俺が志田未来と一緒に暮らすようになって、かれこれ半年ほどになるだろうか。
古くさい言葉になるが、一目惚れだった。目と目が合った瞬間、体じゅうに電流が走るような、そんな経験は今まで生きてきて一度もなかった。それはきっと、未来も一緒だったのだろう。出会った次の日から、俺が未来の家に転がり込む形で、二人の同棲生活は始まったのだった。
彼女は女優の仕事で家をあけることが多いから、留守の番をするのが俺の役目。未来が家に帰ってきてから俺の仕事が始まる。疲れた彼女を精一杯優しく癒し、明日への活力を与えてあげられるのは、俺しかいない。
そう、思っていた。だけど悲しい出来事は、いつだって唐突に起こるものだ。未来が家に帰ってくる。ドアをあける未来を出迎えた俺は、初めて彼女の深刻そうな顔を見た。普段はどんなに疲れていても、俺の顔を見ればすぐに笑顔になってくれる未来は、もうそこにはいなかった。
彼女はベッドに腰掛け、深くため息をつく。良い予感の、かけらさえなかった。彼女の言葉を聞きたくなかったから、俺は声をかけられずにいる。だけど、残酷にも未来は俺を見つめ、口を開き、こう言った。
「ごめん。......私、生まれて初めて、好きな人できた」
志田未来の、初恋の相手。それは少なくとも、残念ながら、この俺ではなかった。
(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。
志田未来は、普段は実に野暮ったい格好をしている。小さな頃から女優をやっていたから、ファッションに気を使うヒマもなかったのだろう。分厚いメガネをかけて、スウェットに、ジャージ姿。そんな未来のリラックスした姿を見ることが出来るのは俺くらいだろうなんて、浮かれていた自分が嫌になる。
未来は、俺の顔を見ずに、俺に言う。
「その人のこと考えると、ドキドキして......何ていうか、体じゅうに電流が走ったみたいになるの」
その感覚は、俺も知っている。人はそれを、恋と呼ぶのだ。
「初めてなの、こんな気持ち。何をしてるときでも、その人のこと、考えてる自分がいるの」
俺も一緒だ。未来が家にいないときでも、俺は未来のことをずっと考えている。だけど彼女は、俺に対して、そうじゃなかったらしい。もう聞きたくない。耳を塞ぎたかったが、俺にはそうすることも許されなかった。
「私、恋愛とか、ほとんど経験ないから。だから困ってて。......キスだって、一度もしたことないし」
そう。半年間も一緒に暮らしていて、俺は未来と一度もキスをしたことがなかった。もちろんその先も。俺は意外と紳士なのだ。だけど、こうなってしまった今、一度くらい彼女と口づけを交わし合っておくべきだったなと、しかしどんなに後悔をしても、後の祭りだ。
「あのさ......キスって、どうするのかな? どんな顔して良いのかも、分からないの」
そして未来は、俺の顔をまっすぐに見つめる。目をつぶって、そっと唇を突き出す。さすがに一度もキスをしたことがないだけあって、それはずいぶん不自然な表情だったけど、それでも。
それでも、悔しいぐらいに、可愛かった。一度も俺に見せたことのない、恋をした女の顔だ。
もう、限界だった。俺は未来から逃げるようにして、背を向ける。悲しくて、辛くて、切なくて、男らしくなくても良いから泣いてしまったほうが楽だと思ったけど、俺には涙を流すことが出来ない。
そして、未来は立ち上がる。
「ごめん、今からもう一本仕事だから、行くね」
俺は何も言わない。何も言えないから。
「......ご飯、ちゃんと用意してあるから、おなかすいたら食べるんだよ」
そして志田未来は、部屋を出て行く。ふと目をやると、彼女は寂しそうな、切なそうな顔をしている。それでも俺に笑いかけ、そして言う。
「じゃ、良い子でお留守番してるんだよ、クロ」
そしてドアは閉められた。
俺は後ろ足で耳の後ろをかく。自慢の黒い毛並みを、ぺろぺろと舐めてみる。
一人ぼっちの部屋はとても静かで、その沈黙を破るために、俺は鳴く。ニャアーン、というその声はあまりにもか細くて、まるでそれは、俺と志田未来の、二人きりの幸せな時間の終わりを告げているかのようだった。
もはや俺の願いは、ただ一つだ。
どうか、志田未来が、彼女が初めて恋をしたその男が、猫好きでありますように。
(相沢直)
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