クラヘカ小話
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クラヘカ小話

2015-09-10 18:50
  • 1

 数日間、ご主人様と一緒に地上を歩いた。当然のことながら、地上は月面とは違って、妖精たちの天下ではなかった。妖怪や人間に隠れて、小さな妖精達が忙しなく目配せし、飛び交っていた。月の快適さがまだ記憶に強く残っていたから、自由に振る舞えないのは少し窮屈だったけれど。ご主人様とお別れする前の僅かな期間だと解っていたので、我慢した。
「月の生活は、楽しかった?」
「はい!」
 良かったわねえ、と言って、ご主人様は笑ってくれた。いつだったか、前にもこんなことがあったような気がする。私は妖精で、記憶力は良くないから、いつのことだったかはよく思い出せない。半年前のことだったかもしれないし、千年前のことだったかもしれない。
「また行けるかな。月」
「どうかしらねえ。もう月の民は解放するって、宣言しちゃったしね。……純狐がまた発作を起こすまでは、お預けかしら」
「そうですかー」
 妖精の源は生命力。それさえあれば、妖精の存在はどこまでも大きくなる。一個体のサイズには限界があるから、代わりに数が増えるのだ。生命力が高まれば高まるほど、妖精の個体数は増えていき、他の生命体の干渉を受けるまで増殖は続く。生命らしき存在が根こそぎ奪われていた月面は、まさに妖精にうってつけの場所だった。事前に友人様に生命力を「純化」して貰っていたお陰で、エネルギーに事欠くことは一切なかった。
「地獄は嫌い?」
「嫌いじゃない!ですっ!」
 慌てて首を振る。ご主人様の統べる場所が嫌いだなんて言えるはずない。
「あは、無理しなくていいわよ」
「む、無理なんてしてない……ですけど……」
 ……確かに、地獄は快適な場所じゃなかった。月に居ると、確かにそのことが解った。地獄は生命力が欠けているわけじゃない。寧ろ生命力は月や地上より遥かに豊富だ。けれど、代わりにとても不安定なのだ。生成しては消滅し、消滅しては生成しを繰り返している。生死の境も善悪の境も曖昧になりながら、生命力の塊はうねりとなって妖精達を飲み込む。そうして、妖精達は何も知らないまま、日々作り変えられ続ける。私は偶々力があったから、地獄でもこのままの姿を保って居られるけれど。それでも時々、何もかもがぐちゃぐちゃになってしまうような気がする時がある。
「あんたは、いい子じゃなくていいの。可愛いだけで、何より価値があるんだから」
 月と地球と異界を、首輪に繋げて。ご主人様は、それを「可愛い」と評する。私にはご主人様の「可愛い」の基準はよく解らないけれど、ご主人様にとってとても重要な概念であるということは理解している。どんなに大きくなって、どんなに俯瞰しても、行動を決定するのは、そういったシンプルな感情なのかもしれなかった。
 ご主人様は、私のことを可愛いと言ってくれる。それが単なる外見的な意味合いでないことは解るけれど、それが私の操る狂気についてなのか、生命力についてなのか、それとも私の知らない私の(ご主人様にとって)良い所があるのか、それが皆目解らない。それを解ろうとすることが、既に、何となく、可愛くないことなのではないかという懸念もあった。
「うん。あたいは可愛いです」
「ホントお馬鹿で可愛いわぁ。……ふふ。私も、どこか狂わされちゃってるのかもねぇ」
 ご主人様が私の帽子をぐにぐにと撫でる。それはとても心地よくて、私は思わずご主人様の方に体を傾けてしまった。馬鹿っていうのは嫌いな言葉だけど、ご主人様に乱暴に褒められるときだけは、中毒的に嬉しい言葉に変わるので不思議だ。程なく私は私が何について思い悩んでいたのかを忘れた。
「あーあ、ずっとあんたと一緒にこうしてたいわ」
「あたいもです」
「ねー」
 嘘だと解った。ご主人様の声が優しすぎたので。
 ご主人様は嘘吐きだ。それは良いことだと思う。私がご主人様のことを思い出すとき、寂しそうな言葉とか、申し訳なさそうな言葉ではなくて、嬉しい言葉ばかりを思い出すことが出来るから。私が地獄にいて、ご主人様を待っていると知っていても、ご主人様は平気で数百年、どこかの星で女神をやっている。私の事など思い出しもしないだろう。地獄では生命力が激しく活性化されるので、一日がとても長く感じられる。私は、ただただ待ち続ける。自分の生命力を、延々と燃焼させながら。
「私は、少しの間地上に残るわ。直ぐにまた会いに行くから、待っていて。大好きよ」
 私は頷いて、ご主人様に笑いかけ、二粒だけ涙を零す。最後にご主人様が愛おしそうに私を見つめてくれたから、きっと大丈夫だと思った。記憶力が悪くても、ご主人様のことは忘れない。私は毎日思い出す。友人様の能力みたいに、私の気持ちも純化させることができたらいい。ご主人様がくれた、優しい言葉と笑顔だけを、壊れたレコードみたいに私の頭に流し続けて、また千年を過ごしたい。


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良く懐いたペットの気持ちってこんなのかも・・・。
ご主人様大好きなクラウンピース可愛い。狂いながら健気な感じ。
48ヶ月前
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