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皆藤愛子先生は、普段からメガネをかけている。
彼女は去年、早稲田大学第一文学部に合格し、キャピキャピの女子大生としてモテモテのキャンパスライフを送っている......と思いきや、どうやらそうではないらしい。
せっかくの冬休みだというのに旅行にも行かず、今年大学受験を控えたぼく、相沢直の家庭教師を買って出てくれるぐらいだから、真面目な顔をして勉学に勤しんでいるのだろう。わりと美人さんなのだから、メガネを外してコンタクトにでもして、ファッションに気を配ればクラスメイトも放っておかないだろうと思うけど、彼女は派手なことが好きじゃない。昔から、そういう性格なのだ。
と、皆藤愛子先生の顔を見ながらぼんやりそんなことを思っていたら、ぱっと目が合う。ヤバい。ぼくはノートに目を戻し、
「えーっと、ここが仮定法だから、こっちは現在完了形で、っと......」
と、勉強に集中しているフリをしてみるが、ちょっとわざとらしすぎたみたいだ。
「相沢くん! もうちょっとなんだから、頑張らないと。集中集中!」
皆藤愛子先生は、立ち上がって、ぼくのすぐ後ろにちょこんと座り、ノートを覗きこんでくる。
「どっか、分かんないとこ、あるかな?」
分かんないとこ。そうですね。取りあえずいま現在分からないのは、何で女の人ってこんんなに良いにおいがするのか、ってことでしょうか。そんなこと言えないけど。
皆藤愛子先生は、メガネ越しに、透き通った目でぼくを見つめている。いやいやいや。こんな状態で、勉強に集中しろなんて、そんなの無理だってばよ!

(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。


皆藤愛子先生は、受験生であるぼくのために、自らこの冬限定の家庭教師を買って出てくれた。昔からそういうところがある。世話好きというか、単純に優しいのだ。自分が何かの役に立つと思えば、すぐに行動に移せる格好良さがある。彼女はそういう人だ。
家が近所で年も一つ違いということもあり、子どものころからもうずっと、皆藤愛子先生は何かとぼくのことを気にかけてくれていた。昔から彼女はとても頭が良かったから、ぼくも彼女のことを、本当の先生のように慕っていた。
だから、彼女がぼくの家庭教師になってくれると言い出してくれて、正直嬉しかった。だけど、18歳の青年は、センター試験を直前にしてまだぐずぐずと悩んでいた。いつしか英語の問題を解く手は止まっていて、皆藤愛子先生はそれを見逃さない。

「ほら、相沢くん! また手が止まってるよ!」
ぼくは、彼女にうまく言葉を返すことが出来ないでいる。わざとらしくため息なんてついてみたりして。皆藤愛子先生は、不思議そうにぼくに問いかける。
「どうしたの、相沢くん?」
黙ってシャープペンシルをくるくると指で回すぼくを見て、皆藤愛子先生は、真面目な顔になり、メガネをかけ直す。
「何か悩んでるなら、この愛子先生が、相談に乗りますよ?」

ちょっと冗談めかして、救い舟を出してくれる、その優しさが嬉しかった。ぼくもその救い舟に、学園ドラマの不良生徒のような言い回しで、冗談めかして乗ってみる。

「愛子先生......俺、よくわかんなくなっちまってさ」
「よくわかんない、って、何が?」
「今度、大学を受験するでしょ? そしたら、4年後、どこかの会社に就職して。でもなんか、それって俺の本当にやりたいことなのかなって」
「そっか......それで悩んでるんだ」
「18歳で、こんな子どもみたいなこと言って、恥ずかしいけどさ。このまま受験して、本当に良いのかな、って」

皆藤愛子先生は、ぼくの悩みを真面目に聞いて、目をつむって腕組みをする。真剣に考えてくれている。自分が何かの役に立つと思ったら、そこに対して真摯に向き合うのが、彼女の素敵なところだ。そして、彼女はぼくにこう答える。
「相沢くん。私も、そういう時期あったよ。自分の夢が分からなくて、悩んだ時期が」

意外だった。彼女はいつだって理知的だったから、そんな思春期みたいな悩みとは無縁だと思っていたから。皆藤愛子先生の話は続く。
「でも、思ったの。私の夢、って、そんなに大事なことなのかなって。自分がやりたいことじゃなくて、自分が役に立てることを探したほうが良いんじゃないかな、って」
「......自分が役に立てること......」
「うん。相沢くん、内緒だよ? 相沢くんにだけ教えるけど、私、大学卒業したら、アナウンサーになろうと思ってるの」
「それが、愛子先生の、『自分が役に立てること』?」
「そう。色んな人に、色んなことを伝えたり、笑顔で元気を与えたり。もし自分にそれが出来るなら、そうなりたいな、って......」
彼女から、夢の話を聞くのは初めてのことだった。だけどそれはとても素敵な夢だと思った。彼女なら、日本中を元気にするアナウンサーになるだろう。皆藤愛子先生が、急に眩しく見えた。
二人とも、少し黙った。沈黙が恥ずかしくなったぼくは、ふふっ、と笑って、
「なんか、愛子先生、本当の先生みたいだね」
彼女はぷくっと頬を膨らませて、
「もうっ! 私だってこんなこと言うの、照れくさいんだからね?」

彼女は怒ったふりをして、カバンから取り出したものを、机の上に置く。それは英語の単語帳だった。
「これ......愛子先生が作ってくれたの?」
「そうですよ? 相沢くんが苦手な英単語、ここにぜーんぶ入ってますから」
書道五段の腕前を持つ彼女が、達筆な文字で書いてくれた英単語帳。ぼくがなかなか覚えられない、苦手な英単語ばかりだった。まったく、世話の焼ける生徒だな、俺は。
皆藤愛子先生が作ってくれた世界に一つの英単語帳を、パラパラとめくる。最後のページで手が止まる。そこには「相沢くんの未来」と書かれていた。ゆっくりと、めくってみる。裏には彼女の達筆な文字で、こう書かれていた。
「Dream comes true!!」
顔を上げると、メガネをかけた皆藤愛子先生が、可愛らしい笑顔で、ファイト!のポーズをぼくに向けていた。

あれから7年が経った。ぼくは結局、その年、大学受験を回避した。このままの気持ちでなんとなく大学に行くことは、皆藤愛子先生が言う「役に立つこと」にはならないだろうと思ったから。ぼくはそれから結局2年浪人し、国立大学の医学部に合格した。
合格を伝えたときの、皆藤愛子先生がどんなに喜んでくれたかは、言うまでもないだろう。そしてそのとき、ぼくは初めて、彼女に対する思いを告げた。彼女は恥ずかし気に微笑んで、こくりと頷いた。

皆藤愛子先生は、家ではメガネをかけている。
ぼくは直前に迫った、医学部の試験の勉強の真っ最中。だけど7年前のあの日をぼんやり思い出して、ノートの手が止まってしまっていたようだ。皆藤愛子先生は、ぼくのそんな様子を見逃さない。
「相沢くん! もうちょっとなんだから、頑張らないと。集中集中!」
一緒に暮らすようになっても、彼女はまだぼくの先生気取りでいる。はいはい、分かりましたよ。勉強に、集中、集中っと!

受験生のみんな。君の夢まであとちょっと、ガンバレ! 「美女と妄想してみた。」は、全国の受験生のみんなを応援しています。

(相沢直)

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