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日本屈指のお笑い捕虜収容所『ロコモーション』 新人は年間120本ロケ、半年は完全無休の無給
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日本屈指のお笑い捕虜収容所『ロコモーション』 新人は年間120本ロケ、半年は完全無休の無給

2014-11-13 22:30
    Filed under: AOL限定, チームブルー

    前回からの続き

    「鮫」の細く吊り上った目が、さらに大きく吊り上る。
    と同時に、眉間に深く皺が入り、コメカミに血液が集まり出す。
    そんな蝶タイ野郎のHに 会釈を一発決めこみながら 気まずさを一蹴。
    俺は、オレンジ色のタブロイド版を広げながら、もう一枠勧める。

    「Hさん!番号 間違えたら こんな大切なこと、間違えたらあきませんやん!?(笑)
    0357...って 昔のオンナの電話番号でしょ!?...勘弁して下さいよ」

    相手のプライドをできるだけ傷つけないよう、やんわりした関西弁でつなぐ。
    小さな頃から大好きだった漫才師たちのテクニックをこんな所で活かす日が来るとは...。

    「鮫」のように、若い三行営業マンからは「迷惑料」をボッタクる(金銭を騙し取ること)
    小遣い稼ぎは、珍しい話ではなかった。しかし、この場合は、風俗業界用語で"ダブル"と呼ばれる二重取りの手。鮫は、ニューハーフ倶楽部とも裏で手を結び、提携していやがった。もちろん、そんな事、口を割らないのは百も承知だから、聞くだけ時間の無駄。一気に畳み掛け、その場を去りたかった。

    「で、Hさん!今、全部で、なんぼ(幾ら)ありますの?」
    本来、こんな不義理をカマされたら、恩義を返す必要はどこにもない。
    ...だが、このどうしょうもない男を紹介したS嬢の手前、寸止めにしなければ納まらない。

    「20万です!」
    いつの間にか、会話に"です"が付き始め、微妙に韓国訛りが飛び出す。
    「じゃ、そのカネで、姉さん(鮫のオンナ)の店の広告を出しましょう。...おそらく、それが一番効率がいい広告の出し方だと思いますんで!」

    俺は、夕刊紙の提灯記事を書くことを魚に...
    一段、二段、三段抜きの広告を買ってもらい小さな広告代理店に売り飛ばす。

    差額は思った以上に大きい。
    代理店にはとことん泣いてもらうが、一宿一食の恩がある風俗店には、トコトン儲けてもらう。もし、反響が薄ければ俺自身が客として行く。
    ...それが、俺ができる精一杯の誠意だ。


    偉そうな事を言っているが... 決して他人や同級生に自慢できる仕事ではない。
    いつしか俺は、海千山千の魔物のあぶく銭に群がりながら腹を満たしていた。
    あの頃、毎晩のように「美人局」に引っかかる夢ばかり見ていた。

    罠を仕掛け、人を欺くことでしか生きのびる方法がなかった男たち。
    大量にあふれる雌汁で、男を誘き寄せ、むさぼり食う女たち。
    いつ何時、寝首をかかれても不思議ではない非日常の世界に俺は身を置いていた。

    大阪湾に"すまき(両手両足を固定されたまま)"にされて放り込まれる悪夢で、寝汗が大量に噴き出す。数十人の極道に羽交い絞めされる夢で朝を迎える。
    ...思えば、ずいぶんと遠回りをした情けない人生だ。

    だが、その分。聞くに値する"経験"と小説や映画でも味わえない"感情"が養われたのは確かだ。「廃人への誘惑」はまさに紙一重だった。今、思い返してみるとゾっとする。

    ――なんとか、軍資金は揃った。これで、おさらば!
    ...だが、行くあてが...なかった。



    俺が、東京にやって来たのは『テレビやラジオ番組の裏方になりたかったから』
    でも、俺はこの時...24歳。テレビ局やラジオ局に入社できる学歴も若さもなかった。
    自分が思い描くあこがれの"あのひと"に何度か接触を試みた。
    遠回しに弟子入り志願したが、結果はさっぱり。行く先々で面倒な顔をされた。
    これが風俗まわりの営業ならいくらでも耐えられた。
    でも、大好きな人から鬱陶しがられる顔をこれ以上見たくなかった。

    行くか?戻るか? 突破か?躊躇か? ――― やるしかなかった。

    渋谷区恵比寿三丁目の坂の上にある...あそこだ。
    伊藤輝夫が立ち上げたテレビ番組制作会社『ロコモーション』。
    おそらく、数あるテレビ制作会社の中で もっとも離職率が高く
    喧嘩やトラブルが絶えないと噂されていた。周囲の誰もが反対した。

    だが、俺は、日本屈指の「お笑い捕虜収容所」に自らの意志で入隊した。
    万年、人員不足に悩む「ロコモーション」にとって 俺は絶好のカモだった。
    坂の上には、志大きな「青雲」はなく...
    鉛色に曇った「どす黒い雨雲」がずっしりと固まっていた。
    第一志望は、「放送作家」だったが... 即却下された。
    当たり前である。先輩の放送作家たちは、日本一の売れっ子集団。
    どこの馬の骨かわからない関西から来たバカ(俺)に用はない。

    新人の俺(作家見習い)に課せられた任務は、年間120本あまりのロケ同行。
    そして、現場の仕込み、ロケ台本、撮影、編集、ナレーション原稿にMA立ち会い、テープ運搬、さらにOA時のおける苦情電話係まですべてやらされる。

    最初の六か月間は『完全無休の無給』
    そして、半年過ぎたあたりから1カ月3万円。
    10%の税金を引かれた2万7千円。時給に換算すれば...37円。
    否が応でも「俺の軍資金」は目減りしていく。
    俺と同じ『作家見習い』という名目で集められた 全国各地のお笑い好きは、
    志半ばで次々とリタイア。この戦場から離脱していった。

    正直言えば、俺もキツかった。
    だが、このまま中途半端な状態で田舎に帰り「死を選ぶ」という選択肢だけは避けたい。

    「柳田さん!間もなく、例のオンナがやって来ますんで!」
    いつ噛みつかれるかわからない?鮫との長い一夜。...俺はひたすら待ち続けた。

                               (つづく)

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