ヤマキス小話
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ヤマキス小話

2015-07-23 18:50
  • 3

 キスメと喧嘩した。私が双六で本気を出さないことに端を発し、キスメを子供扱いしているという話に展開した。暑さもあって少し疲れており、あまり考えないまま「だってキスメ子供じゃん」と返してしまった。それで終わり。馬鹿なことをした。
「妬みがいのない顔をしてるわね」
「何、心配してくれるの」
「ポジティブ思考妬ましいわ」
 キスメは外見も精神年齢も幼い。妖怪である以上、これから成長する見込みが在るわけでもない。けれどその分、妖怪においては、成長しなければコミュニティに属せないなんて規律はないのだから、大人になる必要もないのではないのか。可愛らしい姿のままで居られることは、単純に喜ばしいことなのではないのだろうか、とも思う。何故ああまで子供扱いに腹を立てるんだろう。
「ヤマメは子供扱いされたいの」
「誰かが甘やかしてくれるならね」
「ま、無理でしょうね」
「なんでさ」
「あんたの側にいる奴は、あんたに甘やかされたい奴でしょうし。あんた自身、甘やかす方が好きじゃない」
「確かに」
 確かにキスメは甘やかしたくなるキャラなのだ。嫌われて疎まれて、或いは深い理由があって地底に降りてきたというよりは、暗いところが好きだとか、狭いところが楽しいとか、そういう気持ちのまま移動していたら、いつの間にか地底にいた……という感じではないかと思う(実際本人も、「妖怪達の群れにこっそりついていったらはぐれちゃって、そのまま」みたいなことを言っていた)。人見知りをしたり、怖がりだったりするところはあるので、それが悩みと言えば悩みかもしれないけれど。古傷らしいものが、ふとした拍子に開いたり化膿したりすることはない。だから甘やかしやすい。
「人前でキスメのこと庇ったり、前に出てあげたりしたんでしょ」
「したかな。まあ、したかも」
「傷つくものよ。あんたは善意でしたんでしょうし、キスメも有り難く受けたんでしょうけど。長く続くとね」
「傷つく?……どうして」
「あんたが誰かに甘えてみたら分かるんじゃない」
 病気を扱う、という種族である以上、それが親しい人に迷惑をかけていないかということは、徹底して注意してきた。それでも、防ぎきれずかけてしまった迷惑は限りない。河童達のことは嫌いではなかったし、今でも悪いことをしたと思っている。能力を制限する技術は、人一倍高めてきたつもりだ。出来る限り相手のことを立てて、相手がやりやすいように生きてきたつもりだ。息苦しいくらいに。
 地上に居る間の私は、今の私と随分違う性格をしていたと思う。他人に触れることを厭って、距離を取っていた。幾つの朝夕を繰り返したか、訊ねる相手は居らず、数えることにも疲れた。未練だけで生きるのに限界を感じて、全てを捨ててやってきた地底は、どんな理想郷よりも自由な場所だった。誰もが不安定で、汚れていて、私の能力程度ではびくともしない強さを持っていた。私は震えた。生まれちゃいけなかったんじゃなくて、生きるべき場所を間違えていただけだったんだと感じて、泣いた。息が苦しくなるくらいの嗚咽が、何度も何度も押し寄せた。
 私は好きに振る舞えるようになったけれど、それでもやはり病気の扱いには細心の注意を払った。殊にキスメ相手には、ちょっとしたことでも大事になりかねないと思った。何度注意しても巣に引っかかるキスメに、「私の側にいたら損するよ」と、口を酸っぱくして告げたけれど、キスメは意に介さなかった。私はヤマメと友達になりたいの、と言った。私は怖がりだけど、ヤマメの近くは怖くないの、と言った。これだけ図々しくてどこが怖がりなのかと、私は眉に唾をつけて聞いた。本当に怖がりなのだと知ったのは随分時間が経ってからのことだ。
 そのうち私は、どうせ離れてくれないなら、この子を守ってやろうと思うようになった。これまで居場所らしい居場所を作ってこなかった私は、何かを守るとか、育てるとかいう体験をしたことがない。不毛の地底で初めて真実の縁を知るというのも、乙なものだと思ったのだ。
 私が抱えているあれこれに対して、キスメが抱えているものが、取るに足らない小さいものだなんて、そんなふうに言ったことも思ったこともない。けれど、あの子が私にして欲しかったことは、「付き合ってあげること」ではなく「心から楽しむこと」だったのだろう。あの子が欲しかったのは、保護者ではなく、親友だったのだろう。――そう考えると、やはりキスメの気持ちを軽く見ていたことは否めない。
「私も付いて行きましょうか?」
「んー……いや、あの子結構敏感だし」
 仲直りに友人を使うと、却って怒らせてしまいそうだ。
「言い訳せずに、頭下げるよ。そんで、やり直す」
「そうね」
 嫌われることに疲れて、辿り着いた地底の世界。友達なんて生涯出来ないと思っていた私が、今の私を見たら何て言うだろう。羨ましい、妬ましいって、パルスィみたいなことを言うかもしれない。そして――そんな幸せなところに居て、何を躊躇っているの、と言うだろう。私を信じてくれてる子がいるなら、どうしてこちらからも目一杯信じてあげないの、と。その通りだ。面目ないことこの上ない。
 人生万事塞翁が馬。妖怪だってそれは同じ。喧嘩して、傷つけて、傷ついたけど、こうして過去のことを思い出せた。塞いできた記憶だったけれど、紐解いてみればただの記憶だったのだと分かる。経緯に何があろうとも、また賽子を振るしかない。出た目に従って、辿り着いたマスを目一杯生きるしかない。双六の二回戦が終わったら、今度はキスメと一緒に、地底観光に出かけよう。キスメは怖がると思うけれど、そこは勇気を奮ってほしい。私が本当に好きになれた場所を、キスメにも見てもらいたいから。私がここにいる理由を、今こそキスメに聞いてもらいたいと思えたから。


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さりげなくフォローするパルスィの立ち位置が実にnice……
50ヶ月前
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優しくするのって簡単じゃないね。
登場してないのにキスメがちょお可愛い!
50ヶ月前
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いっそパルスィの、他人の気持ちを察する程度の能力が妬ましい
50ヶ月前
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