今年も街のケーキ屋にとって一番忙しい日がやって来た。「相沢ケーキ店」という古めかしい名前の店も、またしかり。ぼく、相沢直は、三代続くこのケーキ屋の新米店長である。若干33歳にして、というと聞こえは良いが、要は父親が早くにリタイアしてしまったため、長男の自分が店を継いだというだけの話だ。
毎年この日は、恨めしい気分になる。幸せそうなカップルや、家族連れが、うちの店のケーキを買って行く。そりゃあ商売としたらありがたいが、こんな幸せな日に一人で仕事をしてる自分のことが、やっぱりちょっとは可哀想になってしまうのだ。
でも今年は違った。一人ではなかった。サンタクロースの衣装を着た女の子が、店の前を通り行く人に声をかけ、売り子をしてくれている。
「直店長! また一つ、売れましたっ!」
ぼくに向かっておどけて敬礼ポーズをする彼女は、こじるりという愛称で呼ばれている。ずいぶんな売れっ子タレントなのに、そんな雰囲気は一切ない。商店街の誰かれ構わず笑顔で声をかけ、楽しそうに笑っている。そう。こじるりは、そういう女の子なのだ。
これは、2013年のクリスマスイブの夜に起こる、奇跡のような話である。
(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。
夜10時。商店街の人だかりは途絶え、たまに通りかかるのは酔客ばかりだ。ここら辺りが、潮時だろう。
「よし。こじるり、お疲れさん。今日はこれで店じまいだな」
「うー......悔しいっ。あと一つで完売だったのにぃ」
ケーキは一つだけ売れ残ってしまった。こじるりが、恨めしそうにそのケーキを見つめている。
「もったいないなぁ。直店長の作るケーキ、すっごくおいしいのに!」
「いや、嬉しいけど、その『直店長』って呼び方、照れるからやめてくれない?」
「えー? しょうがないなあ。じゃあ、昔みたいに、『直にいちゃん』って呼んであげましょう」
こじるりは、昔のまんまだった。彼女が生まれたときから、ぼくは彼女のことを知っている。家族ぐるみの付き合いで、よく世話もしたし、彼女もぼくのことを慕っていた。「将来は直にいちゃんと結婚する!」なんて、嬉しいこともよく言ってくれたっけ。
とは言えまあ、そのころと比べたら、こじるりもずいぶん大きくなったもんだ。当たり前だが。顔もすっかり大人びて、美人になったし、サンタクロースの衣装を着た彼女のスタイルはもう立派な大人のそれで、小さい頃の彼女を知っているから、何というか、目のやり場に困ってしまう。
「ちょっと、直にいちゃん。どこ見てんの??」
ドキッ。
「えっ!? ど、どこって別に......!」
「フフ。冗談、冗談。っていうか直にいちゃん、焦りすぎっ!」
「ったく、大人をからかうんじゃないよ......。でも、今日、ありがとうな。忙しいのに、手伝ってもらって」
「ううん、全然。今日オフだったし。それに久しぶりに、直にいちゃんにも会いたかったから」
「何だそりゃ。俺と会っても、しょうがないだろ。ただのしがない街のケーキ屋ですよ」
「んー? ちょっと直にいちゃん、それ、本気で言ってる?」
こじるりが、ちょっと怒ったような、真剣な顔でこっちを見ている。彼女は人と話すとき、まっすぐにその相手の目を見る女の子だ。
「ケーキ屋さんって、すごく素敵なお仕事だと思いますよ? おいしいケーキって、愛情がないと作れないでしょ? それで人を喜ばせるって、すごいことじゃない?」
こじるりは昔からそうだった。彼女は人としての正しさを知っていて、だからその言葉や笑顔や仕草には、何というか、勇気みたいなものがあるのだ。可愛いのに、かっこよくて、ぼくはそういう彼女が好きだった。
こじるりが、照れたように口を開く。
「......なんて。偉そうに言っちゃった」
「いや、勉強になるよ。さすが、昨日ハタチの誕生日を迎えただけあって、良いこと言うなって、感心した」
「おっ。誕生日、覚えててくれた? 嬉しいなあ」
「12月23日が誕生日だから、毎年毎年、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが一緒にされちゃうって、騒いでたじゃんか」
「ふふっ。そうだねー。懐かしいっ!」
静かな夜だった。時計の針の音が聞こえるほどに。今日はクリスマスイブだ。一年に一度の聖なる夜。目の前のサンタクロースは、明日になればもうここにはいない。
だからせめて今夜だけは、願いが叶うなら、せめてもう少しだけ。
「......あのさ」
「ん?」
「もし、良かったら、今からささやかなクリスマスパーティでもする? ケーキも丁度一個、余っちゃったし」
「えっ!? あ、そっか。ケーキか。ええっと、えっとね......」
なぜか慌てた様子のこじるりは、ちょっと考えてから、意を決したように立ち上がる。ぽかんとしたぼくを尻目に、冷蔵庫へ向かい、一つの箱を取り出して戻ってくる。
「......これ。あんまり上手じゃないけど」
ぼくが、箱をあける。そこには、イチゴのショートケーキが入っていた。手作りらしく、少し不格好なそのケーキには、チョコレートのメッセージプレート。『直にいちゃん いつもお仕事お疲れさま!』という文字のその横に、ピンクのハートマークが描かれていた。
「......これ、食べていいの?」
「......そのために、作ったんですけど」
フォークで、一口、食べてみる。おいしいケーキは、愛情がないと作れない。そしてこじるりがぼくのために作ってくれたそのケーキは、
「......超おいしい」
不安そうにぼくを見つめていた彼女の顔が、パッと明るくなる。
「良かった! あー、ドキドキした」
「いや本当、お世辞抜きで。これなら、ケーキ屋でもやっていけるよ」
「じゃあ、いつか、このお店で、直にいちゃんと一緒に働いてたりして」
ぼくは思わず吹き出す。
「何だよそれ? プロポーズみたいな......」
こじるりの顔が、一瞬にして固まる。みるみる内にそのほほが、イチゴよりも赤く染まっていく。
とても静かな夜だった。こんなにも静かなら、きっと世界中の子どもたちはぐっすりと眠り、サンタクロースも無事にプレゼントを枕元に置くことが出来るだろう。だけど今夜、世界で一番素敵なプレゼントを貰ったのはこのぼくに違いない。目の前で、恥ずかしそうに、それでもぼくの瞳をまっすぐに見つめるサンタクロース。そんな素敵なプレゼントを貰えるのは、世界でたった一人、ぼくだけなのだから。
そう。これは2013年のクリスマスイブの夜に起こる、奇跡のような話である。
メリー・クリスマス......。
(相沢直)
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