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Netflix MMAの開始でMMAシーンが激しく揺れている。いったい何が起きるのか?MMAの興亡史を振り返りながら、その行方を考えてみたい。非UFCメジャープロモーションの旗手だったスコット・コーカーと親交が深く、数多くの選手のマネジメントを手がけてきた石井史彦さんに話を聞いた(聞き手/ジャン斉藤)




――
石井さんは古くからスコット・コーカーと親交がありますけど、どうやって知り合ったんですか?

石井
 スコットがちょうどMMAのイベントをやり始めたときだから、2006年の頃ですね。ストライクフォース(以下SF)ってもともとは1985年に始まったキックボクシング団体で。スコットはキックのジムをやりながら、プロモーターをやっていたんです。2006年にカリフォルニアでMMA開催のライセンスが下りて、スコットがSFでカリフォルニア初のMMAイベントをやったんですよ。メインはフランク・シャムロックvsシーザー・グレイシーですね。

――
2006年当時でも、カリフォルニアではまだMMAができなかったんですね。

石井
 当時のボクは格闘技業界とは無縁で、シリコンバレーの半導体・IT系企業で働いてたんですけど。いま早稲田大学の教授になっている太田章と知り合いだったんです。

――
レスリングフリースタイル90キロ級でロス&ソウル五輪連続銀メダリストの太田さん。

石井
 あるとき彼がアメリカに来たんですけど、ボクも一緒にAKA(アメリカン・キックボクシング・アカデミー)に連れてかれたんですよ。で、山下泰裕っているじゃないですか。

――
ロサンゼルス五輪柔道金メダルの山下泰裕。

石井
 太田章は彼と同期なんですよ。太田も高校は柔道をやってて秋田県ナンバーワンだったけど、全国大会で山下泰裕を見て「こいつには勝てない」と。それでレスリングに転向してオリンピックを目指したんです。太田章は柔道も黒帯だからAKAで柔術のスパーをやったら、白帯にボンボン負けるわけですよ。大笑いして見てたら、それがきっかけでボクも柔術を始めちゃって。AKAを通じてスコットとも知り合うことになりましたね。

――当時のMMAって北米ではどんな雰囲気だったんですか? いま振り返ると、そこまで社会に定着してなかったんじゃないかなと。

・K-1からPRIDEまで!スコット・コーカーの人脈
・UFCを脅かしたSFヘビー級GP
・山本KIDのUFC契約舞台裏
・SFがUFCに売却された理由
・下積み時代のケイン・ヴェラスケス……続きはこのあとへ


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