「凍てついた女」第四章 ガネーシャ作
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「凍てついた女」第四章 ガネーシャ作

2016-01-13 09:34




    「凍てついた女」第四章


    ひとよひとよにひとみごろ
    ひとなみにおごれや
    ふじさんろくおーむなく

    「身一つ世一つ生くに無意味,曰く泣く身に宮城に,虫さんざん闇に泣くっ!」

    寂しさを紛らわせるためか、何かを呟きながら
    誰もいない朝の雪道をかもこは歩いている。

    「ふぅ・・・。この道も何度歩いたことか・・・。」

    少し余所行きの洋服を着て
    ショールの暖かさに縋るように、慎重な足取りのかもこ。

    「たしか、この辺りだったと思うんだけど・・・。」

    今日は何年かぶりに帰国した、ピアニストの友人に会う予定だ。
    どんな土産話が聴けるか、数日前から心待ちにしていた。

    着いた老舗ホテルのラウンジは、暖かくて人もまばらで
    心地よいクラシックが流れていた。

    キョロキョロしながらラウンジを見渡してるかもこ。


    「かもこちゃん!」

    見知らぬ女に声をかけられたかもこは、少し驚いた。

    「えっ?り、りぃちゃん???」

    地味でおとなしい雰囲気だったはずの友人は、
    華やかな口紅の色でそこに微笑んでいた。

    「え~!ひさしぶり~、元気だったぁ~?」

    驚きを隠しながら笑顔で、りぃの正面に滑るように座る。

    「元気元気ぃ~、かもこちゃんも元気そうね!」

    笑顔ながらも、りぃの見慣れない華やかな口元から目が離せないでいるかもこ。

    急に海外に留学すると言って渡米した友人は、ピアニストとして成功し
    華やかでワールドワイドな音楽活動をしている。
    紆余曲折もあったが、今では日系の有名DJ "J-dino”の妻である。

    「それはそうと、結婚おめでとう!旦那様は一緒に帰国されてるの?」

    「ありがとう!彼も一緒なんだけど、彼は仕事があるから別行動なの。」
    微笑みながら幸せそうに紅茶を飲むりぃ。

    「素敵な旦那様よね~。あ、私も同じものを。」

    りぃのティーカップを持つ手にある指輪に目を奪われながら
    温かい物を注文するかもこ。

    「ね、ね。それ、結婚指輪?」

    石のキラメキに心が躍り、遠慮なく訊いてしまう。

    「そうなの、素敵でしょ?w」

    りぃは手を広げて、いつくしむように手をさする。

    手入れされた、長く美しい指。
    この指が、美しい音を奏でるのだ。

    シンプルながらも大粒のダイヤモンドが光っている。

    「さすが有名DJね。お高そうw」

    「綺麗なんだけど、演奏の時は外しちゃうから宝の持ち腐れなのよね。」

    キリッ
    何故だか、その言葉を聴いたとたん、かもこの心臓が音を立てた。

    テーブルに置かれたティーカップを両手で包み、
    冷たくなった手を暖めながら、少し言葉を失うかもこ。

    ハッとして言葉を続ける。

    「そうなんだ~。綺麗ねぇ~。」

    急に、ささくれた指と自分で買ったシルバーの指輪が恥ずかしく思えた。

    「それはそうと、かもこちゃんはどうなの?彼との仲はうまくいってる?」

    ドキッとしたが、かもこはポーカーフェイスが得意である。

    「あ~うんうん。やさしいし毎日楽しいよ~。」
    とっさに嘘をついた。

    渡米する前までは、りぃはかもこの良き相談相手だった。

    「かもこちゃん知ってる?かもこちゃんが嘘つくときって眉が上がるのよ。」

    すっと目を細めてりぃが言った。

    耳を赤くして黙り込むかもこ。

    「でも、幸せならいいわ。お互い、もう大人だもんね。」

    「大丈夫、大丈夫。本当に幸せだから、私(笑)」

    また嘘をつくかもこ。

    眉が上がってないかを気にしながら、紅茶を飲む。


    「ね、今回はどのくらい居られるの?」
    居心地の悪さを払拭したい気持ちで、かこもが言った。

    「ん~、こちらのプロダクションとの打ち合わせだけだから、2,3日なの。」
    「ディノさんを置いて、先に帰っちゃう(笑)」

    昔のように無邪気に笑う、りぃの笑顔が気に障る。

    あれ・・・? 気に障る・・・?

    自分の中に芽生えた黒い気持ちに驚くかもこ。

    暖まった指先がまた冷えていく感覚に襲われた。

    私は・・・。
    私は・・・いったい・・・。


    グワングワンと、まるで沢山の立方体のような空気に囲まれて
    四方八方に揺り動かされているかのようだ。

    カタ~ン!カラカラカラ・・・。
    「失礼しました。」

    ウェイターが、トレイを落とした音でハッとした。

    音の方向から目を戻して目が合う二人。

    でもかもこは、下腹のズシンとした黒い気持ちを
    払拭することはできなかったようだ。

    「私、ちょっと・・・。」
    スッと席を立ちあがる。

    「どうしたの?かもこちゃん。」

    「あ、ごめんね。ト・・・ちょっとパウダールーム。」

    悟られないように、ゆっくりと歩く。

    そのパウダールームは、ラウンジを出た奥にあった。

    そっと鏡の前にうつむいて佇む。
    しばらくは、そのまま動けないでいた。

    その間に、先客の行き来が数人名あったが、
    かもこに視線をやっては、不思議そうな顔をして去っていった。

    意を決したように顔を上げて、鏡を見つめるかもこ。

    かもこの黒目はキュッと締まっていて、瞳の奥には強い光があった。

    ジッと自身を見つめる。

    ポーチから点眼薬を取り出し、姿勢の良いまま上を向き
    差し落とす。

    モーヴ系のルージュの上に、重ねて赤みを足す。

    呼吸を整えて、すっとまた鏡を見つめ直すかもこ・・・。

    このようなかもこの表情は、どこかで見た気がする。
    そうだ。地下室で有路に見せた、あの眼差しである。

    何かを仕留めようとする時の、あの眼だ。

    かもこは、手を洗う。
    ソープを少し付けてから、時間をかけてゆっくりと・・・。

    まるで森山開次の「ユニセフ・世界手洗いダンス」のように。

    決して潔癖症ではない。
    これまでの人生で必要ではなかった、何かを洗い流すかのごとく
    儀式の様にも思える。

    ビシュ~ッ

    ジェットタオルの音が響く。

    両手に目をやり、フッと笑みを浮かべてパウダールームを後にする。

    ラウンジは、先ほどよりも人が増え
    ウェイター達が、あわただしくも静かに動いている。

    りぃの後ろを通り過ぎ、スッと静かに席に着くかもこ。

    「かもこちゃんおかえりぃ~。」
    無邪気に声をかける りぃ。

    その無邪気な声を聴いて、一気に血が昇ったかもこは
    りぃをあの眼で威嚇するように睨み付けた。

    ・・・。
    固まった表情で呆然としてしまうかもこ。

    客の会食の音に混じって、サラ・ヴォーンの声でMistyが静かに流れている。

    言葉と怒りを一瞬にして失ったかもこの目に写ったのは・・・。

    りぃの大粒の涙だった。

    笑顔で涙をポロポロと落とす・・・りぃ。

    ハッとして、蘇生術で息を吹き返した人のように、ヒュッと息を吸い込んだかもこ。


    えっ?りぃちゃん???どうしたの?

    阿修羅像のように、憤怒の表情から一転して驚きの表情になってしまった。


    りぃは涙を拭きながら、華やかな口元で静かに語り始めた。

    「さっき私ね、かもこちゃんの触れられたくない痛い部分にワザと触れてみたの。」
    「きっと、怒っちゃうって思ってた・・・。」

    ゆっくりと、しっかりかもこを見据える。

    「でもね、かもこちゃん。」
    「かもこちゃんが本当に怒らなきゃいけなのは、私にではないと思うの。」

    「私、何か悪いことした?言った?」
    「しても、言ってもないよね?」

    「むしろ、かもこちゃんのことを誰よりも心配してる。」

    ギュッと唇を噛みしめて眉を顰める。

    「なのに・・・。なんで私に怒っちゃったんだと思う?」

    りぃのシッカリとした眼差しが辛かった。
    俯いてしまったまま、かもこの口が音を立てずに少し動いた。


    「ごめんなさい・・・。」


    スッと視線を落として、落ちついた声でゆっくり
    りぃは、かもこを見つめ直した。

    「かもこちゃん、私、変わったように見えるでしょ?」

    深いため息をつく・・・。

    「でもね、全然変わってないのよ。」

    「J-dinoさんは今、女の所にいるのよ・・・。」

    驚いて顔を上げるかもこ。

    「え?でもすごい華やかになったし、先月号のコスモポリタンのインタビューでも
    とても幸せって言ってた・・・。」

    りぃは、スッとタバコを取り出して高そうなライターで火をつけた。
    以前は、タバコなんて吸ってなかったはずだ。

    「りぃちゃん・・・タバコ・・・。」

    「あ、ごめんね。吸ってもいい? 訊くの遅いよね(笑)」

    笑いながら、細く煙を吐き出す。

    「人前に出る人って、人様に自分の闇は見せてちゃいけないのよ。かもこちゃん。」

    りぃのウォータープルーフのマスカラが光っている。

    「かもこちゃんが怒っちゃったのって、きっと私への嫉妬からだと思うの。」

    真っ赤になり、驚きと羞恥で言葉を無くしたかもこ。
    この期に及んでも平然さを装ってはいるが、背中で汗をかいている。

    「あなたが本当に幸せだって言うなら、私に嫉妬なんかするはずが無いの。」


    見透かされていた。

    いつもかもこが言ってあげないと、何も言えなかったりぃ。
    「私はいいから・・・。」が口癖だったりぃ。

    りぃは強くなった。
    それに比べて私は・・・。強いと思っていたのは、ただの虚栄にすぎなかった。

    「かもこちゃんは、自分はこれでいいって思ってるかもしれないけど
    周りの人、かもこちゃんを愛してる人たちのことも考えてみて?」

    「かもこちゃんが幸せになること 楽しむことが、周りの人の幸せでもあるのよ。」

    母の顔が浮かんだ。父の顔が浮かんだ。そして駄犬ではあるが2匹の犬たち。
    頼りない笑顔の翔平。いつもやさしい同僚の義人。
    ウサギのスリッパのエンドラママ。

    少し暖かい気持ちになったかもこ。
    エンドラのスリッパを思い出しただけでも、笑顔になれる。

    そう、以前は周りを笑顔にしていたはずだったかもこ。
    いつの間にか、人の顔色ばかりを気にするように・・・。

    「まずは、与えるのよ。かもこちゃん。」
    「でもね、与えた人が必ず返してくれるとは限らないの。」

    「何も返してくれない人には、もう与えるのを止めるのよ。」
    「止めた分を与えてくれる人に返すようにするの。
    そうしたらもっともっと充実したものになるはず。」

    「返してくれない人はまだしも、
    与えても後ろ足で砂をかけてくる人にでもあげちゃうじゃない?かもこちゃんって。」

    「それがかもこちゃんが幸せになれない理由だと思う。」

    かもこは息をのんだ。

    私は、ただの痰壺だった。

    利用はされる。
    時に必要とされ吐き出してくるが、誰もかもこに気を配ったりはしない。
    時には、嫌悪の眼で見てくる人間もいる。

    「かもこちゃんも、お人よしだからね~(笑)」

    クスッと笑って紅茶を飲む。

    「かもこちゃん、私はね~もう止めてしまったの。」
    「与えてくれる人だけにお返しするようになったの。」

    「幸せを与えてくれる人、暖かい気持ちにさせてくれる人。」
    「そんな人には、無条件で犠牲にでもなるわ。」

    そう言ってりぃは、ギュッと眉間にしわを寄せる。

    「ただし、その逆の場合は容赦しないわ・・・。」

    悪意に満ちたりぃの表情にゾッとした。

    「私ね、ロスの自宅に銃を持ってるの。」

    かもこは、紅茶を飲もうとして持ち上げたカップを
    思わず下ろしてしまった。

    「弾はね、一個だけ最初に、シリンダーの最後に入れたの。」

    りぃの顔から笑みが消え、能面のようになった。

    「あの人・・・。ディノさんが私に嫌な思いをさせるたび・・・。」

    かもこは、ゴクリを唾を飲みこんだ。

    「彼がね、寝てる間に。」
    「トリガーを一回引くの・・・。」

    かもこは、背中が冷たくなった。
    何も言えない。

    パッと笑顔になってりぃはお道化たように言う。

    「もうあと2回よ、かもこちゃん(笑)」

    かもこは、何も言えず黙ったままりぃを見つめている。
    言葉が見つからない。どうしたらいいんだろう。

    「かもこちゃん。ここ、笑うところよ(笑)」

    かもこの顔の前で手を振って、声を出してりぃは笑い転げた。
    いつもの りぃだ。

    近くのテーブルに座っていた、若くて見た目の良い白人男性が
    スッと立ち上がり、りぃに耳打ちした。

    「かもこちゃんごめんね。そろそろ私、打ち合わせに行かなきゃ。」

    両手を合わせてお道化ているりぃに、やさしい眼差しで微笑んでいる男性。

    「彼ね、私の向こうでのマネージャーなのよ。」

    そっと、りぃの肩を愛しむようになでる。

    その様子からかもこは、色々と悟って一瞬目を丸くしたが、
    気を取り直し微笑み返した。

    「あ~、やっとかもこちゃんと話せてよかったわ~。
    またいつになるか解んないけど、ゆっくり話せたらいいね。」

    「私も幸せどんどん掴んでいくから、かもこちゃんも・・・ね!」

    テーブルの伝票を取ってりぃは立ち上がった。
    そしてかもこも立ち上がり、二人は歩み寄った。

    両手を握り合う二人。

    「これ、かもこちゃんの幸せの為に使って。」

    何かを手の中にしっかり握らせるりぃ。

    「私が見えなくなるまで、絶対見ちゃダメよ?」

    そう言ってハグをする。

    ギュッと抱きしめられて、少し恥ずかしげに周りを気にしてしまうかもこ。

    「じゃ、またねかもこちゃん。」

    手を振って、足早に去っていく。

    マネージャーと流暢な英語で話しながら去って行くりぃを
    かもこは、幸せそうな眼差しで見守るように見ている。

    りぃが見えなくなってから椅子に座ったかもこは、フッとため息をついた。
    しばらく微笑みながらも、自分の感情の移り変わりに疲れたのかじっとしている。

    手に握ぎっている、手触りのいい上質のシルクのハンカチーフを見つめながら
    かもこは呟いた。

    「でも、これだけ嫉妬ができるってことは・・・。
    私もまだまだ諦めてないって証拠なのかもね。」

    クスッと笑って、握ったハンカチーフを広げる。

    コロンと何かが転がり落ちた。

    「あれっ?えっ?」

    かもこの手の中で輝いているのは、りぃが付けていたダイヤモンドの指輪だった。

    慌てたように驚いて立ち上がり、ラウンジの入り口を見る。

    ・・・。


    「きっとそんな悩みなんて、数十万もあれば簡単に片付くものなのよ。」


    心拍数の上がったまま立ち尽くすかもこの耳に
    エンドラのハスキーな声が聴こえたような気がした。


    「凍てついた女」第四章 完


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