8月9日
    細川護熙内閣誕生
    でやっと55年体制が崩壊
    中道左派勢力が初めて政権に参与することになりました。
    が!
    この内閣そもそもが
    「自民と共産以外のすべての政党の寄り合い所帯」
    なんせ参加政党が8つ!
    とにかく政策出すたびに軋みを上げている状態であり
    危機感を持った小沢一郎の鶴の一声で
    連立与党から左翼勢力(社会党)と反小沢派リベラル勢力(さきがけ)を排除した形で
    1993年12月10日
    保守リベラルと中道左派勢力の寄り合い政党として
    新進党発足

    これに参加することで国政の独立した政党としての中道左派政党は
    いったんは消滅
    することになります。
    まあ、このころの民社党で合流しなかった面々はすっかり反小沢派リベラル勢力になっており
    党を解党して居場所がなくなったのを契機に自民党に合流しますし
    あの狡猾な某大作氏は自民党からの恫喝的政治圧力にへたれて
    (なんせ国会にやたら呼び出されそうになってましたので)
    いつでも公明党が再結集できるように
    地方議会に「公明」、参議院に「新党平和」という逃げ道を確保
    結局、小沢一郎がこれを無理やり統合しようとした流れが、あっけなく新進党を瓦解させることになるわけですが
    それはまた別のお話しw。

    2016年現在純然たる「中道左派政党」は
    新進党瓦解後再結集した現・公明党だけ
    となっていますが
    ほかの政党に様々な形で潜り込み
    保守リベラル勢力と時には連帯し、時には対決しながら
    一つの政治思想として確立していくことになります。

    では、中道左派とは具体的にどうなのか
    それは字数の都合でまた次回に_(-ω-`_)⌒)_

    これだけ長くなりますと、さすがにね(⌒-⌒; )
    ではでは(・ω・)ノ

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  • 【朝ぼやき】198:第三部 ネトウヨは保守じゃない~日本の政治思想の主流について考える

    2016-03-22 13:05
    さてさて、前回では
    日本の政治勢力で純粋な保守・革新はめっきり減ってしまった
    …ということをお話いたしましたが

    今回はその続き(((っ・ω・)っ

    「じゃあ、日本の政治の主流はいったいなんなのさ?」

    というところからお話してみましょう。

    【2:「日本は現在、保守リベラルの国であるぞ( ̄・ω・ ̄)」】

    日本の議席の大半を占め、かつ実際の政治の流れも
    その思想にのっとって行われている政治思想
    それこそが

    保守リベラル

    なのです。
    具体的な数値で言いにくい部分もあるので多少数字がぶれますが

    自民党の7割、民進党(笑)の6割、大阪維新の会の8割がこの思想です
    わかりやすくいうと

    親米ぽち中道右派

    これにつきるかと。

    保守思想が日本の国益を重視しアメリカと対等な同盟関係になることを目指して
    憲法改正(自主憲法)や自主防衛を志すのに対し
    保守リベラルの主張は基本現状維持

    つまり

    日米安保ありきで日本は米軍の協力者として国家防衛を果たせばいい

    という考え方。

    まあ、今の支那と組めと言われても難しいでしょうし、
    ましてや韓国は
    「今は北朝鮮が主敵だが、統一したら日本に復讐せねばならない
    とまで言われている始末ですから
    下手に組んだら背後から狙い打たれる。

    それならば、現状維持にひたすら務めて
    イスラム過激派から「アメリカの保護国扱い」されようとも
    ひたすらアメリカについていくことを選ばざるを得ない。

    それはわかります。
    ある意味においてはそれで正解なんです。

    つまり
    アメリカ主導のグローバル経済の中でひたすら現状を「保守」しつつ
    アメリカナイズのリベラリズムを社会機構に取り入れ
    小さな政府の下で日本を動かしていこうとする考え方。
    それが、保守リベラルなのです。

    今まで実際それでうまくやってこれたから何も問題が露見せず
    だからこそ55年体制崩壊後、日本政治の主流思想にのし上がれてきたわけです。

    ここであることにお気づきでしょうか?

    保守思想と保守リベラル思想とで「保守」したいものが異なること

    保守思想はあくまでも「伝統ある日本社会を保守したい
    保守リベラルは
    現状の日本の繁栄を保守したい

    ・・・ということに。

    どちらが正しいというジャッジメントをここでするつもりはありません
    どっちも国家の理想像としては大事なことです
    だからこそ、民主主義制度の議会政治で選ばれているわけです。

    では肝心のネトウヨ君たちはいったいどうなの?という話

    小生は

    「ネトウヨとは、
    社会的不満を右翼ごっこで紛らわせている中道左派」

    …に過ぎないと思っております( ̄・ω・ ̄)

    ということで次回は
    その中道左派思想と 彼らにそっくりな とある思想グループの類似点を
    指摘してみたいと思います

    それでは、また次回にお会いしましょう(・ω・)ノ



  • 【朝ぼやき】197:第三部 ネトウヨは保守じゃない~序章 日本の保守をざっくり説明してみる

    2016-03-20 12:29
    久々のブロマガになります。

    まあ、最後のブロマガ仕上げてからいろいろありすぎた

    、というのもありますが
    単純にずぼらやらかしてただけとも言えますm(__)m

    さて今日からの第三部の【朝ぼやき】

    テーマは「ネトウヨ」について取り上げていきたいと思います。
    なに?ネトウヨはサヨク連中の差別用語だって?

    あえてここでネトウヨと呼ぶ理由

    それは

    ネトウヨは保守じゃないんだから、ネット保守なんて名乗る資格はない

    そういうことです。( ˘ω˘)

    ではさっそく、導入編にまいりましょう。

    【1:保守って、そもそもなあに?】

    保守と一言に言っても、その政治志向は国ごとに異なるので
    今ここで取り上げてるのは「日本の保守思想」について、ということを
    ご承知置きいただけると助かります。

    国語辞典などでは「保守」というのは

    1.正常な状態を保つこと。「休業時も機械を―する」「線路の―点検」
     2.旧来の風習・伝統・考え方などを重んじて守っていこうとすること。また、その立場。「―派」(goo国語辞典)」

    まあ、1はどっちかというとメンテナンスという意味になるので
    政治的思想を語るなら2の

    旧来の風習・伝統・考え方などを重んじて守っていこうとすること。また、その立場。」

    …これが正解でしょうね。

    これを日本に置きなおすと…

    「日本古来からの風習や伝統、歴史を重んじ、それらを守る方向で政策などを構築していく政治思想」

    こうなりますか…。
    ここでふとあることに気づきます

    「これって、マスコミや教育現場で言ってる【右翼】と同じ意味じゃん」

    そうなんです。
    今の日本では
    保守思想と右翼をごっちゃにして表現されている」んです

    そも右翼とは
    「伝統的立場から政治を見据えて漸進的な改革を訴える」政治思想
    フランス革命の時の座席配置に由来しています。

    たしかに保守・国粋化する傾向はあったわけですが
    それは当時の急進改革派への対案を出したら自然そうなっただけの話

    政治思想としての保守と政治派閥としての右翼はまったく意味が別物だったわけです

    日本で保守と右翼がごっちゃにされがちなのは
    これまで左派が牛耳ってきたマスコミ機関の恣意的な部分もあり得ますが
    日本の政治で

    「(急進)革新派=社会主義・共産主義」
    「55年体制での保守派⇔革新派闘争は、戦後冷戦下での親米派と親ソビエト・中共派との代理闘争」


    …という歴史的経緯を踏まえ
    結果として右翼的国粋・保守主義に走ることになり
    いつのまにやらごっちゃになってしまった…というのが正解なのでしょう。

    さて、今の日本の政治思想ですが…

    国会の議席でいうと…

    保守  4(次世代→自民復党組を除く)
    革新  37(民進党(笑)左派勢力を除く)


    あれ????数少なすぎね???(; ・`ω・´)

    それもそのはず
    今の日本の政治思想は60年体制の崩壊を契機に徐々に一新され
    その大半が

    保守リベラル」と
    中道左派

    で、議席が占められるようになっているからなのです。
    しかもこの2勢力、いろんな政党に混在している状態になっており
    たとえば
    民主党は保守リベラルと中道左派と革新派の相乗り政党でしたし
    日本維新の党は太陽の党合併後は保守と保守リベラルと中道左派の相乗り政党でした。

    日本の政党で政治思想が統一されている政党は
    公明党→中道左派
    社会民主党(沖縄社会大衆党含む)→革新派
    日本共産党→革新派
    ・・・ぐらいのもの。

    つまり今の安倍内閣
    個人的には保守思想な安倍総理
     保守と保守リベラルの寄り合い政党自民党と
     中道左派(というか純粋まっすぐ君の集合体)の公明党が支える
     寄り合い内閣

    ・・・ということになります_(:3」∠)_
    ちなみに細川政権以降の日本の政権は大体こんな感じで
    細川政権のばあい
    「細川氏=中道左派(というかお花畑
     支えた政党→保守リベラル+中道左派+革新(共産のぞく)」でしたし
    歴代総理で保守・保守リベラルじゃなかったのは

    村山富市→革新派
    鳩山由紀夫→分類不能

    ぐらいではなかったか、と( *・ω・)っ旦。

    ・・・だいぶ話が脱線しましたが
    文字数も尽きたので、今日はここまでにさせていただきます。

    次回は「保守」と「保守リベラル」の違いについてお話してまいります。
    またもや長くなりそうですが
    お付き合いいただけると光栄です

    ではでは。