レスリングオリンピック代表からプロレスに転向、新日本プロレス、ジャパンプロレス、全日本プロレス、SWS、SPWF、PRIDE出場……流浪のプロレス人生を送ってきた谷津嘉章がすべてを語るインタビュー連載の第3回! 今回はSWS時代を振り返ります!(2017年に掲載されたものです)
【谷津嘉章シリーズ】
――今回はSWS解散についてお伺いします。一般的にはSWSの崩壊の引き金を引いたのは谷津さんということになってますよね。
谷津 これはねぇ、いままでに何人もの方に聞かれてるんだけど、真実は一つだから同じことしか言えない。田中八郎と俺の密室の会談だからね、解散の流れができたのは。だから信じる、信じないの話になっちゃう。
――田中社長と谷津さんしか知り得ない話なんですね。
谷津 SWSには道場激、パライストラ、レボリューションの3つの部屋があったでしょ。この部屋別制度というアイデア自体はよかったんですよね。でも、結局は内部分裂の要因になっちゃったんですよね。なぜかといったら新日本のイデオロギー、全日本のイデオロギーがひとつの団体にあるわけですから、まとまるわけがないんですよ。
――道場激、パライストラが新日本、レボリューションが全日本という。
谷津 道場激はハイブリッドですよね、どっちつかず。その部屋別制度がリング以外のバトルに繋がっていったんですよ。アングル的にはいいんだけど、マッチメイクの問題が出てくる。だってプロレスはガチじゃないから。誰が取ってね、誰が取られるのかを決めなきゃならない。
――部屋制度が派閥化したことで、マッチメイクをこじれにこじれちゃったという。
谷津 俺は部屋制度という既存のシステムができあがったあとにSWSに入ったんですよ。最初から入っていれば、こんなことになってないかもしれないんだけど。
――まさか部屋制度が崩壊のきっかけになるとは思わなかったでしょうね。
谷津 それでね、田中八郎というオーナーはプロレスに関しては素人だったんですよ。
――じつはプロレスの仕組みがわかってなかったそうですね。
谷津 そう。プロレスがやってることがすべてガチだと思ってたんですよ。それを若松さん、桜田さんは「先になんで言わなかったの?」って思うんですよ。
・SWSは息子のために作った?
・田中八郎の「仕組み」を伝えたのは「あの男」
・衝撃のWWF提携金
・現ナマ5000万円のロシア行き
・剛竜馬入団拒否
・SWS解散は田中八郎に頼まれた
・田中八郎の裏切り……続きはこのあとへ
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