せいとじ小話
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せいとじ小話

2015-09-11 18:50
  • 1

 どうですか?と問われ、美味しい、と応える。洋風の店に誘われたのは初めてだったから、戸惑ったけれど、中々新鮮で楽しい。私を誘った張本人、霍青娥は、大げさなくらいに喜んでいた。
「蘇我様に喜んで頂けるなんて、嬉しいですわ」
 青娥は人里でも、正体を隠して盛んに人々と交流している。伝は多すぎて困ることはありませんから、という意見も、実に青娥らしいと思う。故に彼女は必然的に、多くの店を知ることになるわけだけれど。その中で、わざわざ洋風の店に私を案内した意図は何なのだろう。
「多様化の時代ですから。色んな場所を見れますし、見たいですし、見せたいですし」
「ふーむ」
「自分の好きな、かつ相手の体験したことのない場所に、気になっている方を連れて行って、その上喜んでもらえるのって……人生で最も楽しいことの一つじゃありません?」
 人生とはこれまた大袈裟だけれど(というか青娥に人生という言葉が適切なのかどうか疑問だけれど)、でも解らなくもない。私から誰かに何かを提案することは稀だが、ふとした気紛れからのアプローチに、ちゃんと気付いてもらえるのは嬉しいものだ。例えば料理の味付けであるとか、部屋に飾る花であるとか。
「青娥は恋愛も戦略的に考えそうだね」
「それはもう。恋愛程独特な遊戯は在りませんわ」
「どうして?」
「だって、敗北を楽しむ遊戯ですもの」
 少し考えて、成程その通りだと思った。太子様と付き合う上での、何かしらの我侭であったり、理不尽であったり、損失であったり……そういうものが、私にとっては何一つマイナスにならない。寧ろ、負の要素が多ければ多いほど、私はより深い関係性をそこに見出すことができる。敗北を楽しむ、というところまで突き詰めるのは、まだちょっと難しいけれど。
「最初に謝っておくけれど」
「何をですか?」
「私と関係が深くなっても、太子様との関係は深まらないと思うよ」
「――」
 青娥はきょとんとし、それから激しく心外という顔をした。この反応は予想出来ていたので、怯まず続ける。
「私は……太子様の側に居るけれど、太子様の行動に口を出せる質の人間じゃないからね」
「……私が蘇我様をお誘いしたのが、そのような動機からの行動だと思われていたのですか?」
「違うの?」
 青娥は天を仰いでため息をついた。こういう搦手からの戦略は、寧ろ青娥にとっては誇らしく語るところではないかと思っていたのだけれど、見当違いだったろうか。
「……どこから説明したものですか。私が、神子様と接近したいが故に蘇我様を籠絡するのだとしたら、まず時期が遅すぎるでしょう。私がやる気なら、もっと早々に動きます」
「……確かに」
「それに。神子様は身内からモチベーションを得ようとされる方ではありません。外の世界に興味を持ち、他者と張り合っては、勝利によって自尊心を満たされる型です。ならば、射るべき馬は命蓮寺の住職か、八坂の神か、博霊の巫女か、その辺りです」
「はい」
「納得して頂けました?」
「はい」
 どうも私の推測は軽率だったらしい。それは解った。しかし、何故青娥が私に接近してきたのかということは、まだ解らない。その他に何か思惑が在るのだろうか?
「私は、ただ蘇我様と仲良くしたいだけ」
「いやそれは嘘」
 疑り深いですわねぇ、と青娥は不満そうに言い、そして笑う。釣られて私も笑う。その嘘は余りにもあからさまで、私みたいな、人の心を見抜くのに長けていない人間にも解る程度のもの。これではまるで……仲の良い友人のような対話だ。
「私は、蘇我様に挑戦したいのですよ」
「挑戦」
「ええ。二つの意味で。……一つは、貴女に愛されることが出来るかどうか。もう一つは、貴女よりも神子様に愛されることができるかどうか」
 開いた口が塞がらない、というか。口を開けるタイミングすら見つけられないくらいに、一息でそんなことを言われてしまった。……私に愛されつつ、更に私を差し置いて太子様に愛されたい、と。そう言ったのか、この邪仙は。
「これまで私が相手にしてきたのは、野心家ばかりでした。それも、あからさまに権力を持っている、或いは己が賢いと誤解しているような男達。それはそれで面白かったのですけれどね。だんだん、飽き足りなくなってきたのです。傲慢にも色々なパターンがあることが解ってきましたし、実は表に出ない傲慢の方がより激しい傲慢であったりするので――それを籠絡するのも、面白いのではないかと思うようになったのです。――ほら、価値観が多様化する時代、でしょう?」
 自分の中の壁を壊しませんとね、といって、青娥は微笑んだ。およそ非の打ち所のない、完璧な笑顔。私が彼女を好きか嫌いか、そんなことを全く考慮させず、ただ美しいという感想を持たせる。感情を戦略に組み込まれた時、抵抗できる人間など居ないのだろうなと、つくづく感じた。彼女に惑わされた人々に、これまでは同情していたけれど、そういう話ですらないのかもしれないと思った。……とはいえ、私は彼女に手を伸ばそうと思うことはない。美しいものを感知した時、私はその存在とそっと距離を置く。沈みゆく夕陽に囚われて、崖に身を躍らせることはない。ただ涙を流して、少し余韻に浸った後、紺色の帰路につくだけだ。
 お互いに、少し喋りすぎたと感じているようだった。それから暫く、お互いにカップに遠慮がちに口をつけるだけの、静かな時間が流れた。私はそういう時間が嫌いではない。共にいる者の存在を、ゆったりと感じていることができるからだ。勿論、嫌いな相手に対してこんなに安らいだ気持ちにはならない。どうやら私は、青娥のことを嫌ってはいないようだった。
「……蘇我様は」
「ん?」 
「自分を信じることには、そんなにも慎重なのに……神子様についていくことに関しては、少しも疑っていませんのね?」
 青娥の表情は、どこか寂しそうに見えた。自信満々の時の青娥に比べて、その表情は、美しくなかった。壮麗な芝居の後の、楽屋を覗いたような気分だった。
「そうだね」
「どうしてですか?」
「……難しいなぁ」
 太子様の魅力的な部分は?と尋ねられるのと同じくらい、面倒な問いだった。後付も捏造も多分できるけど、でもなんだか、今の青娥にそんな風に返したくなかった。
「それがないと、私には何もないから。多分、それだけ」
 青娥は苦笑した。回答としては、どうやら合格だったらしいと感じた。恐らく青娥が求める答えは、私の求めるそれとは180度違うのだろう。だから、私にとっての高嶺の花をいとも簡単に手に入れるし、私にとっての当たり前を、本当に切実に欲しがっているのだ。人間らしい嫉妬を抱える者として、初めて私は青娥を少し身近に思えた。お互い、とっくの昔に人間をやめてしまったというのに。
 青娥と別れ、しばし里をぶらぶらと歩く。ないはずの体が軽く感じたのは、心が軽くなったということに他ならず。私の心の壁を壊すという彼女の試みは、つまりは成功を収めたということなのかもしれない。けれど、彼女の求めているものは、恐らく私の中にはなかったろう。器用に、即座に、強引に、そして愛を持って、あらゆる心の壁を壊すことの出来る彼女でも、未だに探し続けているのだ。壁の向こうにあるはずの、なにものかを。……誰よりもその側に居ながら、未だに彼の人の心に近付きたいと、不器用に藻掻き続ける私にとって、それはとても心強い事実であった。


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どんな壁も抜けてしまえるから、「壁の向こう」が分からないのかもしれない。
こういう青娥けっこう好きです。
50ヶ月前
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