ドレサグ小話
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ドレサグ小話

2015-09-09 18:50
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 夢の中で、世界の色はめまぐるしく変化していた。銀河の如き深青をしているかと思えば、突如太陽の炎色へ、深森の千歳緑へと移ってゆく。その変化の原因は私であると解っていた。私がその情景を一つ一つ口に出しているから、その光景は刻一刻反転してゆくのだ。紺色、緋色、深緑色……。
「お久しぶりです、サグメさん」
「……ドレミー」
 どこからともなく、ナイトキャップを被った少女が現れた。夢の支配者、ドレミー・スイート。いつもニヤニヤしていて、何を考えているのかわからない。その実、本人は至極真面目な思考をしていたりするそうなので、この評価には不満を抱いているらしい。どこまで本気かは知らない。
「まだ口が動きませんか」
「……今回は長かったからね」
 喋らない時期が続くと、声帯の動かし方を忘れてしまう。久々に音を出してみても、喉にいがらっぽさを感じて、数言話すうちに咳き込んでしまう。半年もの間会話を制約して過ごしたのだから、当然とも言える。
「半年ですか。……長かったですね。私も疲れました」
 言うまでもなく、私が不用意にあれこれと口にしないのは、事象の反転を防ぐためである。不確定の事柄であれ、悪い方向に進むと予測される事柄であれ、基本的に私は極力干渉しない。結果がプラスに出ようとも、表裏を切り替えた段階で、責任というものは生じてしまうのだ。トロッコ問題がいい例である。只でさえ月の都は問題が山積みだ。これ以上無用な責務を負いたくない。
「夢でもサグメさん、話してくれませんでしたもんね。寂しかったですよ」
 実のところ、これまでに私が喋った言葉の九割以上が、この戯けた獏との会話ではないかと思う。不条理の錯綜する夢の中なら、どんなに事象を反転させても支障はないからだ。夢の世界でだけは、私は自由に口を開き、会話することが出来た。肉体的な意味以上に、私にとって夢は休息の場であった。けれど、夢に月の都を移動させてしまった以上、軽率に口を動かすわけにはいかなくなった。……正直、私としても少し寂しくはあったのだ。それまでは毎晩のように会話していた相手と、突然話せなくなったのだから。
「サグメさんが仰ったから、お受けしましたけど。本当は嫌だったんですよ 」
「うん」
「もっと喋ってください。お詫びの印に」
「ごめん」
「もっともっと」
 そんなに急に求められても、ちょうどいい言葉は浮かばない。まして普段から言葉を用いずに過ごしている私だ。考えながら話すということに慣れていない。私は窮して、先ほどと同じく、夢の世界の色味を呟いた。
「……菫色」
 世界の色が変わる。幕を取り除いたかのように、鮮やかに。
「……山吹色。翡翠色。東雲色……」
 色を言い当てるたび、世界は色を変えてゆく。その様は、宛ら問答をしているようで。私はいつしか子供のように、色の名を唱え続けていた。私は脳を色覚で飽和させながら、ああ、夢の世界に戻ってきたのだ――と感じていた 。半年ぶりの夢の世界は、変わらず大らかだった。私の属する現実よりも、遥かに。
「サグメさん」
「……何」
 ドレミーは、何故か寂しそうに私の名を呼んだ。よく見てみると、彼女の姿は既に半分ぼやけていた。朝が近いのだと解った。
「また、頻繁に呼んでくださいね」
「……迷惑じゃない?」
「サグメさんの夢が好きなんです」
 夢が好き、と言われても。それが褒め言葉なのかどうかは、今ひとつ解らなかった。ただその言葉には、不思議な安心感を覚えた。或いは、ドレミーの笑顔が安らぎを促してくれたのかも知れなかった。
「現実で喋らない分、夢で目一杯喋ってください。心ゆくまま、浮かぶ色彩のまま」
 その言葉が合図 だったかのように、私は目を醒ました。天井の色は無機質に白く、カーテンは光に照らされてじんわりと色づいていた。……夢の中では何故か自分もナイトキャップを被っていたことに、目が醒めて初めて気がついた。夢の中に居ると、意外なことに気付かないものである。
 片翼は夢の中でも片翼だったけれど。夢の中ではその羽に、色がついていた。ドレミーの抱えている、よく分からない物体の色と同じだったと思う。ロマンチックさの欠片もないけれど……ひょっとしてそれは、夢の色、と呼べば呼べないこともないのかも知れなかった。


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目が覚めてから、夢の細かい部分に突っ込みを入れるってあるある。
自分とプチお揃い状態なサグメ(無自覚)を見たドレミーはきっと面はゆい感じがしたろうなぁw
49ヶ月前
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ドレサグってすごいトゲトゲしてそうな語感
49ヶ月前
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