• このエントリーをはてなブックマークに追加
【小説】愚図にトリセツは存在しない 第2回~DVDプレイヤーにできること~
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【小説】愚図にトリセツは存在しない 第2回~DVDプレイヤーにできること~

2016-04-09 09:30
     CfLc9iRUUAAqUcI-500x254.jpg
     いつの間にか使っていないポイントカードが貯まっていた。
     整理しようとめくっていたら、そのなかのひとつで手をとめてしまった。
    「なあにぃ、それ」
     キッチンテーブルの上で広げられた個人情報をまじまじ見つめてきた居候を睨む。
    「あんまり見ないで」
    「おお、怖」
     白石いづるが珈琲カップを手に肩をすくめる。
     クリスマスの夜に彼女にふられたといって私の部屋を訪れそれから何日も泊り込んでいる女。
     頭が愚かなので相手を一人に絞れない駄目なレズビアンだ。
    「あ、レンタルの無料券だ」
     悲鳴のように詰る。
    「み、見ないでって言ってるでしょ!」
     一晩だけと念押ししたのに、ずるずるとこの友人は居座っている。
     実家に戻れず、かといって破綻した恋人のもとに戻ったりしたら刺される、などと言うのだ。
     せめて年明けまで置いてほしいと伏して言われては返す言葉もなかった。
     彼女が私をそういう目で見ないこと、つまり彼女独自の視点で私を見ないことを私は知っている。
     幸い彼女も仕事は続けているしその間も食費や光熱費は払うと言うので渋々ながらも了承した。
     次の部屋が見つかるまで居座るつもりではないだろうかという予感はある。
     いや、次の女が見つかるまで、か。
     いずれにしてもあまりに長い間居座られるのは困る。
    「何か借りに行こうよ、佐藤」
    「何かってなあに」
    「無料なんでしょ。なんか映画借りよう」
     カードを取り上げて無邪気に笑う。
    「あ、あのねえ…」
     甘えるなというのだ。
    「そんなことより不動産会社に部屋でも見に行ったらどうなの?」
    「あっ、そうだねえ。部屋も見に行かないとねえ」
     ふふふと笑う。
    「だからついでに、行こう」
     その『だから』はどこにかかるのだろう。
     尋ねる前にも彼女はダウンジャケットを羽織っている。
    「ほら早くう」
     甘えるなというのに。
     けれど私は立ち上がって身支度を始める。
     ため息つきながら。

     ☆

     冴え返る空の真下、凍える夜だ。
     大半の人は街に出ていない。
     それはそうだろう。
     こんな日は家族団らんであたたかいマイホームに引っ込んで老いも若きもひとかたまりになっているものだ。
     大きなマンションの立ち並ぶ薄明るいサーモンのタイルブロックの道を歩く。
     大通りに出ると向こうの商店街の明かりは煌いている。
     駅の方に向かって歩く人たちの姿も見えてきた。
    「みんな除夜の鐘にいくのかなあ」
    「さあ、初詣じゃないの」
     私は適当に答える。
    「佐藤みやびちゃんはさあ」
     真下から覗き込むように問われた。
    「帰らなくて良かったの? 実家。あたし良かったら留守番してるから帰っていいっていったのに」
     突然転がり込んできた居候に遠慮はいらないようなことを言われるとは。
     それはこちらの台詞だというのだ。
    「そちらこそいつでもどうぞお帰りください。言いたくないけど、白石なんかに任せらんないよ」
    「空き巣でもすると思うの?」
    「十中八九、女を連れ込む」
     前を歩いていた白石は歩みをとめた。
     振り向いて笑うのかと思った。
    「…そっかあ、信頼ないなあ」
     何なのだろう、その反応は。
     どうせならごまかして笑えばいいのに。
     残念だ、というように。
    「信頼得られると思う方がどうかしてる」
    「うん」
     思ってない、と彼女は言った。
     DVDレンタルの店はアーケードの半ばにある。
     夜をも覆うその人工の空間にはいると飲食店がぽつぽつとまだ営業していて窓の向こうには寒さを凌ぐ人たちがいる。
     私は何故か急いた心地になった。
    「白石は何見たいの?」
    「うーん…」
     大晦日だしなあ、とつぶやいた。
    「大晦日って何を見たらいいんだろうね? みやびちゃん」
    「みやびちゃんって呼ばないで」
     名前だけで呼び捨てにされるのは抵抗がある。
    「何がふさわしいかなんて知らない」
     気が合うねと言って腕を組んできたので私は小突いて店に入った。
     待ってようと背後から声が追いかけてきた。
     そうだ世間は折しも大晦日。
     年の瀬の。
     一年の閉じる日に、どうしてこの女といるんだろう。
     ふたりで。

     ☆

     恋とSFとミステリーとアクションと現代ドラマ。
     アニメーション、時代劇、ミュージカル、ドキュメンタリー。
     俳優ごと、作品ごと、アカデミー賞、インディーズ。
     映画のタイトルのカテゴライズには頭が下がる。目が回る。
     白昼を模したような眩しく安価なライトの下で、棚のタイトルに視線を定めて虚構に寄り添う。
     探しているときから映画鑑賞は始まっている感じがする。
    「何がいいかねえ」
     白石がめげずに腕を組んでくる。
     私はめんどうくさくなって突き放さずにそのままでいた。
     彼女はレズだが私に対して催さないと宣言した以上はそうなのだろうから、いちいちスキンシップに過剰に反応するのは馬鹿げている。というよりも慣れてきた。
    「こういうのって普段はあれ見たいとか考えてるやつあるんだけどさ、店にくると忘れちゃうよねえ」
    「何でもいいから早く決めて」
    「佐藤は?」
     見たいものが特にない。
     そう告げると薄く笑った。
    「えーっ。そんなこと言われたら本当に好きなやつにしちゃうよ」
    「えっちなのは冗談でもやめてね」
    「冗談で持ってこようと思ったのに」
     鬱陶しいからやめてくれ。
    「ほんとに何でもいいの?」
     頷いたら白石はやけに真剣に選びはじめた。
     本当に時間をかけてゆっくりと。
     その無心な横顔を見ているうちに思い出した。
     とても大切なことを。
    「…佐藤、谷崎潤一郎原作と岩井俊二監督のどっちがいい?」
     女二人が絡み合う映画と少女二人が睦まじい映画を両手に持ってそんなことを問いかけてくる。
     大変生き生きとしているところ、申し訳なく感じながらこう返す。
    「ごめん、大切なことを忘れてた」
    「えっ? やっぱりなんか見たいのあった? ディズニーのダブルヒロインの映画のがよかった?」
     それは何でもいいのだ。勝手にしてくれ。
    「そうじゃなくて、あのー…」
     うちってDVDプレイヤーあったか思い出せない、と告げる。
     このときの白石の顔はその後何度思い出しても笑えるものになった。

     ☆

    「いやー、探せばあると思うんだよね…」
    「出てこないじゃん…」
    「高校のときに部屋で使ってたやつをさ。持ってきてたと思うんだよね…」
    「見つからないじゃん…」
     私は咳払いする。
     部屋の真ん中に据えたコタツにあたりながらも白石は借りてきたDVDのケースをぱたぱたいじりながら拗ねきっている。
     多分、恐らく、あるにはあるのだ。
     その所在が思い出せないだけで。
     クローゼットの中のダンボールを引き出して開いていっても出てこない。
     普段はパソコンで視聴するのでDVDプレイヤーを利用する必要がなかったのだ。
     けれど二人で眺めるにはパソコンのモニターは小さいし、第一コタツにあたって視聴するにはわざわざデスクトップごとこちらの部屋に移動させなければならない。
    それでもあるかないかわからないプレイヤーを探すよりは移動させた方が早い。
     そう告げると、それは邪道だと白石はごねた。
     大晦日にはテレビのモニターを家族と囲むものだと主張した。
     いつから家族になったんだ。
     とにかく如何様にも視聴できないわけではないだろうと、借りるだけは借りてきたのだが。
    「ちょっとはあんたも探すの手伝ってくれていいのよ」
     私はさすがに腰に手をあてて訴えた。
     むっとして白石は顔をあげる。
    「こないだクローゼットんなか開けようとしたらすごい怒ったじゃんかあ」
    「それはあなたが酔ってふざけていたからでしょ! ほら、そっちの箱から開いて」
    「えー…」
     渋々白石はコタツを抜け出て、ダンボールに手をつけた。
     黙々と探していて五分ほど経てからだと思う。
     迂闊だったのだ。
     探し物に専心して手伝わせるべきではなかった。
    「あっ」
     白石が声をあげた。
    「あったー?」
     そちらを見ずに問いかけたが返事がない。
     おかしいな、と感じて振り向くと白石はじっと一冊のアルバムを開いて眺めていた。
    「これ中学のときの佐藤? すごいかわいいねえ。これ体育のときの? こんときからスタイルよかったんだね。おっぱいも発育が」
     私はアルバムを奴の手からひったくると、そのまま横っ面を張った。

     ☆

    「訴えてもいいと思うんだよね、暴行罪で…」
     赤くなった頬を冷えピタで冷やしながら白石はコタツに大半の体を埋めてもう床に伏した何かの生き物と化している。
    「あんたが悪いんでしょ!」
    「手伝えって言ったのみやびちゃんじゃない」
    「下の名前にちゃん付けしないでって言ってるでしょ。手伝えとは言ったけどプライバシーに干渉しろとは言ってない!」
    「へいへい…もう年が明けちゃうよー」
    「うー…何でこんなことに…」
     時間は23時を少しまわろうとしていた。
    「もういいからさあ、ごはん食べる? お蕎麦食べないと。準備するよ」
    「うー…」
     もう既に映画はどうでもいい心持になっていたのだが、探しているものが見つからないのが気持ち悪くて私は唸った。
    ろくな返事をしないでごそごそやっているうちに、白石は再びコタツから出て台所へ入った。
     近頃では掃除やら料理やら簡単な家事は勝手に行うようになりつつあった。
    物の配置も彼女はほとんど把握していて、私が遅いときは頼んでもいないのに夕飯を作って待っていることもある。しかしそれくらいは当然の所作だと思う。家賃も食費も私は請求していないのだ。実は白石はそれを渡そうとしてくることがあるのだが、受け取ってしまうと本当に住み着かれてしまいそうで私は拒み続けている。
    「ほらっ。ちょっと食べて休みなよ。海老さんがのってるよー」
     蕎麦を沸騰したお湯で茹でてあらかじめ準備してあった具をのせただけなので、本当にさっさとできあがって運ばれてきた。
     さすがに食欲には逆らえない。
    「んー」
     仕方ない。休むか。
     振り向こうとして探していた場所から目をそらしたところ、ふと思い出した。
    「あった」
     私がつぶやく。
    「へ?」
     白石がこちらを見る。
     台所から踏み台を持ち出してきて、私はクローゼットの手前に置いて一番上の吊り棚の上の箱のひとつを引っ張り出した。
    「そ。そんなとこにあったの?」
    「うう…忘れてた、ごめん。あまりに使わないから…もっと大事に奥にしまってると思ってた」
    「いや、謝らないでいいよ…私こそごめん、なんか…わがままばっかで」
     白石が珍しく謝ったので、それこそ青天の霹靂だ。

     ☆

     AVOXのスモールサイズのプレーヤー。
     このメーカーはどちらかというとポータブルタイプのプレイヤーを得意としているところだけれど。
     ADS-300V。
     コードでつないで銀の円盤をトレイにはめると奥に飲み込んで明るい光をテレビに映し出す。
     結局、白石はどれにしていいかわからないと言い出してハリウッドの全米が泣き出すやつを借りてきた。
     二人で着座してようやく蕎麦に手をつける。
    「…おいしいね」
     と、彼女は言った。
    「うん…あったかいね」
     と、私は返した。
     私たちはそれとなく背後のダンボールの山を見つめる。
    「…片付けるのめんどくさいね」
     と、彼女。
    「うん…」
     と、私。
     普通師走には物を片付けるものなのだ。
     散らかしてどうする。
     しかも、大晦日にだ。
     もう一時間と経たないうちに新年がきてしまう。
     モニターに壮大なファンファーレと映画配給会社のロゴが映える。
    「今思い出したけれどさ、このプレイヤー、私が高校にあがって初めてしたバイトで買ったやつなの」
    「あ、そうなんだ?」
    「そう…部屋にテレビはあったんだけど、映画やら居間で録画したやつを一人で見たくて…だからこんなに小さいやつなのよね。最近はパソコンで見てたから…」
     私は立って台所で氷水をたくさんつくって持ってきた。グラスをひとつ、白石に渡す。
    「それで小さいんだ? この機械。これじゃあ見つからないね…」
     フォローのつもりか、白石がそう言う。
    「でもよかったよね。パソコンよりDVDのが画質がいいよ、やっぱり。それがDVDプレーヤーにできることでしょう」
     妙に殊勝だなと私は思った。
    「別にあんたの好きなのでもよかったのに。白石」
    そう言うと、白石は何だかにやけやがった。
    「…もう、充分だよお」
     何がだ。
    「だって、佐藤はさ…紅白見たかったんじゃない? 本当は」
    そんなことを言う。
     別に、と私は返した。
     この友人が、男女の恋愛をメインとする連続ドラマや、芸能人のそういうスキャンダラスなニュースが映るとものすごく拒絶を示すのを私は見ていて。
     そういうのが苦手だということはもうわかっていた。
     だから、紅白などと名付けられた番組がいやなんだろうなということは理解されていた。
     けれどだからといって今日のことが私の配慮だと思い込むのは自惚れだ。穿ちすぎだ。
    「いや、全然そんなことない」
     私はきっぱりそう言った。
    「ほんとに全然興味ないの、歌とか音楽とか。バラエティも。家を出てからは紅白見てない」
    「えっ…」
    「あんたのためじゃないからご安心ください」
    「むしろ残念」
     あんたねえ、と私はぼやいた。
     彼女は笑った。
     眠って起きたら片付けなくちゃね。
     テレビの中では主人公の乗った車が勢いを増して、そろそろタイムスリップしようとしているところ。
    「新しい年を迎えようというのに過去に戻るの借りちゃったねえ」
    「あんたの選んだ映画でしょ」
    「いやあ、そうだけどさ。ちょっと今探している間に確かに佐藤の過去を見てたから、それもタイムスリップだったなあと思って」
    そういうことを言うのはやめてほしいと思う。
     確かに高校のときの私は将来的に白石とここまでずるずる腐れ縁が続くと思っていなかっただろう。
     去年の私も。
     こうして誰かと一緒に地球がだいたい一周するのを見届けるとは感じていなかっただろう。
     遠くからの長引く清らかな除夜の鐘。
     煩悩の数。
     食べたらくたくたと疲れが出てきて、私たちはだらしなくこたつの向かい合わせで寝そべって画面を見ていた。
     あけましておめでとうございます、と彼女がつぶやいた。
     おめでとうございます。
     私は返した。
     お互いほとんど眠りに落ちるようにして。

    『愚図にトリセツは存在しない』第一回目はこちらから読めます。
    http://getnews.jp/archives/1438967 [リンク]

    KADOKAWA×はてなの『カクヨム』でも掲載しています。
    愚図にトリセツは存在しない 
    https://kakuyomu.jp/works/4852201425154874061 [リンク]

    登場家電のメーカー様:AVOX 株式会社CSME
    http://www.c-mex.co.jp/index.php[リンク]

    ―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
    (執筆者: 小雨) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

    RSSブログ情報:http://getnews.jp/archives/1442441
    コメントを書く
    コメントをするにはログインして下さい。