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映画に食事のシーンはつきものだ。
特に「名画」といわれる作品には、その多くに印象的な食事シーンがあり、物語に色を添えている。
僕が大好きな映画『幸福の黄色いハンカチ』(監督:山田洋次・出演:高倉健、武田鉄矢、桃井かおり)にも、食事のシーンがある。
この映画をご覧になったことがある方は、全員が「あ、アレね」と思い浮かべるだろう、名シーンだ。
映画の冒頭、網走刑務所を出所してきた高倉健演じる主人公の島勇作が、駅前の食堂でビールとラーメンとかつ丼を食べる、あのシーンである。

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<あの名シーンを味わうべく、近所の食堂へ>

ラーメンとかつ丼という組み合わせ。
出所後初めての食事としては、最高なのではないだろうか。
例えば出所後の健さんが「すし」を食ってしまっては、なんかこう下品だし、「焼肉」ではアグレッシブすぎる。
「フルーツパフェ」なんかでも面白い気はするが、映画としてはちがう文脈が生まれてしまう。

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<高倉健になるべく最善を尽くしたファッションで訪れた>

高級フレンチとかステーキとか、そういうものではなく、「ラーメンとかつ丼」を島勇作は食すべきであり、それが必然なのである。
最近出所した堀江貴文さんはトリュフご飯などを食べているようだが、 彼のキャラクターにはまさにうってつけのメニューで、その選択に感心した。

劇中、島勇作は駅前食堂ののれんをくぐり、「ビールください」と店のおばちゃんに注文。そして、メニューを眺める。
味噌ラーメン350円、正油ラーメン300円、かつ丼500円......。
映画の公開は1977年、日本では物価の上昇が続いていた時代である。メニューを見た主人公が、服役中に流れた時を感じるという演出である。

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<ちなみにこの店ではラーメン500円、かつ丼880円であった>

「あの......、正油ラーメンとかつ丼ください」
と言った島勇作の前に、瓶ビールが運ばれる。
ビールが注がれたコップを両手でぐっと握りしめ、「ククッ、クッ」吸い込むように一気に飲み干す。
そして、深いため息。
なんともうまそうで、こちらまでため息が出そうだ。

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<高倉健が、両手でコップを握りしめる仕草がどうにもうまそうなのだ>

島勇作の罪名は殺人、刑期は6年3カ月。
その6年3カ月という時間の長さを、高倉健はコップ一杯のビールを飲み干すことで演じている。

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<ビールを飲むのは6年ぶりという気持ちで味わう(じっさいは昨晩飲んだが)>

僕はこのシーンの高倉健が飲むビールほど、うまそうなビールを見たことがない。
僕も徹夜の仕事明けなど、ここぞというありがたいビールを飲む際は、このシーンを回想して飲むことにしている。
あまりにうまそうなので、いっちょ懲役でもくらってみるか、と思ってしまいそうなほどうまそうなのだ。

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<まったくの余談だが、この店には「水ハイ」「湯ハイ」というメニューがあった>

コップのビールを飲み干したところへ、おばちゃんがラーメンとかつ丼を運んでくる。
お盆が置かれる前に、待ちきれないように割り箸を割って、チャーシューをつかみ、眺める。
つかんだチャーシューを器の脇に寄せ、こんどは麺をわしづかみに持ち上げ、麺と一緒にこの6年3カ月を掻き込むかのように、頬張る。07.jpg

<健さんが食べていたような、シンプルな正油ラーメンがいい感じである>

劇中では、このシーンの時点で、島勇作の刑期は明らかにされていない。
けれども、ビールを飲む仕草やラーメンの食べっぷりで、刑期の重さが伝わってくるのだ。

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<かつ丼には生卵が乗っていた。これは予想外のプレゼントである>

島勇作がラーメンを食べるシーンは、斜め後ろからの背中越しのショットなのだが、箸で麺をつかむたびに、なんというのか高倉健が「肩を使う」のだ。
肩から麺をつかみにいき、素早く口へと運び、噛んで飲み込む時も肩をゆらす。
こんなにうまそうに、人はラーメンを食えるのか。

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<高倉健を賛美しておいて僕がラーメンを食うのも変な話ではあるが、たいへんうまいラーメンだ>

映画の中ではかつ丼を食べるシーンがないのだが、島勇作は恐らくかつ丼も、カツをガブッとつかんでバクッと肩で食っていたに違いない。
いい男は肩でメシを食うものなのだ。

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<暑いので革ジャンは脱いだ。かつ丼も甘みとしょっぱさが絶妙であった>

島勇作のマネをして、ラーメンとかつ丼を食してみたわけであるが、そもそもラーメンとかつ丼を食べられる店というのが、現代の日本では貴重である。
近ごろラーメンというと、「タオルでハチマキをした店主が黒いTシャツを着て腕組みしている系」のお店が全盛である。
ダシにこだわり、麺にこだわった本格派のラーメンもおいしいけれども、出所直後の島勇作には、そんな店は似合わない。
渦巻きのナルトが乗った正油ラーメンこそが、島勇作が食べるべき正しいラーメンなのである。

(工藤考浩)

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