『ロッキー』を彷彿とさせる、涙とアクションの金字塔『激戦 ハート・オブ・ファイト』が、ついにBlu-rayとDVDでリリースされたが、そんな本作を撮りあげたダンテ・ラム監督に直撃インタビューを敢行してきた。
――ダンテ・ラム監督といえば、『ビーストストーカー/証人』や『密告・者』、『ブラッド・ウェポン』など、「銃撃戦にこだわりのあるノワール作品の名手」というイメージがあるのですが、今回の題材は総合格闘技ですね。
ラム:僕個人としてはアクション映画で銃撃戦を描くことは大好きなんですが、今作で総合格闘技を題材に選んだのは、ひとつ、香港映画界における重要な背景があるんです。
――詳しく教えてもらっていいですか?
ラム:2007年に『ビーストストーカー/証人』を撮ったんですけど、その頃の香港映画界には、現代を舞台にしたアクション映画がほとんどありませんでした。なぜかというと、中国市場を開拓するために、映画の内容の検閲を受けなければいけないんですよ......。
――公安や警察などの国家組織を描くのは大変みたいですね。香港映画界で活躍する他の監督も同じ悩みを抱えていると聞いたことがあります。
ラム:そう。検閲の審査は非常に通りにくいんです。だから多くの監督は現代劇を諦めて、時代劇を撮る。時代劇なら検閲もラクにパスできるから非常に撮りやすいんですね。でも僕は銃撃戦のあるアクション映画が好きだから、現代劇にこだわったんです。そしたら中国の検閲もクリアして幸いにも撮ることができた。ご存知の通り何作か現代アクションが撮れたんです。すると周りも「意外と現代アクション映画も審査に通るんじゃないか?」と気づいて、次第に香港映画市場に現代アクション映画が戻ってきたんです。
――ちょっとは状況がよくなってきてるんですかね?
ラム:でも、そういう状況になると、今度は「周りと同じように現代アクションを普通に撮るのもいかがなものか......」と思ったわけです。
――天の邪鬼な人ですね......。
ラム:で、いろいろ考えた結果、僕自身が大好きで、実際に普段からやってる総合格闘技の世界を題材に映画を撮ろう! と思ったんです。
――ラム監督って、鍛え抜かれたエグい体つきしてますよね......。いったいどんな格闘技をやられているんですか?
ラム:ムエタイです。ボクシングも一時期やっていたことがあるんですよ。とはいっても、僕にとってはムエタイをやるのも、ボクシングをやるのも、格闘技というよりスポーツの一環という感じなんですけどね!
――そんな爽やかに言われても......。『激戦 ハート・オブ・ファイト』の主演である、ニック・チョンさんとは過去何度もお仕事をされていますけど、ニック・チョンさんもムエタイをやっていると聞きました。それも今回の起用理由のひとつですか?
ラム:まさしくそうです。彼も長くムエタイをやっているんですよ。
――恐ろしいコンビだな......。ニック・チョンさんにはすぐに声をかけたんですか?
ラム:実はですね、彼とはいつも、まだコンセプトが固まっていない段階で「こういう映画が撮りたいんだけど......」って話をするんです。すると彼はだいたいその時点で「よし、やろう!」と言ってくれるんですよ。
――放課後の中学生のような固い絆なんですね。
ラム:『激戦 ハート・オブ・ファイト』に関して言うと、総合格闘技を題材にした映画というのは香港映画にあまりないパターンの映画なので、周りからも「おそらく成功しないだろう」と言われていて、投資者を募るのもずいぶん難航しました。だからニックに「総合格闘技で映画を撮りたいんだ」と言ったときは、まだ投資者はひとりも決まっていない段階だったんです。でも彼は普段通り「やりましょう!」と快くノッてくれて、早速自主訓練を始めたんです。
――ええっ!? まだ撮れるかどうかもわからない映画のために肉体作りを始めたんですか......どうかしてますよ!
ラム:この映画を撮ろうと決めた時にまず思ったのが「これは役者選びが大変なことになるぞ......」ということでした。なぜかというと、役者自身が時間を割いて、説得力のある肉体作りをしなければいけないからです。でも、香港にはそこまでやってくれる役者が少ないんですよ......。
――監督にはニック・チョンがいてよかったですね......。
ラム:役者にとって、『激戦 ハート・オブ・ファイト』に出演するのも、恋愛映画に出演するのも、だいたいギャラは一緒ですよね。なのに、『激戦 ハート・オブ・ファイト』では肉体的にも精神的にも非常にツラい現場となる。身体を鍛えあげるだけじゃなく、実際に総合格闘技の練習もしなければいけない。役者の周りのスタッフたちも「やめたほうがいいんじゃない?」と言う人もいっぱいいたかと思うんです。
――冷静になって考えたらそりゃそうですよね。
ラム:でも役者だけじゃなく、みなさんも同じだと思うんです。「このギャラでなぜここまで苦労しなきゃいけないんだ......」って仕事はいっぱいありますよね。でも諦めずに最後までやり遂げると「いい仕事したな~!」と、達成感が生まれる。すると、また次のキツい仕事もできるようになる。
――そのストイックな考え方って、ラム監督の映画作りにかなり影響を与えてますよね。監督の映画って、登場人物全員が過酷すぎる状況や境遇に追い込まれることが多いと思います。
ラム:たしかにそうですね......。正直に言いますと、この考え方は私の過去の体験が基になっています。私自身、過去に非常に困った状況になったことがあったんです......。そうすると、「誰か助けてくれるんじゃないか?」と、期待するわけです。でも、最後の最後には「誰も助けてくれない。自分自身で自分を助けることしかできない!」と気づいたんです。僕は常々、そのとき感じた気持ちを、映画を通して観客に伝えようと思っているんです。
――具体的にどんなツライことがあったかは聞かないほうがよさそうですね......。
ラム:だからかどうかはわかりませんが、私の映画はよく「重たい」と言われることがあるんです。でも、人生ってそういうもんだと思っています。困難があればあるほど、人間は魅力的になる。それは映画のキャラクターも同じです。
――監督も自覚している通り、これまではヘビーにもほどがある作品が続いていましたよね。でも『激戦 ハート・オブ・ファイト』はどこかソフトな感触も残しています。それはなぜですか?
ラム:ニック・チョンと何作も仕事をしてきて、色んな役を演じさせました。だけど、彼はどの映画でも必ずと言っていいほど不幸な目に遭ってきたんです。もし、この男が実在の人物なら「本当に惨めな男だな......」と可哀想に思えてきたんです。だから、今回はいままで彼が僕の映画で手に入れられなかったものを与えようと思ったんです。
――映画と現実の区別が曖昧になるほどニック・チョンさんがお好きなんですね。脚本を読まれた時のニック・チョンさんの反応はどうでした?
ラム:彼と私の長年の付き合いから、『激戦 ハート・オブ・ファイト』に限らず完成度の高い脚本を渡すってことはしないんですよ。
――あ、そうでしたか......。この映画には見所がたくさんありますが、その中でも器具を使わないアナログなトレーニング・シーンが印象的でした。でも、例えば『ロッキー』なら、テンションのあがる猛々しい音楽を使ったりしますけど、『激戦 ハート・オブ・ファイト』では女性ボーカリストがカバーした『サウンド・オブ・サイレンス』(原曲はサイモン&ガーファンクル)を使って、しっとりと描いていますよね。
ラム:撮影の合間の休憩時間にCDショップに出かけた時、たまたまそこで聞いたんです。調べたらポーランドの女性ボーカリストのカバー・バージョンで、もう聞いた瞬間「決まり!」って感じでしたね。歌詞も劇中のニック・チョンとぴったりだし、女性ボーカリストの声が切ない感じなのも、本作に合うと思ったんです。それで、すぐCDを買って、スタッフと役者たちに聞かせたら、みんなも気に入ってくれました。あの曲は、撮影している間も現場で流していたんですよ。
――意外と穏やかな撮影現場だったんですね。最後に、監督の好きなスポーツ、または格闘技映画を教えてくれますか?
ラム:うーん......映画というより、僕自身スポーツが大好きで、スポーツをやりながら次の作品の構想を練ったりしています。なぜ僕がスポーツに打ち込むかというと、スポーツって「どれだけ自分が耐えられるか」を試す機会で、「自分の意思に対するチャレンジ」なんですよね。
――本当にストイックな人なんですね! 新作も自転車レースを題材にした『破風』というスポーツ映画ですよね。
ラム:いち早く観た人からは多くの共感を得ることができています。外国にはスポーツを題材にした映画は多いんですけども、香港映画では非常に少ないのが現状です。でも『激戦』、『破風』と続けて撮ってみたら「イケるじゃん!」と手応えを感じているところです。
――個人的にはまたアクション映画も撮ってほしいです! 今日はありがとうございました!
テキスト/市川力夫
『激戦 ハート・オブ・ファイト』は6月19日(金)よりBlu-ray&DVD、セル&レンタル中
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■参照リンク
『激戦 ハート・オブ・ファイト』公式サイト
http://gekisen-movie.jp/
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