私の知らぬ間に急遽編成されたという帝国聖騎士隊。耳慣れぬ声をした指揮官の弩弓斉射号令。『不落』たる私を前に遅滞なく命令を遂行する弩弓兵。殺意を乗せて飛来する矢弾の群れ。

 なんとも不可思議な光景だ。今この瞬間、世のすべてを敵に回した気さえする。

 一方ゴルトマン陣営は、部下一同が身体を盾にゴルトマンへの射線を遮ろうとしていた。この状況においてそれしか防御策を持ち合わせていないことに対しては言いたいことの一つや二つあるのだが、命を投げ出すことに躊躇いなどないその姿には感心する。おかげで防護魔法の展開も容易に済むというものだ、防衛対象は小さく纏まっている方が都合が良い。

 私の左前腕部に固定装備されている小型の丸盾は、このような緊急時にその性能を如何なく発揮する。盾に魔力を流し込むとその外周から噴き出すように力場が展開され、即席の防護壁となるのだ。魔力流入量によって防御範囲や強度の調整も利く優れものなのだが、過去この用法を兵装管理課に提案したところ「扱える者などいるか」と一蹴されたことがある。


 ともかく、撃ち放たれた矢弾はすべて弾き落とすに至ったわけだが、ここで新たな疑問が二つ浮かんだ。一つは、帝国聖騎士隊が撃ち放った矢弾の中に、防壁解呪用のものが見当たらなかったこと。彼らの裏に件の聖騎士団長さまが本当にいるとすれば、それ相応の装備を手配するはずだ。もう一つは、ゴルトマン陣営の動き。部下たちが身を挺してゴルトマンを守るのはわかる、だがそのゴルトマン自身が、椅子に縛り付けられている偽ゴルトマンをかばうように位置を取り直したように見えたのは、考え過ぎだろうか。

 思考が巡る間に、さらなる号令のもと弩弓斉射が続けて着弾する。これを防ぎ続けるのは容易だが、埒が明かぬと白兵戦を仕掛けられれば、多勢相手かつ多面的な混戦となり対象防衛に隙が生じやすい。ゴルトマンの真意はさておき彼がこの件の重要参考人であることに違いはなく、ここで死なせるわけにはいかないのだ。そこで私は、彼らにこう告げた。

「お前ら、位置はそのままで目と耳を塞げ」
「どうするつもりかね」
「あれを使う」

 私の指さす先には、この廃坑を訪れるにあたり照明魔法として用意した爆炎球が揺らいでいた。正確には、炸裂し続ける爆炎魔法を防護魔法の応用で無理やり球状に押し固めたもので、その封を解けば即座に大爆発させることが可能な代物だ。敵対象との距離が開いている今の状況ならば使わない手はない。照明魔法として振る舞う欺瞞効果にも期待できるため、不意を突いた運用が効果的なのだが、これも過去に魔法開発部から「人としてどうか」と提案を却下されたことがある。

「良いのかね、彼らも同じ聖騎士団なのだろう?」
「知るか。私まで殺そうとするなら等しく殲滅対象だ」

 改めてゴルトマンたちに用意を促す。そして、彼らが目と耳を塞いだことを確認したその時。

「待てーい」

 その声はゴルトマンらの後方から聞こえた。そこには、椅子に縛り付けられこれまで身じろぎ一つしなかった偽ゴルトマンが、相変わらずそのままでいる。

「あくまで無力化にとどめろー、殲滅は許可しない」

 頭に被せられた雑編みの袋越しに聞こえる声は、聖騎士隊指揮官の怒号と矢弾の弾着音に混ざり合い、過去の記憶と合致するものを見出せない。思わず、お前は誰だと口をついて出た。

「俺だよフラァ~ク。敵に容赦する必要はないが、時に行き過ぎるのがお前の悪い癖だ」
「お前は誰だと言っている!」
「まだ分からんか。今回の変装術式はなかなか具合が良いらしいな」

 そう言うと偽ゴルトマンは、拘束された足首から先を器用に動かし、つま先で地面を叩き出した。二回、三回、一回。少しして、二回、三回、一回。そしてまた、二回、三回、一回。割れたランタンの破片によるものか、その都度に引っ搔くような音が混ざり込み、特徴的な動作をいっそう際立たせた。

 ほんの少しの間をおいて、それまでの湧き上がるような昂りと少しの苛立ちを、一つの溜息で吹き散らす。そして、こちらも二回、三回、一回と、つま先で抉るように地を蹴って見せた。緊急時におけるこの簡易識別暗号を、ゴルトマンに成り済ましていたこの男が認識できるのかどうか、それは些末な問題だ。今この瞬間においては、私がそのように返すこと自体が最優先事項となる。


 それが、帝国聖騎士団長の命令だからだ。


「……了解、ではそのように」

 かくして、照明魔法として揺らめき続けてきた爆炎球はついに本懐を遂げることとなる。威力そのものは指向性を持たせて対象外の空間へ、しかし閃光と爆音はそのままに最大限の炸裂を。もちろん自分の耳には防護魔法による簡易耳栓を展開済みではあったが、廃坑内すべてに行き渡ってなお余りあるであろう破滅的な轟音は、全身の皮膚を、骨を、内臓をも叩き、突き抜けていく。当然、こんなものを耳と鼓膜で直接受ければひとたまりもなく、加えてこの薄暗い廃坑内での閃光である。気絶することができなかった者は自分の不運を呪うことだろう。


 誰も死なせない、誰も殺さない。
 それが、どんなに難しいことか。
 しかし時として『不落』には、それが望まれるのだ。


 そう言えば、団長の耳に防護魔法を施すのをうっかり忘れていた。誓って任務受注時の返礼ということではなく、あくまで咄嗟の判断に誤りがあっただけであるが、今のうちに始末書の内容でも考えておくとしよう。





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