文チル小話
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文チル小話

2015-07-09 18:50
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 この漢字はなんて読むの、と問われた。ちょう、ですよと答えてやると、『ち』まで出てたのに!といって氷精は悔しそうな顔をした。眉唾ものであるけれど、追及したりしない。解らない部分を素直に聞ける姿勢には、好感を抱くばかりだ。
「さいこう、まではちゃんと読めたよ」
「チルノさんも少しずつ漢字を覚えていますね」
 えっへん、と胸を張る氷精。彼女に新聞を読んでやるのは、何も慈善の精神からではない。知能レベルが高いとは言いがたい妖精達の感想を聞いておくことで、老若男女にわたって読まれるに相応しい内容であるかを確認することが出来るのだ。文章であれ写真であれ、自信がついてくると、格上に好かれる表現に偏ってしまっていけない。
「当然よ。あたいは天才だもの」
 『天才』も『最強』も、妖精という種族に限って言えば間違いではない。妖精でありながら妖怪に近いと言われるほど、彼女は突出した能力を持っている。いずれ本当に、私の手助けなしでも新聞を読めるようになるのかもしれない。
「漢字だって、新しい言葉だって、全部覚えてやるんだから!」
 何もかもを知りたい、という願いを持つことが出来る種族は多くない。容易に世界を行き来できるほど活動範囲が広くなければ、自分の暮らす地域の知識だけで満足してしまうからだ。その点、天狗という種族は無闇に広い活動範囲を誇る。当然知識欲も旺盛だ。天狗の子供達などは、力の強さも相まって、行ける範囲は全て自分達の支配下であるかのような傲慢な精神を抱きがちである。人間の子供が動物に対して抱くのと同じで、少しでも反撃されたらすぐに怯んで逃げ帰ってしまうような、可愛らしいものではあるのだが。
 地図に書かれた場所を、子供達は虱潰しに巡る。全てを訪れた後、彼らはそこに書かれていない洞穴を探し、面白味のある木や岩を探し、僅かな変化を探し…………そしてやがて、虚無感に囚われる。世界は有限であった、というような、これまた子供らしく可愛らしい絶望感に包まれる。それを経て、私達は本当の意味で四季を知るのだ。一つ一つの季節で、世界は鮮やかに彩りを変えるのであると知る。季節は幾度も巡るけれど、少しずつ微妙に装いを変えていくのだ、ということも。全てを見たと思い込んでいた私にとって、移りゆくものを識ることは、何にも代えがたい喜びだった。
「そうですねえ。私も、そうなりたいものです」
 『移りゆく』ということは、当然『失われる』ということとも同義である。何度目の四季を繰り返した時の事だったか、私の記憶は突如大きく失われた。妖精は物覚えが良くないけれど、それを心底笑うことが出来るのは、幻想郷で過ごした時間の長くない者だけだ。ある程度の時間を過ごしたものならば、誰でも知っている。つい昨日まで確かだと思っていた記憶が、ある日を境にはっきりと失われていくことの恐怖を。自分の抱いた感動や、思索が、まるで他人の覚書のように思える、そんな恐怖を。長く生きれば誰もがそれを当たり前にのように語るけれど、初めてそれを味わった時の怖気は、未だに忘れられない。私は初めての「それ」の後、新聞を書き始めた。失いたくないから撮る、書く、という訳ではないけれど。少なくとも書き続けることで、私の感動は、より多く、長く残る。その事実は、私が新聞を書き続ける上でしばしば救いとなった。
「文は、あんまり喋らなくなったね」
 はっとして、氷精の顔を見る。初めて会った時ほど、ということだろうが(何しろあの時は取材対象だったので)。私が長い時を経て、少しずつ言葉少なになってきていることを見透かされたようで驚いた。この氷精は、時々とても穿ったことを言う。笑顔を作りなおすけれど、この子の前では上手くいくかどうか自信がない。
「……すみません。退屈でしたか?」
「ううん。前よりも聞きやすいよ」
「そうですか」
 一安心。小さな子と触れ合う経験値も、少しずつ貯まってきているのだろうか。
「文も成長するのかな?」
 不思議そうに問いかける氷精に、私は思わず微笑んでしまう。
 世界が変わってゆくように、私の色味も変わってゆくわけだ。当たり前のことだけれど、誰かに言われるまでは意外と思い出さない。今日帰ったら、駆け出しの頃の新聞を、久々に眺めてみるのもいいかもしれない。何もかもを得たいと願っていた頃の熱が、暑苦しくて、息苦しくて、理由もなく昂って―――いよいよ最高潮を迎えんとする夏に、よく合っているかもしれないから。


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