レイ豊小話
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レイ豊小話

2015-07-26 18:50
  • 4

 依姫様に課された宿題(お手紙の書き方)を済ませたので、提出しに行ってみると、その途中で豊姫様とすれ違った。依姫様は神様達との定例会議(という名の親睦会)が長引いていて、すぐには対応できない様子だと告げられた。
「代わりに見てあげましょうか?」
 是非もない。喜び勇んで見てもらうと、相変わらずまずい字ねえ、と袈裟懸けに斬られた。まだまだ代筆は任せられないとのこと。回数を重ね、少しずつ伸びてきた自覚があっただけに、こうはっきり言われるとショックだ。
「でも、努力は認められるわ。これだけの分量だと、結構な時間がかかったでしょう」
「もう握力が残ってないです」
「大袈裟よ」
 豊姫様は私の額をつん、と小突く。握力が残ってないは言いすぎだけど、ちょっと力が入りづらくなってるのは本当だ。身体に疲れが表れる時、頑張った勲章だ、とつい誇りに思ったりするけれど。依姫様が仰るには、それはただ姿勢が不味いだけだという。この程度の課題でそんなに疲れているようでは、まだまだ未熟ということなのかもしれない。
「依姫の指導は厳しいでしょう。サボりたくはならない?」
「とんでもない。考えられませんよ」
「あらあら、月からの脱走なんて、大それたことをしでかしたくせに」
「そ、それは」
 返答に窮する。今思えば、本当に大それたことをしたものである。ルーチンワークに耐えかね、自分の能力を過信して、持ち場を放棄するとは。当時の私は、世界のサイズをよほど測りかねていたとみえる。今の居場所から逃げ出せば、皆が自由と呼ぶなにものかが、得られると思っていたのだ。思想にしろ肉体にしろ、自分自身を強く持たない限り、広い場所に出てもぽつんと立ち尽くすだけなのに。
「今は、依姫様も豊姫様も、私の事を見てくれていますから」
 叱られることが怖いのではない。私の事を見てくれている人に、見捨てられることが何より怖い。依姫様は厳しいけれど、私が本当に頑張っているときには、絶対に待っていてくれる。居残りで訓練をさせられることも多いけれど、依姫様は私を放置したりしない。忙しいはずなのに、訓練が終わるまでそばに居てくれる。終わったら、お疲れ様、と頭を撫でてくれる。それだけで、私の疲労は霧散する。だから私は頑張れる。見守ってくれる人もなしに、頑張ることなんてきっと出来ない。
 依姫様と豊姫様にとっては、きっと八意様が「見守ってくれる人」なのだろう。八意様が月を去って随分長い時間が経ったけれど、未だにお二人は八意様と固くつながっていて、揺らぐ様子がない。お二人が強いのは、あんなにも強く誰かを信じることが出来ているから、なのかもしれないと思った。
「なら、レイセンもそうね」
「え?」
「頑張れるのは、見てくれている人のお陰。なら、私達が頑張れるのは、レイセンのお陰でも在る」
「じょ、冗談ばっかり」
「口調が強くて、熱中すると周りが見えなくて……大変でしょうけど」
 依姫様のことを指す言葉と気付くのに、少しかかった。豊姫様の手が、私の手を取る。依姫様の力強く導いてくれる手とは違い、豊姫様の手は柔らかく、ただただ温かかった。
「依姫を支えてあげてね、レイセン。私達の、可愛い頑張り屋さん」
 いつも飄々としている豊姫様だから、全然気付かなかった。豊姫様は、依姫様のことをこんな風に心配してたんだ。心配しているのは、依姫様の方だとばかりだと思っていた。……それとも、気付かなかったのは私が鈍感なだけだろうか。
「……豊姫様?」
 支えてあげて、という言葉。私が依姫様に支えられるのではなくて、私が依姫様を支えるということ……だろうか?光栄というよりも、分不相応すぎて全く現実味がなかった。
 依姫様は私が飲み込むまで教えてくださるけれど、豊姫様は全く逆で、心を揺らす言葉だけ告げてふわりと去っていく。今回も例に漏れず、豊姫様の仰る意味がわからないまま、私は一人取り残されてしまった。追いかけて訊ねても、教えてくれるはずもない。
 豊姫様の真意を、私一人で推測するのは難しい。かといって、兎の仲間達に相談するのは、なんだか違う気がした。豊姫様が今仰ったことは、とても重要で、かつ繊細なことなのだと感じたからだ。さりとて、本人である依姫様に相談するなんてあり得ない。となると……あちらの鈴仙か、或いは八意様か。あの人たちなら、答えてくれるかもしれないと思った。近い縁ではない分だけ、真っ直ぐ答えてくれるかもしれない。また近いうちに会いにいけたら……。
 思考がここまで至って、漸く私は自分に手紙を書く能力が足りないということを思い出す。質問は対面でするにしても、せめて約束の為の文章くらい、真っ当に書けるようになってから訪問したい。依姫様に課された課題の意味が、ここに来て分かり始める。幸い成長の実感はあるし、豊姫様にも(努力だけにしろ)認めてもらえた。埒外の何かを知りたければ、まずはしっかり、課されたことを学ばなければ。逃げ出したあの時のように、無闇に手を伸ばしたりはすまい。まだまだ私には、この場所で頑張れることが残っているはずだ。さしあたり依姫様の定例会議が終わるまで、もう少し自主練習を積んでおこうと思った。


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最初の頃に比べるといくらか緩和したけれど、会話文には息遣いが感じられるが、地の文は写実性へのこだわりが強すぎてリズムや緩急を失っているように見えます。皆まで言わずに描写をデフォルメしてもよいのでは?
50ヶ月前
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見ていてくれる人、支えてくれる人が居るだけで頑張れるんだよなぁ
50ヶ月前
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まだ足りない、まだ届かない、と想い続けて行くのでしょうね・・・。レイセン素敵。
「人という字」のアレじゃないですけど、支え合うのも色々ですねぃ。
50ヶ月前
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見守ってくれる人もなしに、頑張ることなんてきっと出来ない。かぁ・・。心にきますね。
47ヶ月前
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