いくてん小話
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いくてん小話

2015-09-04 18:50
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 総領娘様はまたしても比那名居様に叱られたらしい。何かしらの手段で地上に降りようとした、というのは聞かなくても解る。黙って頭を下げていればお咎めも軽かろうものを、噛み付くから謹慎まで至ってしまうのだ。
 総領娘様のお部屋を覗くと、既に見張りの方が居られた。話をつけて、少しの間、私と総領娘様だけにしてもらうことにした。彼も休憩が取りたかろう。お互いご苦労様なことである。
「総領娘様」
「衣玖!助かったわ」
「そう言われましても、脱走の手助けは出来ませんのでご了承を」
 総領娘様の表情の崩れっぷりと言ったら、地上の天狗に見せたいくらいであった。天狗の生業を詳しく知っているわけではないが、何でも報道に携わっているということらしい。地上での天人の評価が大きく変わるスクープになることだろう。
「融通が利かないわねえ……衣玖はいつもそうだわ」
「ここで脱走の手助けをしようものなら、私の信用に関わります」
「それでもいいから助けてくれるのが友達じゃないの」
 私のことは小間使いとしか考えていないような扱いをするのに、こんなときにだけ友達などという言葉を使う。そのくせ総領娘様は、人一倍友達という存在を欲しがっているのだ。手に入らないものは、こうやって定期的に揶揄しないと、耐えられなくなる。全く、地上人じみた天人様である。
「私の信用がなくなると、次からこうやって二人で話す時間すら許されなくなりますよ」
「う……それは困る」
「今は我慢して、私と世間話でもしましょう」
 総領娘様はしぶしぶと私に向き直った。乱暴な方に見えるけれど、約束の類に関しては破らない(もとい、破るまいと努力する)方である。その点は鬼と通じるところがあるかもしれない。天人としての誇りには興味がなくとも、自分の中にある指針には、いつも誠実であろうとしている。この方に好かれているという自信があるからこそ、私もまた、この方に指導や助言ができるのだ。信頼関係を築くことなく、制約だけで総領娘様を従わせようとする比那名居様のやり方は、正直少し効率が悪いと思われる。面倒なことになるから言わないけれど。
「世間話かぁ……何話せばいいのかな……」
「趣味の話とか、家庭の話とか」
「見合いか」
 世間話というか。そもそも、他愛のないやりとりを総領娘様と交わすことはあまりない。大抵の場合、総領娘様の無茶な提案をやんわりと制止するか、不機嫌な総領娘様に素知らぬ体でアドバイスをするか、いずれにしても、彼女の感情をどうにかする為に交わす、手段としての会話であった。
「……衣玖はさ、つまんなくないの」
「何がですか」
「私のとこにいるのが、よ。だってこれじゃ、その……衣玖だって謹慎させられてるのと同じじゃない……」
 総領娘様はだんだん俯き、それに合わせて声も小さくなってゆく。恥ずかしがる必要などないのに。それどころか、とても立派な言葉を頂いて、私は満足するばかりである。とはいえ正直、私も驚いた。あたかも人のことを気遣うかのような発言である。傍若無人の権化たる総領娘様が。
「すごい失礼なこと思われてる気がする」
「とんでもない、感心していただけです」
「……まあいいけど」
 「使い」であることを生業とし、かつ誇りとして生きる一族としては、簡単に他者に内心を読まれるようではいけない。反省反省。
「……私は、怖いのよ」
 総領娘様は、ぽつりと話し始める。怖い、という言葉をこの方が使うのは、初めて聞いたかもしれない。プライドにかけて、己の臆病は晒すまいとされる方だ。
「比那名居様が、ですか。それとも、今後のことが、ですか」
「どっちも違う。怖いのは、衣玖のこと」
「……私ですか」
 つまらない、とか、存在感がない、みたいに言われることは慣れているけれど、まさか怖いと言われるとは。それも、誰より近くに居た方に。……少なからずショックだった。これは顔に出ていないといいけれど。
「叱られたり、憎まれたりとかって意味とかじゃなくて」
「はあ」
「衣玖って、望まないでしょ。自分の欲しいものとか、居たい場所とか……やりたいこととか」
 他の方に比べれば、そうかもしれない。自覚もまあある。
「そういう風に生きていくのって、出来るものなのかなって。……生きる上で、今私が持ってる、こういう感情って、何処かで要らなくなるのかって……衣玖を見てるとそんな風に感じる。それが、怖い」
 初めて死の意味を知り、それに怯える幼子は、小さな虫の死をすら嘆く。彼女にとっては、望まざること・挑まざることは不幸以外の何物でもなく、その中で生きている私がとても可哀想に見えるのだろう。他者を慮ることができるくらいに成長したのだろうか、と思ったけれど。やはりまだまだ彼女は、自分を基準にする以外の考え方は手に入れられていないようだ。
 私は総領娘様の側に居る。もし私に命じられたのが、総領娘様でなく、別の方のお目付け役だったとしても、私はそれに従ったろうし、そこで長いこと側に居るうちに、愛着を覚えただろう。だが、そんな過去の可能性は問題では無いのだ。今まさに私が、総領娘様の側にいるということ。これまで私と共に過ごしたのが、総領娘様以外の人ではないということ。それだけが大事なのである。どんな仕事を与えられても、私はその仕事を愛するべく努力する事が出来るけれど。振り返って愛することができるのは、事実として自分が積んできた仕事だけだ。
「不要には、なりませんよ」
「……でも、衣玖は感情を使っていないでしょ?」
「そうでもないです。どんなに整然と仕事をしていても、根元は全部感情です」
「……無駄じゃない?」
「無駄じゃないです」
 慰める時には、多少大げさな態度で、大げさな言葉遣いを。それだって、マニュアルに記せる程度のセオリー。でも、それをやる中で心は動かないのかと言われれば、それも違う。機械的な繰り返しは、心を失うことではなくて、その中に新たに心を見出していく作業だ。
「私、友達を作りたい。天界でなく、地上で。下らない話ができて、本気で喧嘩できる友達がほしい。……これも、無駄にならない?」
「その願いは、総領娘様の努力に意味を与えるでしょう。勉強や人付き合いにも、それを目標とすれば、本気で取り組めるようになるでしょう。そうでなくとも、人の生きる価値は、その願いの中にこそ在ります。無駄にはなりませんよ。決して」
 総領娘様はやっと安心したように微笑む。これまで気を張っていたのだろう、途端に眠そうな表情になった。構いませんからお休みくださいと告げると、総領娘様は遠慮がちに毛布に包まって、じきにすうすうと寝息を立て始めた。私相手にも、やはりまだ気を使っていたのだろう。この方がこの先、本当の友達を見つけることができますように、それもできるだけ早いうちに……と、私からも強く願いたいところである。極力、乱暴な手段を取らないでほしいとは思うけれど。
 部屋を出ると、見張りの方も船を漕いでいた。こちらはちょっと見逃せないので、申し訳ないけれど起こしておいた。比那名居様に報告などしないから大丈夫ですよ、と告げると、大層恐縮して居られた。当たり障りなく生きることは、大人の義務である。殊に、小さな子供が自由に生きる場所を持つためには、大人達が散々細かい調整を繰り返さねばならない。私は総領娘様の親ではないけれど、そのくらいの覚悟はしているつもりだ。私が頑張ってきたこと、見守ってきたことの全容を、いつか総領娘様に打ち明けてみたい。そんなことを考えていたの、ちっとも知らなかったわ――と、驚く顔を見てみたい。けれどそれは、総領娘様が立派な天人になってからのお楽しみだ。


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キャーイクサーン いやいいなぁ、こう言うキャラ。大好きです。
49ヶ月前
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良い関係だなぁ。衣玖さん素敵。
49ヶ月前
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