霊霖小話
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霊霖小話

2015-09-05 18:50
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 常連客との会話を終え、一息ついていると、店の隅で待機していた霊夢が大きな足音を立ててこちらにきた。大分ご立腹のようである。
「二時間は待たせ過ぎでしょ。私が待っているの、知っていたくせに」
 何しろ客と冷やかしである。どちらを丁重にもてなすべきかなど、考えるまでもない。……などと口に出したら、またぞろツケの口実に使われそうだからよしておく。口実などあろうがなかろうが、霊夢の行為に大して変化はないのだが、僕の方が少しでも後ろめたさを抱きたくないということだ。
「嫌でも耳に入るから聞いてたけど。全然大した用事じゃなかったじゃないの、商談や相談ならまだしも」
「大した用事さ。子供は食べるのが仕事、老人は遺すのが仕事だ」
「ああ言えばこう言う」
 それこそ僕の台詞である。
「それで、何の用だい。また服を破いたかな」
「破く、じゃなくて『破かれる』って言ってよ。妖怪共がいなきゃ破れやしない……って、そうじゃないのよ」
 霊夢は僕の前で風呂敷包みを解く。中から、綺麗に畳まれた巫女服が出てきた。
「これを、仕立て直してほしいの」
「仕立て直し?」
「そう、仕立直し。その……少しきつくなってきたから」
 霊夢の身体を眺めてみる。そんなに大きくなっただろうか?頻繁に見ていると成長に気付かないものだというが。それとも見た目以上に本人は成長を感じているのかも……等と考えていると、顔に風呂敷を押し付けられた。少しまじまじと見過ぎたらしい。
「……解っていると思うが、大きく仕立て直すのは限度がある。一応縫込みは大きめに作ってあるが、幾分不格好になるかもしれないよ」
「うん。出来るところまででいい」
「それと、これも言うまでもないと思うが」
 霊夢は、僕を制して言う。
「新しく作る方が早い、でしょ」
 大丈夫、と霊夢は言う。どうあってもこの服でもう暫く通したいようだ。それならもう何も言うまい。何かしらの決意の現れなのだろう。
 霧雨の家でも、幾人かの成長を見てきたが、人間の成長は早すぎて情緒がない。ある時期、皆ふっと大きくなり、そのままの姿で固定されてしまう。一度タイミングを逃すと、感覚のピントがズレたまま時間が過ぎてゆくのだ。成長期というものは、何というか、随分と薄情なものだと思う。思っていたより大きくなっていたのだな、と、当人が30や40になっても感じてしまう程だ。或いは薄情なのは僕の方なのか。
「難しい?」
「難しいが、まあやってみるよ。どうしてだい」
 普段は僕の困難など気にも留めないのに。
「だって霖之助さん、難しい顔してる」
 遠慮無く指摘してくるところは、幼いころの霊夢のままだ。歳をとっても、ここはずっと変わらないのかもしれない。そうあってほしい。
「……そうだね。僕としては、今のこの服が惜しくもあるのでね」
 霊夢は不思議そうに僕を見る。小さくなった巫女服を次代に用いる、なんてみみっちいことを考えているわけでは勿論ない。
「道具を作りなおすということは、新しい命を吹き込むということだ。その段階で、それまで重ねてきた年月は初期化される」
 あ、と霊夢は呟く。理解してくれたようだった。今のままこの服を残しておけば、これまでの記憶はこの服の中に残るだろう。だが、仕立て直した服にはそれと同等の記憶が残る保証はない。手を加えた段階で、価値も用途も変わるのだ。
「そっか。霖之助さんは古道具屋だものね」
 使われなくなった道具ほど雄弁なものはない。用途が存在している間、物体としての「道具」は只管沈黙している。役割を終えた時、初めてその道具はぽつりぽつりと語り始めるのだ。人の居ないの舞台を眺めると、「モノとしての舞台」が初めて見えてくる……丁度そのようなものである。人の肉体などその最たるもので、生命体としての死を迎えた後、その肉体は最も雄弁に、弔いの人々に語るのである。彼があくまで物質的な存在であったことを。
「私や、魔理沙が居なくなった後」
「……む」
「霖之助さんは、私達の抜け殻を大事にしてくれるつもりなのかしら」
 世間話としては余りにも鋭い棘、だが皮肉にしては余りにも無邪気な表情。霊夢の目はあくまで真剣で、じっと僕の返答を待っていた。冗談で済ませることは許さない、と宣告されているように思われた。
「そっちが本質、だと思う?」
「……そうだね。僕は、そういう考え方だ」
「ん。それなら」
 前触れもなく、霊夢は服に手をかざし――一瞬で、それを燃え上がらせた。あまりのことに僕は反応すら出来ず、ただじっとそれが焦げた布に変化していくのを見ていた。その様は呆気無く残酷で、しかし美しくもあった。霊夢の顔は炎に照らされて、微笑みは妙に酷薄で、且つ妖艶に見えた。僕はいつからともなく、それが幻覚であるということに気付いていた。
「私は尚更、この服を残しておくわけに行かないわ」
「……僕の考えには反対かい」
「だって、考えてみてよ。――幾つも幾つも悩みながら捨てて、少しずつ本当の自分に近付いていくのに。結局抜け殻の方が本質だったなんて、寂しすぎるじゃない」
 それは、およそ霊夢に似合わない台詞であるように思えた。悩むことなく、最初から自由であるのが博麗霊夢であると思っていたからだ。だが、そう感じたのは、当然僕が霊夢を見誤っていたからなのだろう。幻想郷の少女たちは、誰もが自由で、自信に満ちている、ように見える。あたかも最初から、一切のしがらみを持たずに生まれたかのように感じる。寿命の短い、人間の少女達ですらも。だから僕は、つい見過ごしてしまうのだ。彼女達に、変化の苦しみがあることを。子供で居ることが許せず、しかし大人になることを恐れずには居られない、そんな苦しみが在ることを。
 霊夢は今、そこに明確に線を引くのだ。かつて自分が纏ったものを作り替えて。同じものでありながら、明確に異なる衣に着替えてゆく。……子供は食べる、老人は遺す。思春期の仕事は、変わってゆくことだ。
「何時頃に間に合わせればいいかい」
「冬服だから、急がないけど。冬が来るまでにできていると助かるわ」
「忘れないうちに済ませよう」
「有難う」
 神社へと帰ってゆく霊夢を形だけ見送った後、店に戻り、彼女の言葉を思い出す。抜け殻を大事にしてくれるつもりなの――。霊夢の衣に触れると、それは博麗霊夢の身を守る服、という用途を主張していた。巫女服、ではなく、博麗霊夢の。変わろうとする持ち主と対照的に、変わるまいとする不変の意志がそこにはあった。……だから僕は道具が好きなのだ。この世界には、移ろうものが多すぎる。取り残された静謐の中でこそ、僕はあらゆる愛情を濾し取れるのだ。


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人間組は、変化に富んだお年頃ですよねぃ。
こーりんはきっとノンビリし過ぎなんだろうなぁw
49ヶ月前
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こーりん視点になってから死体も愛せるようになりました
15ヶ月前
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