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記事 19件
  • 次回nico生『激論! 巌流島魂』#6はテレビ局が必ずやる「演出会議」を公開で行います!

    2016-02-15 07:31  

    2月18日(木)、21:00~22:30『巌流島チャンネル』にて「公開・演出会議」生放送

    毎月、第1、第3木曜日21:00~22:30までnico生で生放送している『巌流島チャンネル』の『激論!  巌流島魂』。#6の次回の放送は、2月18日(木)21:00~22:30までですが、今回のテーマはズバリ「公開・演出会議」をお届けします。この演出会議はどういうものかというと、もちろん大会当日のイベント演出も含みますが、一番やりたいことはテレビ局が格闘技イベントの前に必ず行っている「演出会議」を公開で行い、皆さんにもぜひ参加してもらおうというわけです。
    これはどういうことかというと、フジテレビやTBSなどのテレビ局の例で説明してみましょう。テレビ局では格闘技イベントが開かれる前に、必ず「演出会議」というものを開きます。そこで行われることは、試合ごとにファンが見やすいように「目線」をつけることで
  • グレイシーが衝撃だったのは、どいつもこいつも全員無知だったからだ!

    2016-02-12 13:30  

    今週のお題…………「なぜグレイシー柔術は衝撃を与えたのか?」 文◎ターザン山本(元『週刊プロレス』編集長)……………金曜日担当 なぜグレイシーは衝撃を与えたのか?  だって?  その答えは簡単さ。格闘家も我々も総合というか他流試合に関して完全に無知だったからだ。
    流派とかジャンルが違うものが闘ったらどうなるのか?  それについて全く何もわかっていなかった。みんな己が強いものだと思い込んでいた。その幻想をグレイシーはことごとく破壊した。UFCがアメリカで立ち上げた時、それが一体どういうものか?  理解していなかったのだ。
    空手、大道塾の市原海樹。太平洋を渡って果敢にUFCに乗り込んだ。おそらく本人は自信があったのだろう。ところが結果はあっけなくボイス・グレイシーの前に敗れてしまう。その時のショックか彼はその後、表舞台から消えた。
    和術慧舟會の西良典。西選手はヒクソン・グレイシーと初めて闘
  • パンクラスとUFCの出現で、時代は「活字プロレス」から「シュート活字」へ

    2016-02-10 12:00  
    今週のお題…………「なぜグレイシー柔術は衝撃を与えたのか?」 文◎田中正志(『週刊ファイト』編集長)…………水曜日担当


    なぜグレイシー柔術は黒船だったのか~答えは簡単、ガチンコだったからだ。1993年シュート革命元年、K-1、パンクラス、UFCが期せずして同年に始動を始めたことが歴史の宿命、必然の流れだったとあと出しジャンケンの総括が認められることになるが、当時はとにかく様々な意味で驚きだったことを書き残す必要があろう。
     筆者は当時、ニューヨーク在住。この連載内でも少し触れたが、米国のプロレスは1984年からローカルテリトリー時代を卒業してWWEが全国制覇を成し遂げたが、おかげで月一回開催だったMSGでの定期戦興行が消滅、また団体が「公式マガジン」を自前で編集・発行するようになって、リングサイド撮影から締め出されてしまった。昼間のお仕事が忙しいことが理由にせよ、バイト待遇で記者仕事を
  • 柔道創始者・嘉納治五郎も、グレイシー柔術を見たら頭を抱えるはずである!

    2016-02-09 12:00  
    今週のお題…………「なぜグレイシー柔術は衝撃だったのか?」

    文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)……………火曜日担当



    グレイシーの名が日本に伝わったのは1994年の第1回UFC以後だろう。金網の中で素手で殴りあうその残酷なルールの衝撃性と共に、痩せたホイスが優勝した驚き。確か格闘技マスコミは、皆この大会を表紙にし、特集にしていた。
    もちろん、私の雑誌を除いて。私はそんなことより、下突きの打ち方に興味があったので、確か大山倍達の下突きの写真を表紙にしていた。
    翌年、大道塾の市原がこの大会に挑み、ホイスに敗れたが、それも当初から私が予見した通りだ。私はこのルールでは打撃が不利なので勝てない。しかし、寝技の得意な柔道家ならホイスには勝てる、と記事に書いたが、後半の予想も後年、吉田対ホイス戦で証明された。
    私もある意味、アルティメット大会には衝撃を受けたが、それはこんな大会
  • 私にとってグレイシーが一番衝撃的だったのは、それが「失われた日本人」だったことです!

    2016-02-08 12:00  
    今週のお題…………「なぜグレイシー柔術は衝撃を与えたか?」文◎谷川貞治(巌流島・事務局)……………月曜日担当


    2月の『巌流島チャンネル』のブロマガは、過去の格闘技ブームの成功例を振り返りながら、格闘技界の未来を考える月間です。先週のお題は「なぜK-1は成功したのか?」でしたが、早くも様々な反響をいただき、お礼を申し上げます。引き続き今週のお題は、「グレイシー柔術はなぜ衝撃を与えたか?」です。K-1の誕生と同じ年の1993年。突如、地球の裏側ブラジルから現れたグレイシー柔術。その存在意義をそれぞれの論客に振り返ってもらいます。
    1993年。K-1やパンクラスが誕生した年。突如、アメリカ・コロラド州デンバーで、UFCという何でも有りの大会が行われました。当時、『格闘技通信』の編集長だった私は、何かの勘が働いたんでしょうか?  取材要請が来たわけでもなく、本当に開かれるかどうかも分からない大
  • K-1の成功? そんなもん石井館長の野心、野望に決まっている

    2016-02-05 15:20  
    今週のお題…………「なぜK-1は成功したのか?」
    文◎ターザン山本(元『週刊プロレス』編集長)……………金曜日担当



    Kー1の成功? そんなもん決まっているじゃないか。 全ては石井館長の野心、野望さ。それ以外に何があると言うのだ。あの人の執念、怨念だよ。それって大事なことだよ。だって自分に絶対的な自信がないと出来ない。館長は自信の塊だった。間違いないよ。じゃあ、何に対しての怨念、執念なの? プロレスだよ。プロレス。
     
    格闘技側の人には俺たちは真剣勝負をやっているのに、なぜプロレスはあんなに人気があるの? プロレスは真剣勝負じゃないだろ? そのジレンマ、腹立たしさが溜まりに溜まっていた。それが格闘家の共通した思い。しかもA・猪木は異種格闘技戦をやってプロレスラーの強さを次々と証明して来た。さらなる苛立ち。これはアタマにくるよな。ただプロレスはあくまで興行。格闘技は純然たる競技。この違い
  • 猪木・新間コンビのIWGP構想をまさにシュート革命と共に実現したK-1

    2016-02-03 12:00  
    今週のお題…………「なぜK-1は成功したのか?」
    文◎田中正志(『週刊ファイト』編集長)…………水曜日担当

     
     石井和義館長率いる正道会館は、リアルファイトであることを強調するために、あえてキックボクシングの名称を封印、「K‐1という新しいスポーツなんだ」とフジテレビに売り込み、成功を収めた。沢村忠らの活躍で一時ブームとなったキックボクシングには、プロレス同様世間から「競技」と認められたことはなかった。実際、必殺の“真空飛びヒザ蹴り”でタイ人選手がマットに沈められる直前にはセコンドから合図のサインが出ていた。こうした「八百長」のレッテルを払拭するためにも、あえてキックと呼ばずにK-1とネーミングされたのである。ここに、K-1がなぜ成功したかの原点がある。
     また、石井館長は当時、前田日明率いるリングスと提携。プロ興行をどうプロデュースしていくのか、内部からじっくり観察してノウハウを吸収
  • K-1誕生の1年前に、K-1ルールの大会が開かれていたことをキミは知っているか!?

    2016-02-02 12:00  
    今週のお題…………「なぜK-1は成功したのか?」

    文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)……………火曜日担当



    K-1というルールを採用し、リングの上で空手家たちがグローブ着用で高額の賞金を奪い合うワンデー・トーナメント。そんな大会が、92年1月12日、綾瀬の東京武道館で開催された。
    写真は、93年1月31日に行われた第2回の大会で、私が制作したパンフだが、その扉に書かれたK-1ルールの説明には、「K-1とは、今日考え得るカラテルールの中で、最も制約が少なく、最も打撃の発展を促進させる、グローブを着用することによって初めて可能になった、完全フルコンタクトスタイルの空手ルールをいう」と明記されている。
    石井館長のk-1は、93年4月からだが、その1年以上前に、新空手の神村栄一代表は、K-1ルールのトーワ杯カラテジャパントーナメントと言う、空手界に衝撃を与える大会を開催して
  • K-1がイメージした3大仮想敵。成功の鍵はキックボクシングに見せなかったこと!

    2016-02-01 12:00  
    今週のお題…………「なぜ、K-1は成功したのか?」文◎谷川貞治(巌流島・事務局)……………月曜日担当


    『巌流島』はご存知のとおり、格闘技の復興を目指して作られた新しいコンテンツです。では、この『巌流島』プロジェクトを成功させるには、何が必要なのか? 今月のお題は、 この20年間で成功した格闘技コンテンツである「K-1」「PRIDE」「UFC」から、その秘密を探ってみたいと思います。まず、今週のお題は「K-1はなぜ成功したのか?」について。それぞれの立場で感じたことを書いてもらいます。
    まず、月曜日の担当である私から。私の場合、K-1については始まる前から石井館長とパートナーのようにやってきましたし、フジテレビも初めから会議に参加してK-1を盛り上げるために心血を注いできました。2000年代に入ると、石井館長の脱税事件により、プロデューサーを担うことにもなりました。その意味で、私にとって