「○○くんがいるからダメ」という保育
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「○○くんがいるからダメ」という保育

2020-01-20 07:02
    保育園には、いろんな子がいます

    今回の焦点は、いわゆる「発達障害の“ボーダー”」の子について


    0~1歳児においては、「発達障害」らしき子はパッと見 問題になりません
    月齢(早生まれ・遅生まれとかのアレ)で出来る事は差はあれど
    職員が十分に配置されているため、何とかなってしまうからです

    保育士が「この子は“そう”だわ…」と確信できるのは、
    1歳の終わりから2歳くらいにかけてです
    その時期に子どもたちは、できることが飛躍的に増えます
    加えて、「お話・お喋り」も盛んになります

    つまり、「言葉」を用いたコミュニケーションができるようになってきます
    保育室に入らない職員でも、「あの子ぜんぜん喋らないな」とか感じるんですよ

    クラスでその子を見ている職員は、もっと顕著に感じます

    こだわり(特定のことに固執、「違うもの」に慣れない)

    衝動性(どれだけ気を付けても抑えられない)

    理解力にもかなり差が出てきます



    これらが一定ラインを割ると

    「発達障害」

    と認定(診断)されるんです

    逆に

    定ラインを割らなければ、何も診断がつきません

    これがいわゆるボーダーです

    発達障害の診断がつくライン(ボーダーライン)のギリギリ上

    だから、ボーダーですね



    もしくは親が診察を受けさせないパターンもあります
    これは↑の定義ではボーダーではありませんが、
    診断がつかないせいで不利を被るという点は同じです
    (診断さえ受ければ、専門家(プロ)の手厚い保育(養護)が受けられるのに…)


    …と、ここまで書いてずっと「書きかけ」で放置してましたこの記事
    記事を書き始めたの自体は去年度のことです

    ある「ボーダー」の子について書こうと思ってたのですが、
    その子はADHD(注意欠陥・多動性障害)の診断がつきました
    まぁ、その子のことを書きたいんです
    その子のことで愚痴りたいんすよ

    まずはADHDの診断がついたSくん(仮名)のスペックについて触れておきましょう
    年齢:5歳児クラス
    診断名:注意欠陥・多動性障害
    主な症状・性格等:知的な障害は無いが、少しだけ発育はゆるやか
    集中力が持続せず、特に自分の興味がない制作などの場合は
    いつまでも取り掛かれないし、作り進めることができない
    視界に入るものが気になって仕方ない、音にも敏感(歌の時間に耳を塞ぐ等)
    基本的にひとり遊びを好むが、他の子と共に遊ぶこともある
    ただし、ほんの些細なことで怒声や罵声を飛ばすため、他児からはやや敬遠されている
    テンションが上がりすぎて、抑えが利かなくなることが多々
    突発的に他児を叩いたり、突き飛ばしたりすることもある
    大人と関わるのが好きで、保育士の膝に入るのも好む
    兄2人あり

    誤解のないように言っておきますが、私個人はこの子のこと好きですよ
    1歳児の時には、他児より知的な発達は早く、
    早番・遅番くらいでしか関わらない私の名前を、いち早くフルネームで言えたりしてました
    クラスで持ったことはなかったですが、異年齢保育時などでよく遊んでました


    愚痴りたいのは、このSくんの
    担任だったA先生のやり方について

    具体的なエピソードは、もう去年度のことで記憶が薄れてしまっているのですが
    とにかく、二言目には「Sくんが(うちのクラスには)いるから…」と言っていました

    「Sくんがいるから、○○はできない」

    職員会議・打ち合わせ等で幾度となく聞いたセリフです

    私が5歳児クラスに一時的に入った時のことです
    ブロック・ままごと等、おもちゃが出してあり
    机では ぬり絵、折り紙、新聞広告で制作 等、
    子どもたちは思い思いに自由に遊ぶ時間です

    私自身、新聞広告で制作するのが大好きなので、
    机について子どもたちと一緒に作ってました
    新聞広告を細く丸めて「剣」を作る、ここまでは5歳児もできます
    私が作るのは、更にそれらを4本ほど並べて束ね、外側を巻いて…
    材料があれば牛乳パックで鞘まで作るガチなものです



    1本、広告を丸めて「剣」にするのも、大人が作ると丈夫さは子どもが作るものより段違いに良いので、その時点で「僕も!」「私も!」と作り始めます
    Sくんも、ヤンチャな男の子ですからノってきました
    以下は、Sくんとのやりとりです
    Sくんとのやりとりだけをピックアップしてるため、個別対応(1対1)に思えるかもしれませんが、他の子も見つつのやりとりです


    Sくん「せんせい!できない!やって!!」

    「ダメだよ、自分で作らないと。みんな自分で作ってるんだから」

    集中して作るのに慣れていないし苦手なので、
    「新聞広告を最後まで集中して丸める」のにとても苦戦していました

    何度も何度もやり直します

    Sくん「せんせい… 太くなっちゃった…」

    「いいよ、これでも作れる(※)から。あと2本作って」
    ※3~4本束ねるため、束ねる時にガッチリセロテープで貼れば何とかなる。
    ガワにもなにか巻けば、中身は気にならない


    ぱっと明るい顔になり、2本、3本と作って私のところに持ってきました

    「上手にできたじゃない!」

    3本の硬さ・形を触って確かめ、どちらを柄にするか決めます
    そして、切っ先になる部分を斜めに、柄頭を真っ直ぐにハサミで落としたら
    3本を並べてセロテープで束ねとめます

    それから、Sくんと相談して刀身に使う広告は何色がいいか(※)
    ※この時は新聞広告しか無かったため
    柄は何色がいいと決め、刀身・柄に合う大きさに切った広告を
    セロテープで途中まで貼ったところでSくんに渡しました

    「いい?ここからここまで、慎重に貼って。
    焦っちゃダメだよ?汚くなっちゃうから。ゆっくりね」

    コクリと頷いたSくんは、慎重に慎重に、残りの部分を貼っていきました
    ADHDの子を見たことがある方なら分かると思いますが、一点を見て集中して細かい作業をするというのができるのは、ADHDの子にとっては大変すごいことなのです

    Sくん「できた!」

    出来上がった剣は、↑で載せた写真(現在は削除、忍者等のような見た目の、刀身にはスナック菓子の袋の内側の銀色を使った剣でした)のような感じではなく、もっと刀身の幅広い、言うなればシミター(↓)のような見た目

    関連画像

    正直、不格好ではありましたが、本人は大満足です
    なんてったって、ほぼ自分だけで作った剣ですから

    「待って待ってSくん!これ、つけて」

    近場にあった丸めた1本の「剣」を10センチほどに切ったものを2本

    「これをここにつけるとね…」

    Sくん「???」

    「ほら、相手と戦う時に、相手の剣がこうくるでしょ?
    それを受けて…相手の剣が下に滑ったら…」

    Sくん「手が切れちゃう!」

    「そう、切れないようにここにつけて。『鍔』っていうんだよ」

    簡単な鍔を付けることを提案しました
    Sくんなりに考え、交差したところにタスキ掛けにセロテープを巻き、
    完成させていました

    Sくん「できたよ せんせい! 戦っていいの!?」

    「別にかまわないけど、せっかく上手にできたのに戦うと壊れちゃうよ。あと、ここ尖ってたりするから、お友達も怪我しちゃうかも。おうちで遊んでね」

    Sくん「わかった! せんせい、色ぬっていい?」

    「いいよ」

    マーカーで色を塗り始めたあたりで、打ち合わせを終えた担任のA先生が戻ってきました

    Sくん「Aせんせい、見て! 剣つくtt

    A先生「何やってるのSくん!!

    響いたのは、怒鳴り声でした

    Sくん「あ・・・ う・・ぁ・・・」

    A先生「Sくんは作っちゃいけない! しまってきなさい!!

    あまりの怒気に、私も呆気にとられてしまいました
    さすがに、作った剣を捨てる流れになったら抗議するつもりでいましたが…
    Sくんは意気消沈という感じで作った「剣」をロッカーにしまって
    カチャ…カチャ…とブロックで遊び始めました

    ここで私は、クラスを離れ戻ってしまいましたが
    今でも悔やまれます
    『頑張って自分で作ったので、その努力を見てあげてください』とか
    『Sくんだけ作っちゃいけない決まりになっていたのでしょうか?』とか
    いろいろ、言いたいことはありました

    でも、返ってくる言葉が容易に想像できました

    『あなたが持ってるクラスの子じゃないでしょ?
    この子を見る大変さも知らないで、変なことさせないで!』



    この件以外にも、ある日、園で「座れるぬいぐるみ」(中に木の椅子が入っている、見た目パンダ)を買ったため、試しに年長クラスで遊んでみたときも、同じ事を言っていました

    「Sくんは やっちゃダメ!」

    園庭のブランコも「Sくんがいるから」と外されています(今も外れたまま)

    A先生の言い分は

    「Sくんが落ち着いて過ごせるように、環境に配慮してあげないといけない」

    それってつまり、Sくんにはやらせないってことなんですね
    仕方ない部分もあります、個別にひとり職員がつけばいいですが
    A先生自身が「私ひとりでやります」オーラを出していたため、
    職員もついてませんでした

    それでいいのかなぁ…と、すごく思います
    Sくん自身にも、もちろん良くないでしょうし
    Sくんが居るせいで、いろんなものを我慢しなければいけない他の子も可哀想です

    ソーシャル・インクルージョン(社会的包括)という言葉があります
    障害を抱えた人も、障害が無い人も共に過ごす社会を目指そうという意味です
    共に過ごすことでお互いを理解し、支えあおうという内容なのですが…
    支えあうって、我慢するってことなんでしょうか

    ただ、Sくんがいるうえで、普通と同じ活動をしたら、
    トラブルが起きる可能性は、ものすごく高いのも事実です
    他の子に危害も及びます
    だからA先生のやり方も、全く否定することもできないんです


    Sくんは卒園後、普通級として小学校に行きました
    園としては、「特別学級」を勧めました
    小学校では、「Sくんに暴力を振るわれた」「酷いことを言われた」
    という苦情が続出しているようです


    何がその子にとって、一番良いのか
    常に考えてはいますが、自分は無力であるとも痛感します

    その子のためにと思ってやることも、
    他の人にとっては「余計なお世話」になるのかもしれない
    最近はそう感じてしまって、積極的に子どもたちに関われないでいます

    何も考えずに、子どもたちと楽しく遊べればいいのになぁ…



    2020.1.09追記

    今更、この記事に追記するのもアレですが…


    少し前に、あるウワサが耳に入りました

    どうやら、この記事を、当事者のA先生が見てしまったらしいこと

    そして、「真実と違うことが書かれている」と言ったそうです


    はぁ…

    まぁ、そう言うんでしたら、そうなんでしょうね

    あなたの中ではね…


    お察しの通り、この記事にある、Sくんとのやりとりはノンフィクションです

    私は嘘が苦手です
    嘘の内容で、ここまで細かく描写はできません

    ただ、読んで分かる通り、第三者が見てももちろん、
    個人は特定できないように書いているつもりです

    このブロマガは、身近な人に「見て」と宣伝した覚えはありません
    動画・生放送はほんの少しの人に、ハンドルネームを伝えて、「興味があったら見て」と宣伝していますが…

    つまり何が言いたいか
    私の活動の主な場所は、ここじゃないんですよ、本当は

    (最近は更新頻繁にしてるけど…)

    そして、見て分かる通りポジティブな内容はほぼ無いブロマガなんですから
    それを察したら、見るなと言いたい
    なんで敢えて、気分悪くなるために見にくるんですか…


    そして、この記事の当事者のご本人が見てるなら
    どうしても言いたいことがある

    あなたがSくんに言ったこと、やったことは
    決して消えませんよ

    たとえ私を、嘘つきに仕立て上げたとしてもね

    保育士として、プロとしての誇りがあるのだとしたら
    自分の言ったこと、したことを偽ってでも自己弁護するよりも

    「あの関わりは、良かったのかな?もっといい言葉はかけれなかったかな?」

    そう、反省してほしいです

    少なくとも、この記事はあなたを責めるためのものじゃありません

    私自身が、もっとSくんの気持ちに寄り添えたんじゃないかな、助けられたんじゃないかな…と、後悔と懺悔の念で書いたものです

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