• 養殖論争に終止符を 後編

    2020-05-31 16:4710
    この記事は前編の続きになります。

    何故このような認識の齟齬が生まれたのか

    そもそも何故こうしたクッキー☆への認識が生まれて行ったのでしょう?
    こうした特徴をまとめてみるとその原理主義者の掲げる原理主義の内容も見えてきます。
    ここまで読んでくれた人には2014年がやたら出てくることに気付いた人もいるかもしれません。
    実は原理主義者と呼ばれる人がイメージするクッキー☆像の源流は2014年のクッキー☆に集約されています。
    もっと言えばクッキー☆原理主義とはRIM一家、UDK姉妹のキャラを至高とする考えです。
    安直に思われるかもしれませんが、RU、KNN、BNKRG、SNNN、YMN、UDK、MZ、AZS、RIの誰かを主体とした動画を作ってみてください。
    例え素材や演技など二次創作的なネタに溢れていても、個人情報や誹謗中傷に繋がるようなネタを入れなくても。
    恐らく古典派認定されたり、少なくとも原理主義的な批判は見られないと思います。

    RIM一家、UDK姉妹及びそのメンバーのキャラは2014年にUMO兄貴とチョコアイス兄貴の作品によって大いに流行りました。そしてその時期はクッキー☆の住人が爆発的に増えた時でもあります。
    そうして増えた住人の多くがUMOチョコアイスの作品や彼らの作品に感銘を受けた投稿者の作品に強く影響を受け、当時のノリをクッキー☆の本質だと思い込みます。
    しかし、それまでのネタがRIM一家、UDK姉妹のネタに移り変わったようにこのネタも材料屋ブームや二軍淫夢ブームの潮流に取って代わられてしまいます。
    そしてRIM一家、UDK姉妹の頃のネタをあまり見なくなってしまった事に対して鬱憤を溜め、その矛先をRIM一家UDK姉妹に取って代わって材料屋やそれと同時期のネタに向けていきました。
    養殖論争とは実は「天然派vs養殖派」の対立ではなくこの「RIM一家UDK姉妹ファンvs材料屋+αファン」の対立が本質になります。
    その為例えクッキー☆やクッキー☆☆のキャラであるHSI姉貴やDIYUSIが流行っても、それがどれだけ生放送など声優そのものの活動によって生まれた素材や内なるHNSのような中の人ネタを使おうと
    「キャラが面白いだけ」「声優の要素がほとんど無い」「TDN東方」と評して突き放しているわけです。
    逆に迫真マスパや高気圧ガール、カッチャマやKNNマントなどその劇中での役割や素材、MMDの見た目と言った要素ばかりを使っている状況であっても、クッキー☆らしいと認識されていきます。
    アングラへの意識
    同人や声優批判への糾弾も見られるようになったのも2014年のこの辺りで、理由は詳しくわかりませんが、
    クッキー☆でハセカラネタを見るようになったのもこの時期だったことを考えるとハセカラや嫌儲思想の広がりがこの頃クッキー☆にも及んで来ていたのかもしれません。
    この影響でクッキー☆に限らず従来のアングラジャンルが更にアングラさを求めるようにもなっていたのかもしれません。
    しかし、クッキー☆はその存在そのものがそれまで淫夢から原理主義に反すると批判もされてきた身です。
    ノンケを他界隈の住人への蔑称として使用していながら、自分たちが扱うネタは東方と女性ネット声優というノンケそのものです。
    その劣等感に対して「クッキー☆は声優をイジメるからノンケとは違う!」とそれまでの歴史を脚色してまでクッキー☆のアングラさを強調しその立場の安定を図っていった側面もあったと思います。
    ただ、結局は外部からやって来た考えであり、建前上はこうしたアングラさを至高としているような人でも、養殖声優とレッテルを貼った人物の個人情報が出てきたときに話題にすべきか否かで迷いが生まれている様子を見る限り、自覚しないまま新しいネタに恐怖し拒絶している事が行動に現れています。



    原理主義者の心理はこうした新しいネタがクッキー☆の主流になってしまい、自分がクッキー☆において玄人ではなくなってしまうという恐れによる拒絶です。
    だから、新しく出た、発掘された作品を養殖と否定し、新しい声優を養殖声優と言って拒絶します。こうする事で自分の知識の範囲外の存在がクッキー☆に持ち込まれないようにしたわけです。
    そしてその理屈の基盤を固める為に、原理主義を決めていきました。新しい事への拒絶が目的である以上、この目的に合わせる為に原理主義は変化します。
    原理主義が人によって時代によってコロコロ変わるのは原理主義自体を目的としていないからです。
    RRM姉貴のように明らかな養殖声優とレッテルを貼っていたものの面白い言動や個人情報が出た事でアングラと言う側面では条件を満たしてしまい、
    RRM姉貴は「面白いから養殖から外す」「クッキー☆と知らずに応募したから天然」などと言ったような後出しの理屈で整合性を図ろうともされたわけです。

    そしてこれは養殖、天然に限った事ではありません。2014年以降東方に詳しくない人がクッキー☆に増えた事で、東方のネタを拒絶するようになりました。
    投稿者をネタにする事もALISON兄貴や朗読兄貴と言った存在を例外として突き放して拒絶する人も現れました。
    クッキー☆関連のスレでは新たな話題で盛り上がる度に、その話題を派生スレを作って隔離していきました。

    こうした活動において、別に何をクッキー☆とすべきかとか、何がクッキー☆独自のネタなのかとか、売名の有無だとか、ALISON兄貴や朗読兄貴が自分から自分をネタにしていたのかどうかとか、
    どの程度のネタは派生スレとして分けるべきなのかとか、そんな議論や理論は意味がありません。
    そこにある真意はどれも自分がよく知らないネタが流行ってしまい、自分が置いてけぼりを食らわないようにしたいだけです。
    そしてそんな自分の及ばないネタを内輪ネタ、馴れ合いと突き放しているだけです。ネタに普遍性がない以上どんなネタだって内輪と呼ぶ事が出来ますし、馴れ合いとレッテルの貼られる交流はコミュニティの基本的な要素です。
    つまり何にだって内輪とも馴れ合いとも言う事が出来ます。
    更にこうした自分たちが勝手に複雑化させていった理論を分かりやすくするために、嫌いなものは嫌いなもの同士、好きなものは好きなもの同士を
    結び付けてまとめ上げてしまいます。
    嫌いなもの→ホモガキ=新参=学生=ツイカス=声優に媚びるノンケ=チョコ★が好き=DIYUSIが好き=しりり☆から入った=クッキー☆に無知=良識派=…
    好きなもの→匿名=古参=声優を虐める=初代、☆☆が好き=RIM一家UDK姉妹が好き=自分語りを嫌う=クッキー☆に詳しい=過激派=

    と言ったように何でもかんでも一列に並べてしまい、尚更その認識は実情から離れて原理主義はそれに合わせるように変えられてしまいます。
    そしてRIM一家UDK姉妹こそ天然クッキー☆と思い込んでいるのに新しい天然クッキー☆が出ないそうとしかならないような当たり前の状況に嘆くという意味不明な状態にも陥るわけです。

    結局どうすればいいのか

    未知のネタを恐れない事です。別に自分の知らないネタを知っておく必要はありません。
    クッキー☆について何でも知っている玄人になる必要はどこにもありません。クッキー☆にはまだまだ自分の知らない世界があるだけです。
    投稿者ネタが流行ろうが新たな養殖声優が流行ろうが、東方の新キャラが出てこようがRIM一家やUDK姉妹が好きならそれで良いんです。
    好きなものを求めて摂取したり、生み出していればそれで済む話です。クッキー☆とはどうあるべきかを考えたり、クッキー☆ではないと認定したり、別スレに分ける必要はありません。
    所詮クッキー☆はネットに転がる糞みたいな娯楽に過ぎません。そんな娯楽に自分の嫌いなものに向けて対処したり、独自の正義や倫理観を主張する意義はどこにもありません。
    娯楽は娯楽らしく楽しむものであり、それは自分の好きなものであるはずです。


    これを読んでくれた人が自分の好きな事に没頭する意欲を増してくれればと思います。


    最後にこうした論争でよく見られる言葉の正しい定義も紹介します。これらはクッキー☆内でしか通用しないので外部で使用する際は注視してください。
    また、本来の定義と意味が変わっているという事は、それだけ定義を重視していないことになります。
    その為、それがどんな意味であるかを考察する事は無意味な事だと思ってください。
    (例:これはボイスドラマと言って良いのか否か←そもそもクッキー☆では多くのボイスドラマではない作品をボイスドラマと呼んでる)

    ボイスドラマ:映像の無い音声のみで構成された劇。
    クッキー☆においては映像主体であってもボイスドラマと呼んでいる。

    囲い:配信者を特定のリスナーにのみ配信させたり、配信そのものをやめさせるなどの独占行為
    クッキー☆においては単なるファンに対するレッテルとして使用される。

    馴れ合い:会議などにおいて利害の一致する者同士が裏で取り決めを行う出来レース
    クッキー☆においては単なるコミュニティに対するレッテルとして使用される。



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  • 養殖論争に終止符を 前編

    2020-05-31 03:184

    はじめに

    いつになっても養殖についての話題の熱は冷めそうもなく、しかも同じような話題を繰り返している状況でもあるので私なりにクッキー☆における養殖、天然、原理主義についてまとめようと思います。
    特に自分に新参、にわかの自覚や劣等感を持っている方、他のクッキー☆民の言動で自身のクッキー☆への認識が揺らいでいる人にちょっとした気休めや先輩風を吹かしてくる相手からの予防接種みたいなものとして受け取ってもらえれば幸いです。

    まず知ってもらいたいのは養殖論争は随分長い事見られますが、大した前進は無いです。
    時代に合わせて対象となる名前が変わっているだけで、内容としてはずっと同じような話を繰り返しています。
    恐らくこれから書く内容も養殖論争の変化によってやがて古い記述となってしまうと思います。しかし、出てくる本編のタイトルや対象の名前を変えれば当分使いまわしはできると思います。それだけこの論争には変化がありません。
    とりあえず養殖論争によく出てくる単語にツッコミを片っ端から入れてみましょう。

    クッソー☆以降が養殖、スペカ☆(しりり☆)から養殖が増えた

    これは養殖への批判でよく聞くことだと思います。
    大きな間違いです。
    正すとすればこれはクッソー☆でもスペカ☆でもなくハロウィン☆になります。

    まず「養殖」という言葉が生まれたのは2014年1月のクッキー☆三期が出た後の頃でした。その時養殖と呼び指していた作品はハロウィン☆です。
    そしてこれはハロウィン☆が発見されてから頻繁に行われるようになったハロウィン☆及びMK兄貴の作品をクッキー☆と認めるかという論争の一環として出てきた言葉でした。この辺は以前私が投稿した「クッカス☆☆☆☆☆」でも触れています。
    この時点では養殖と言う言葉はあまり使われていませんでしたが、論争の内容は今の養殖論争と大差ありません。
    そして2014年8月にカス☆が登場するとこれらの論争における批判対象として養殖という言葉が頻繁に使われるようになりました。
    また、クッソー☆に対して養殖と言うレッテルはそれ程強いものではありませんでした。
    実際に現在原理主義者的な立場を取る人の間では「クッソー☆、クッソー☆☆を天然に分類してクッソー☆☆☆以降を養殖とする」
    「クッソー☆☆☆でもRRM姉貴は養殖から外す」と言った意見もあります。
    それ程養殖という言葉の定義は不安定でブレブレです。
    そしてスペカ☆から養殖が増えたというのも大きな間違いです。
    養殖が増えたのは明らかにハロウィン☆が投稿され、TIS姉貴が引退して以降になります。
    それ以降は年月と共に増えるスピードが徐々に上がっていきました。
    スペカ☆は増加の拍車をかけたきっかけでもなければ、しりりはMAD投稿者の企画者の先駆者でもありません。
    それでも何かとしりりが槍玉に挙げられるのはしりり兄貴と言う投稿者が人気のMADを高頻度で投稿し流行の導き手となる程の大きな存在となり、
    その分ヘイトも稼いだ程度の認識で問題ありません。現に彼が失踪して久しい今でも根強いアンチはまだ見られます。

    TIS作品以前が天然

    よく聞く天然クッキー☆の具体例だと思います。
    そしてもっと具体的に例を挙げると「クッキー☆」「クッキー☆☆一期」「クッキー☆☆二期」「クッキー☆☆三期」の事を指すという認識だと思います。
    そして、この4つをまとめて「クッキー☆本編」と呼ぶと聞いた人もいると思います。
    実はこれだけの説明でも間違いだらけです。
    まずTIS作品以前はこの4つだけではありません。もっと大量にあります。
    そして「クッキー☆本編」とされる作品群は上記の4つに加えて「クッキー☆☆☆」も含まれています。

    そもそもこの言葉ではクッキー☆一期より前の作品なのかクッキー☆☆三期より前の作品なのかが曖昧です。
    そして一期三期の間には2年以上の空白があります。
    要はクッキー☆からクッキー☆☆三期までの間はこの4つしか本編が無いという認識なのでしょうがそれ自体が大きな間違いです。
    まず、クッキー☆一期より前と見てもそこにはクソデブ姉貴、早苗といっしょにトレーニング(以下さなトレ)、モノレール☆、Club Ibuki in Break Allといった作品が間に挟まってきます。
    三期より前となるとクッキー☆☆☆、クソ犬☆、、クッキンアイドル☆、ポッキー☆、クッキー☆ZERO等その数は跳ね上がります。
    それらはクッキー☆☆よりもマイナーだったからネタにされていなかったからボイスドラマではないからクッキー☆とは別ジャンルだから
    …と言った理由で省かれているという説明も聞いた事もありますがそれも違います。
    この時のクッキー☆認定された作品はクッキー☆☆含めてMADの素材と言うよりも本家動画へのコメント侵略の活動が主でした。
    そして上に挙げた本編はどれもコメント侵略という点においては活発に行われていました。
    特に早苗といっしょにトレーニング、モノレール☆はクッキー☆☆二期によってKNN姉貴が話題になるまではクッキー☆の中でも最も勢力のある派生でした。
    インフレした今からすると削除された動画も多い事もあって物足りないように感じるかもしれませんが、音MAD主体だった当時はこの程度でも十分知名度の高い作品で露出の多い方です。
    そもそもRU姉貴、UDK姉貴、ALC、SIK以外がメインを貼る動画が増えていったのはBBクッキー☆劇場の文化も成熟した2014年からなので
    それ以前からいくつもメインを張っているMADが出ていた時点でかなりの存在感です。
    また、2011年に起きたI'm so クッキー☆ブームではクッキー☆キャラをコンプしようという流れがありましたが、その中には
    さなトレ、モノレール☆も組み込まれているのでこれらがクッキー☆とは別系列という事でもありません。
    さなトレは派生、外伝
    原理主義者や養殖批判をしている人におけるさなトレの扱いです。
    養殖の定義とされるものに当てはめればさなトレは養殖クッキー☆になります。
    しかし原理主義者とされるような人々からはさなトレを養殖と認定して批判したがらない為「クッキー☆派生」「外伝」と言った新しい概念を生んで認定しています。
    扱われているだけまだマシな方で原理主義者と呼ばれるような人の多くはそもそもさなトレの事を意識してすらいません。
    下手すると知りません。こうした人は原理主義と言いながらそのような知識も持ち合わせていないぐらいクッキー☆の知識には乏しいことが多いです。

    さなトレはクッキー☆ネタを組み込んだ最初の本編であり風評被害をある程度意識されて作られた作品です。
    ここまでの風評被害は当時想定していなかったかもしれませんが、続編のモノレール☆にはこの風評被害を受けて明らかなクッキー☆ネタを半ば強引に入れてあります。
    養殖はクッキー☆でネタにされる事を意図した作品で天然はそうではない作品の為、普通に考えればその間はないはずです。
    しかし、何故外伝という新しい概念が生まれたのでしょうか?
    これは原理主義という立場的にクッキー☆☆より古いクッキー☆であるさなトレを養殖と呼びたくないという考えもあるでしょうが、
    一番の理由としてはよく考えていなかったというのが大きいと思います。
    そしてあまり認識していなかった、後から知った作品であるさなトレの存在が自分の中の養殖の定義、あるいはクッキー☆そのものの定義とも合致せず
    話題を振られた際には養殖でも天然でもない外伝という分類を作り整合性を図ろうとしたと思われます。

    天然声優は全員消えて今は養殖声優しかいない

    現状に対する批判として聞かれる事だと思いますが、そんな事はありません。
    消えた人も居ればいまだに残って活動を続けている人も結構います。
    RU姉貴、YMN姉貴、YZY姉貴といった初代声優は勿論、PSR姉貴、HSI姉貴、VVAN姉貴、りゅーがとクッキー☆☆の声優でもまだ活躍している人はいます。

    何故天然声優が全員いなくなったと言われるようになったのでしょう。
    養殖を嫌うクッキー☆民の立場を取って見ると、彼らからすると養殖と現状のクッキー☆を批判したいわけです。
    そこで現在のクッキー☆は養殖の潮流に飲まれてしまい、天然と言える要素を跡形もなく滅ぼしてしまったとする事で昔を讃え新参を批判する事が出来ます。
    しかし、実際のところ上記のように彼らが天然声優とするような声優でも残っている人はいます。そして原理主義的な人でも現状の彼女らへの関心が薄いように
    彼らは自覚は無いようですが天然の声優に対する情熱も既に失われています。

    古参は皆消えた

    流石に皆消えたという事はありません。例を挙げれば低温化兄貴は2010年の投稿者です。
    どこからを古参と見るかは人に寄るかと思いますが少なくとも彼を古参ではないと見る意見はあまりないと思います。
    また、消えるを失踪と見た場合は尚更です。ひと☆ごみ兄貴のように当時のアカウントすら変えずにTwitterをやっている人も多いです。

    消える人も居れば残る人もいます。10年の年月の中ではむしろ古い投稿者も残っている方と言えます。
    そうした投稿者はあまりクッキー☆で活動してないようにも見えますが、むしろこれが普通です。
    専門性の高い今のクッキー☆投稿者、特にBB劇場投稿者が異端なのです。
    全員消えたとされるのはクッキー☆では投稿者が消える際、目立つ人が多くその印象が強いという事もあると思いますが、
    原理主義的な批判においては現状を批判する際に今のクッキー☆は新参が支配している、古参は皆付いて行けずもう残っていないとした方が
    主張する上で都合がいいという側面も大きいと思われます。

    今のクッキー☆は東方と化した

    クッキー☆の現状を評した、特に批判する際に聞かれる言葉だと思います。
    クッキー☆民の東方の普及率の正確な把握は困難ですが、少なくとも今が昔に比べて東方の勢力が強いという事はありません。

    それだけ初期のクッキー☆は特に東方の要素も濃い状態した。
    クッキー☆がネタにされた頃は全盛期程でないにしろ、まだまだ東方の勢いがニコニコで大きかった頃です。
    そしてクッキー☆を作り出した淫夢においても東方はMADネタの題材として重要な立ち位置を占めていました。
    これは初期の淫夢MADに東方楽曲がかなりの割合を占めていた事、クッキー☆が出た当時投稿されたラット辞典の東方夏淫夢の動画が淫夢で高い人気を得ていた事からも窺えます。
    「どうしてホモは東方厨より東方に詳しいのか」と言った冗談めいた評価が見られるぐらい淫夢の住人には東方のファンが昔から多かったです。そもそもけいおん!やAちゃんねる、アイマス、ゆるゆりといったネタも充実させていた
    当時の淫夢において東方の人気が低かったわけがありません。
    ではいつから東方との差別化を意識するようになったかと言うと2014年になると静画を中心に東方キャラとは違うクッキー☆独自の描き方を意識する動きが見られるようになりました。これは当時RIM一家やUDK姉妹で高い人気を得ていたUMO兄貴やチョコアイス兄貴が同じ役をユニットで組ませつつそれらを巧みに描き分けた事や、
    声優の顔などを組み込んだek兄貴の作品によって静画におけるクッキー☆の勢いと住人の増加を爆発的に促進させた事に起因すると思われます。当時静画を通してクッキー☆にハマった人にとってクッキー☆らしさと言えば「東方にはない独自の要素」にあった訳です。
    また、こうした認識の暴走により赤くらげのようにクッキー☆独自の特徴が見られない作品を「TDN東方」とレッテルを貼り批判する人も現れていきました。
    逆に言えばこれ以前のクッキー☆静画はこうした認識は薄かったです。静画を古い順に見れば分かりますが、初期は東方キャラが淫夢ヤクッキー☆の語録を使う程度で、劇中でのアバターの特徴を捉えて描写したものは少なく、朗読兄貴や勃起温泉兄貴、パス〒ル兄貴、ナイスタック兄貴などと作者の作風が前面に押し出されていました。


    新しい天然はもうない。クッキー☆☆三期が最後の天然

    いくらでも出てます。最近も大量に出ています。天然物を求めるクッキー☆民が知らないだけです。
    少なくともリランちゃんの登場作品であるメッモー☆はクッキー☆三期よりも後に登場した天然クッキー☆です。

    天然をどう定義するかにもよりますが、「クッキー☆でネタにされる事を意識していない作品」に異論はないと思います。
    そしてそんな作品は今でも次々と見つかっています。クッキー☆なので認定していると言った方が良いでしょう。
    雄平、幻ファセ☆、時冒☆、こようつ☆と所謂親等理論で結び付けられた作品群はこれにあたります。
    親等理論とは無縁の作品でも東方☆、穴☆、クッニー☆、ちょこけも☆、キャノンボール☆とそれなりの数が出ています。
    恐らく今、例に挙げた多くは分からないと思います。それもそのはずで天然クッキー☆とされるものはマイナーな物、つまらない物、見る事も出来ないような苦行の割合が養殖と呼ばれるもの以上に多いです。
    天然クッキー☆を定義通りに解釈するとどうしてもこんな状況になってしまいます。
    そして天然物を求めている人に限ってこうした天然クッキー☆に無関心です。
    それらはクッキー☆やクッキー☆☆と違ってネタに出来る部分もない駄作という意見もありますが、
    これはクッキー☆やクッキー☆☆も同じです。今でこそネタが充実して本編も面白いという声も見られますが、
    出た当初はクッキー☆もクッキー☆☆もネタにも出来ないような駄作という状況が年単位で続きました。
    精々投稿されて3日程でMMD化されたクッキー☆☆二期がクッキー☆内でも異例のスピードでネタが充実していました。
    そもそもこのクッキー☆、クッキー☆☆ですら天然クッキー☆を求める人は周回するほど本編を好んでいません。
    そして本当に天然クッキー☆を求めているような人達は普段からクッキー☆を周回するような狂人に限られます。
    そうした人達は外野から見ては勿論、同じクッキー☆厨から見ても狂人扱いされています。

    クッキー☆は棒読み素人声優主体の文化

    クッキー☆のネタは複合的なものでその要素は声優に限らず多岐に渡ります。
    またクッキー☆では演技の上手い声優やプロ声優も昔からネタにしてきました。

    クッキー☆の要素がどれだけあるかは人によりますが、私の場合はその文化の源流は
     クッキー☆投稿間もない2010年2月に見られるようになった動画に淫夢語録でコメントする侵略
     2010年中頃からラット辞典を発端に見られるようになった東方キャラを独自のキャラにする創作
     2010年10月頃から始まった棒読みや高い音質を有効活用した音MADの楽器
     2010年11月頃から始まったクッキー☆騒動による声優やスタッフへの観察、交流

    以上の4つにあると考えています。
    また、特に古い部類のクッキー☆であるさなトレやモノレール☆の声優はプロです。初代に限定して見ても、原発姉貴はプロ声優です。
    そもそもクッキー☆の主要な声優であるRU姉貴、UDK姉貴、HNS姉貴、YMN姉貴の4人に限っても棒読みは半分しかいません。
    棒読み、素人、という要素が目立つようになったのはクッキー☆☆からで、特にそれらの要素が重要視されるようになったのは
    ハロウィン☆の影響で多くの企画者とその作品が生まれるようになった2014年以降です。

    クッキー☆は誹謗中傷の歴史

    原理主義者がよく言うクッキー☆の歴史だと思います。そして恐らく彼らが信じる原理主義なのだと思います。
    これも正しいとは言えません。
    クッキー☆の歴史は昔に遡るほどこうした意見のように声優との関係は険悪ではありませんでした。

    クッキー☆本スレ誕生の契機であるクッキー☆騒動と呼ばれる事件はセクハラ被害を受けた声優と本スレ民がHZNを糾弾するというものです。
    つまりこの点においては声優と本スレ民は協力関係にありました。そしてこれは同じ敵を持っただけの間接的な味方ではなく、
    実際に本スレ民が声優とコンタクトを取り合いながら進める明確な同盟関係でした。
    これによってHZNを引退まで追い込む事が出来ました。
    本スレで誹謗中傷が目立つようになったのはHZNが引退しクッキー☆騒動が収束し、敵を失ってからです。
    そして、クッキー☆ではそんな本スレを異端の辺境として扱ってきました。
    それどころか本スレにおいても過剰な誹謗中傷は問題児として扱われてきました。
    誹謗中傷を主体としようとする動きが見られるようになったのは2014年の良識派論争辺りで
    それまでは本スレでも声優に対しての過剰な批判は見る頻度が多くても必ずしもそれを良いとしているわけではなく、
    声優の生放送への視聴に盛り上がるなど声優に対して友好的に接しようとする動きが大きかったです。
    この時点では声優から嫌われる事はあっても、自ら嫌われようとする意識は低かったわけです。
    勿論NDK姉貴が叩かれたりBNKRG姉貴とTIS姉貴のファン同士が対立しあったりと誹謗中傷も少なくはありません。
    しかし、それだけで成り立っていたというのは明らかに誇大で本スレ民であっても長期的な話題としては
    声優を叩くよりも友好的な関係を築いた事で得られる勢いが大半でした。
    批判的な炎上は爆発力こそあれ、本スレであっても1週間もしない内にその勢いは失われてしまいます。
    これはクソクリ声優の話題で本スレが盛り上がったように良識派論争以降の本スレでも状況は同じでした。
    これらはクッキー☆でも特に誹謗中傷が蔓延る本スレの話でそれ以外となると誹謗中傷の要素はさらに薄くなります。

    クッキー☆声優はクッキー☆厨に叩かれて消えた、それがクッキー☆騒動

    上と関連しますがこれも事実は異なります。
    クッキー☆騒動については以上の通りですが、まず実際にクッキー☆騒動によって消えた声優はいません。
    UDK姉貴ですら騒動終結後になります。
    そして実際に叩かれて消えた初代声優はNDK姉貴だけです。

    クッキー☆騒動終結後の2011年にNDK姉貴は中学時代のグレていた事を叩かれるようになり失踪しました。
    この出来事は本スレ内においても問題行動として批判的な意見が多く、NDK姉貴を叩いて消した事を誇る意見は本スレであってもあまり見られません。
    以下クッキー☆騒動後の声優陣の動向です。
    RU姉貴…騒動終結後、UDK姉貴同様いつの間にか活動を停止したがその年の終わりには活動再開、NDK姉貴同様叩かれるようになり長い時期、本スレでは叩かれ続けているが、現在も変わらず生存中。
    UDK姉貴…2011年2月に最後の配信をする。その後5月頃に東北大震災の生存報告的なメッセージを残し、その後の動向は掴めていない。最後の配信もそれが最後になるとは思われておらず、失踪理由は不明。時期的に高校卒業による生活環境の変化が考えられる。
    HNS姉貴…騒動後も何年かは変わらずに活動中。一時期Twitterが消え失踪したが2016年に復活。その後2018年の凍結騒動による自主削除までTwitter上で活動。
    NDK姉貴…騒動後に叩かれ失踪。2016年に一時復活。
    MCT姉貴…2015年4月まで変わらず活動。最後は何故か突然Twitterが動かなくなる。
    YZY姉貴…現在まで変わらず活動中。
    原発姉貴…2016年ごろまで不定期ながら活動。その後はほとんど動きは見られないが稀に動く。
    以上を見るとわかりますが、失踪にはほとんどクッキー☆が関わっておらず生存者も少なくないです。
    ちなみにYMN姉貴は初代声優で唯一クッキー☆騒動に関わっていない声優です。
    このクッキー☆でネタにされて声優が消えるというイメージはクッキー☆☆二期によってイメージされるようになった側面が大きいです。

    ・UDK姉貴は自身、あるいは他のクッキー☆声優(RU等)が叩かれてとろろそば配信をして引退した

    よくクッキー☆の罪として挙げられるとろろそばですが、実情を正しく把握している人は少ないです。
    UDK姉貴がとろろそば配信をしたのは桜雪というUDK姉貴のネット上の友人であるリスナーが叩かれたからです。

    この桜雪のUDK姉貴からの愛称は「教授」で、UDK姉貴の「教授死んじゃうかもしれない!」「大切な友人だからこうして言ってるんです!」の教授や大切な友人というのがこの桜雪の事です。
    桜雪を叩いた理由は彼がUDK姉貴を放送内でクッキー☆ネタで弄って泣かせたからです。
    この辺は泣かせたのは別のリスナーという説があったりとちょっとややこしい部分がありますが、少なくとも本スレ民は桜雪をUDK姉貴を泣かせた人物として叩いていましたので、そう思ってくれればこの場では問題ありません。
    とろろそばでいかにクッキー☆が声優に酷い事をしてきたかを説く場面を度々見ますが、この場合同情すべきはUDK姉貴などの声優ではなく、桜雪です。
    そして私はいまだに桜雪を同情する声を聴いたことありません。
    桜雪抜きでとろろそばについて語っている時点で、その人はとろろそばを正しく認識できていないと考えて問題ありません。


    長くなりましたので養殖論争と原理主義とは何かというまとめを後半に回したいと思います。
  • 私は東方が嫌いです

    2020-05-14 19:126
    私は東方が嫌いです。そして私はそんな自分が大嫌いです。
    誤解を招くようなタイトルですが、この記事は別に東方やそのファンを批判したくて書いたものではありません。
    また、勘違いしてほしくないのは東方のファンに対して嫌悪感を持っているわけでもありません。私が東方ファンに持つ感情はむしろ憧れの方が近いです。
    自分が東方を嫌いになった経緯を綴る事で私のクッキー☆に対する考えがまとめられると思い、それがちょっとした自己紹介になればと考え書きました。

    私が東方を嫌いになった理由ですが、それは端的に言うとAAの文化は東方のによって終わらせてしまったと感じたからです。
    これだと意味不明だと思うので、まず私がAAを好きになった経緯を話す必要があるでしょう。
    私の過去動画を見てくれている物好きなら知っているかもしれませんが、元々私の活動はAAの創作が主でした。
    一口にAAと言っても色々あると思いますが、私の場合は主にモナーギコ系のAA長編ものが専門で、やる夫はおろかVIP系すらもあまり追っていませんでした。
    きっかけはマイアヒブームを受けて見るようになったFLASH作品で、FLASHにのめり込んでいった結果、AA作品そのものにもハマっていきました。

    私がAAに魅力を感じた理由は作品の面白さや、文字という制限の中でも多彩な表現ができるという事は勿論、タカラギコ騒動とのまネコ騒動の流れにも大きな関心を向けていました。
    タカラギコ騒動とは玩具メーカーのタカラがギコを商標登録した事を発端とした騒動で、のまネコ騒動はエイベックスがモナーのパロディキャラであるのまネコをオリジナルキャラとして商標登録していたことに発端する騒動です。
    詳細は省きますが、要はAAキャラの著作権を企業が主張し、それを2chの住人がAAは事実上著作権の無い誰もが自由に扱えるキャラであると反発した騒動だと思ってくれれば、この記事を読む分には問題ないです。
    私はこの不特定多数の素人が企業やプロを相手取って退けたという状況に大きな魅力を感じました。
    そして、金が絡まなくても企業が羨むような秀逸なキャラクターを作れるという事、AAというエンタメは商業とは無縁であるという事、
    AAを扱う創作者は企業を相手取ってなお自由を主張できる何者にも縛られない存在なんだといった考えも持つようになりました。
    こうして私はAAこそがインターネットの時代を駆け抜ける、次世代のジャンルであるという期待を寄せ、追い続けました。

    ところがその思惑は私がAAにハマってから数年ほどであっさりと打ち砕かれてしまいました。
    知っての通りモナーギコ系のAAとそのFLASHの文化は急速に衰えてしまったのです。
    理由は色々あると思いますが、私の印象としてはAA系のFLASH職人が次第にいなくなったり、活動しなくなっていき、
    それに伴いAA全体の勢いも失われていったという状況でした。
    というのも私がFLASHを見るようになった時点でハチミリやみ~や、AKIRAといったFLASH黄金期を語る上でよく話題にされる大物職人は
    既にあまり活動しておらず、私は彼らに感化されて活動していたであろうおっくやアマツ、埴輪兄弟の学生FLASH職人達の活動を追う事が主でした。
    そして、そうした学生FLASH職人は暫くは精力的に活動していましたが、学業や、卒業などで次第に消えていきました。
    優秀なFLASH職人の活躍によって、有望な後続も生まれたが、彼らが活躍する頃にはどういう訳か本来そんな彼らを導いていくような感化した側が既に不在と言う歪な状況でそのまま勢いを失って言ったように私には見えました。
    AAは暫く持っていたようでしたが、やはり文化を支える大きな存在であったFLASHがじネット創作の主役の座から降ろされてしまうとじわじわと力を失ったようでした。

    一方その頃、東方の目覚ましい活躍が目に付くようにもなりました。
    そしてそのブームを支える人々の中にはカギやみ~や、てとらといったかつていつの間にかいなくなってしまっていた大物FLASH職人の姿も居ました。
    実情や本人たちの認識はともかく私にはその状況が東方によって本来文化を牽引するはずだったFLASH職人たちを奪われ、AAは廃れたように感じました。
    屈辱でした。かつて猫眠のようなFLASH情報サイトの片隅に初心者向けに紹介されている程度のマイナーなジャンルだと思っていたものが、
    どのFLASHまとめサイトでも最初の方に分類されていた一大ジャンルであったAA(2ch)系の未来を奪ったようでした。

    私が東方を嫌いになった理由であるAAの文化を東方によって終わらせてしまったと感じた経緯は以上のような流れです。
    そして私はこのような経緯で嫌いになったという事を非常に醜くも感じていました。
    誰だって生まれてから一つのジャンルだけで活動していないのだから、別のジャンルに移ったっておかしなことではありません。むしろそれが普通でしょう。
    しかし、私はその普通を受け入れられなかった、あまりに独善的で情けないどこに出しても恥ずかしい理由でした。
    また、そう思っていた時点で既に私はニコニコ動画のMADにもハマっており、
    そしてそのニコニコオールスターは盗んでしまいましたシリーズや狂気の優曇華院シリーズのような東方の存在の上で成り立っていた事です。
    私は東方を恨み嫌っていながら既に東方の傘下に入っていた立派な東方厨になっていました。
    私は理不尽な理由で東方を嫌い、東方で楽しんでいるという矛盾を抱える事となりました。
    私はこの矛盾を取り払う為に色々と考えを巡らせていました。MUGENを通して東方について調べ理解しようともしましたし、AAとコンビを組ませてAA再興の架け橋にする事で東方も好きになろうともしました。
    しかし、納得のいく状況には至れませんでした。
    罵倒すればそれだけ正攻法では勝てないという相手の優位性を暗に認めてしまう気もあったので、東方を非難しようという気にもなれませんでした。

    更に東方の存在は私のこれまでの価値観に改良を迫る事にもなりました。
    あれほどAAの時は皆で作ったオリジナリティを尊重し、企業の参入を拒んでいたのに、
    それまで活動していたFLASH職人を含め、同人活動で金銭をやり取りし、東方projectという版権物を取り扱い盛り上がっていました。
    私がAAから見出しネット時代の価値観として持っていた「非営利」「オリジナリティ」という要素は単なる勝手な妄想に過ぎなかった事を痛感しました。
    思えばAA文化もまた、多くの版権キャラが活躍するやる夫系が主流となっていました。
    モナーギコ系でもLやオンドゥルのような直球の版権キャラも登場していましたがあくまでアクセント程度でした。
    しかし、結局どこかのプロが作った実績あるキャラの方が皆良かったわけです。
    そして私もニコニコオールスターは勿論、FLASHの頃からAAと並んで好んでいたのはドラえもんやアンパンマンのおもしろ動画でした。
    結局私も最初からそっちの側でした。
    自分が憧れたFLASH職人もそうした創作で食っていく人も見られるようになりました。
    AAは非営利にこだわった結果そうした創作者に見限られたようにも思えました。

    重苦しく色々語ってきていましたが、基本的には私はネットの娯楽でかなり楽しんでいました。
    そして、そうやってそれまで追っていたニコニコオールスターに陰りが見え出し、各ニコニコオールスターのジャンルを巡っていた中、クッキー☆に注目する事になりました。
    クッキー☆は東方二次創作ですが、活動すればするほど東方への風評被害を広げる事が出来る独特の立ち位置にあった為、
    私は東方を風評被害で汚していくという名目の元、東方の活動が出来る歪さのお陰で、矛盾を抱えた私の気持ちを発散させるのには上手く噛み合っていました。
    クッキー☆民かつ東方民であればクッキー☆民、クッキー☆にちょっとでも関わってしまえばクッキー☆という解釈が出来るお陰で、東方ファンとも特に分け隔てなく接する事が出来るようにもなりました。
    そしてMAD投稿者として暫く活動している内に、次第に自分が本当に求めていたものも自覚できるようになっていきました。

    私が求めていた事は単純に自由な創作でした。オラえもんや超人類のような単なる版権キャラをの写し描きではない、
    場合によっては公式から訴えられそうな一癖も二癖もある二次創作というものが、当時の私には衝撃でした。
    そしてAAで見られた企業の著作権の主張を退けたという騒動にも心躍らせました。
    ニコニコオールスターもMUGENもクッキー☆も私が求めていた事は変わらず、何者にも縛られずに自由に自分の好きな事を追及できる創作の場でした。
    そしてそれこそが今の私がネットだからこそ、アマチュアだからこそ出来る創作なんだと考えています。
    金銭が発生しているかとか、版権だとか、オリジナリティだとか、そんな事はどうでも良い事でした。娯楽はあくまで楽しむ為のものという当たり前の事に気付いただけでした。
    そんな私が淫夢に辿り着いたのはある意味必然だったのかもしれません。
    そして淫夢に辿り着いた多くの人も具体的な理由はともかく根本的には同じような考えがあった事によって淫夢に辿り着いたのではないかと思っています。

    終わりに

    さて、大体私が何故東方を嫌いになったのか、その自己嫌悪、それらを自己の中で納得させるに至った経緯は大体話しました。
    今回は文としてまとめたので一連の流れとしてまとまっていますが、恐らく実際はもっととっちらかった状況だったと思います。
    ただ大体の流れはこんな感じです。

    ただ、ふと周りを見渡すとまた別の気になる点が目に付くようにもなりました。
    東方警察騒動以降、東方から艦これへ、艦これからFGOへと二次創作は安易に扱うジャンルを変えてはいけないような風潮が見られるようになりました。
    またアマチュアの二次創作において非営利にこだわる意見もよく見られるようになりました。
    親告罪の著作権において第三者が権利侵害を訴えることは勿論、訴えてまで守る価値もないようなアマチュア作品においてすら、当事者が適当な著作権を掲げて侵害した相手も糾弾する場面も見られるようになりました。
    どれも昔の私が抱え、自分の事ながら理不尽に感じ、嫌悪し、考えを悔い改めた事です。
    ネットにおいてですらある意味企業以上に気まぐれなMUGENキャラ製作者やMMDモデラーのような二次創作者の顔を窺って創作し、
    この題材ならこの方法で売るなら良い、これはダメとどこの誰が決めたかわからない、謎の著作権らしきものに縛られているようでした。
    そして私がネットの創作の素晴らしさとして感じた自由さは、淫夢のようなクッソ汚い屑の集まりとされるジャンルにしか無いようでした。
    そういう意味ではクッキー☆等のように淫夢で活動する創作者は当たり前の状況を得られる幸運な立場にいるのかもしれません。
    そして綺麗とされる創作ジャンルのほとんどは、自らそんな当たり前を捨ててしまっているようでした。

    かつては東方にそうした自由があったようですが、今の東方にもまたそうしたものはあまり残っていないように見えます。
    そういう意味ではこんな最底辺の汚れた屑に成り下がった事で、昔の自分が心待ちにしていた東方を見下せる立場に到達したのかもしれません。
    もはやクッキー☆を通して自分の好きな事を追及できればそれで良い今の私にとって、それはどうでも良い事ですけどね。