• このエントリーをはてなブックマークに追加
「私がシビれた異種格闘技戦とは?」 実は、武術の構造を理論しないと回答不能の難問なのである。
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

「私がシビれた異種格闘技戦とは?」 実は、武術の構造を理論しないと回答不能の難問なのである。

2016-01-05 17:25
  • 1
今週のお題…………「私がシビれた異種格闘技戦

7819e23b56c0346c8d2d53fc80e5361a4fcd8c81
文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)………火曜日担当(本当は水曜日担当)


 
異種格闘技戦と一言で言っても、実は非常に定義が難しい。まず、プロレスのリングで行われた異種格闘技戦は、問題外にするとしても、これまで公衆の面前で行われた異種格闘技戦があったかと言うと記憶にない。

無論、一つの格闘技をバックボーンにした格闘家が他のルールで闘ったり、両者のルールを包含する総合ルールでマッチを組まれることは多数あった。

しかし、ボクサーがK-1で闘っても、これはK-1ルールだし、総合で闘ったら総合ルールになる。顔面なしの空手家がK-1でたら、顔面パンチを振るう。なぜか?  有利だからだ。ボクサーだって、場合によったらローキックを放つ。誰でも試合に勝ちたいから、自分の競技内で反則になっている技だって、有効だと思えば出す。従ってここで測定できるのは、競技そのものの実戦力ではなくて、指定された競技への順応力でしかない。

私が、大武道の取材で、武術家が『巌流島』というルールのある試合に出た時点で、武術家でなくなる、と言った意味も同様だ。どうもこの辺の理解が武術や格闘技を知らない人には難しいようだ。しかし、自分がやる側に立って考えたら、誰でもわかる、格闘技界の常識にすぎないのであるが。無論、各自の武術をバックボーンにしたルールへの対応力は測定できる。しかし、それは武術の一端であるかもしれないが、全体ではない。

量子力学の世界のように、測定する行為自体が量子に影響を与えてしまう。それほど繊細で、精密に探求していかねばならないのが、武術というものである。測定不能は武術の本質的な属性でもある。この、一番大切なポイントを無視して先に進むことはできないので、ここではあえて、厳密に対応してみた。

従って、「シビれた異種格闘技戦は何か?」と問われても、理論的には回答不能なのだが、異なる格闘技のバックボーンを持つ者同士の闘いで、印象深い試合は?という問いに変えるならば、武術的考察としても価値がありそうだ。ただし、歴史的に異議がある試合と、個人的に印象深い試合は分けねばならない。

ba66e06958f7f9327174a0649a1a86b5c9d11fa7

まず、異なるバックボーンを持つ格闘技者が闘い、その後の歴史に大きな影響を与えた試合を考えてみよう。空手界だけでなく、日本の打撃格闘技界の誕生にまで繋がる試合と言えば、1964年にルンピニースタジアムで行われた大山空手対ムエタイの試合をおいて他にないだろう。

その試合内容は既にご存知のことと思うが、これを契機に大山空手を中心に空手の技術に大変革が起きた。今では空手の試合で最も多用される、スネで蹴る回し蹴りやローキックなど、この試合を体験した空手家が取り入れ、今では蹴りと言えば回し蹴りを誰でもイメージする程になった。まさに空手の打撃理論が根底からひっくりかえった大事件であった。

ムエタイが日本の空手界や打撃格闘技界に与えた影響は測りしれない。ムエタイ以前の空手は前蹴りとワンツーを応酬する程度だったのが、戦法から身体操作まで、根本から覆したのだ。止めるのでは無く、強く相手に当てねばならない、という考えから直接打撃制の極真ルールが生まれ、ムエタイルールを基本にしたキックボクシングも生まれた。

極真会がブームを迎えた後、新空手がグローブ着用の素面への顔面パンチを主張したが、その流れさえも、大山空手対ムエタイの試合と無関係ではない。新空手を創始した神村栄一代表は若い時、大山道場で大山空手対ムエタイの映像にショックを受け、空手も顔面を強くうちあわねば強くならない、と痛感し、その思いを新空手にこめたのだ。

まさに、ムエタイショックはその後の空手界にも大きなトラウマを残したわけだ。新空手が主張する顔面パンチありの空手は空手界だけでなく、格闘技界にもインパクトを与え、一時、空手界では顔面パンチなしは実戦空手にあらず、と言う風潮まで生まれた。

しかし、私はさらに、その先があるのではないか、と思った。ここら辺から格闘技の追求と武術の解明がクロスしてくる領域となる。その先の一つが、素手の正拳を用いた闘いである。

実は、私が最もショックを受けた異種格闘技のバックボーンを持つ者同士の闘いがそれだ。大山空手は歴史的には異議深いが、残念ながら私は同時代でムエタイショックを体験していない。しかし、私が目の前で歴史の証人となった試合がある。異なる格闘技のバックボーンを目の当たりにし、大きなカルチャーショックを受けた試合である。

なにしろその格闘技は、バンテージを巻いた拳に、肘膝、頭突き、投げ、関節はもちろん、十秒倒れても負けにはならない。気絶したらセコンドが顔を叩き起こす。何度でもたちあがれば試合が続けられる。即ち、完全に相手の心を折るか、肉体的に立ち上がれなくするしか勝ちにならない決闘ルール。これ以上過激な打撃格闘技ルールは考えられない。今の時代にそんな格闘技が延々と伝えられていた事実にまず驚いた。究極の実戦的打撃格闘技、『ミャンマーラウェイ』と私は出合ってしまったのだ。



[お知らせ]
『巌流島』のオフィシャルサイトをリニューアル致しました。アドレスが変わりましたので、ご確認ください。→  ganryujima.jp
コメント コメントを書く

わからんやつは黙ってろということですね

No.1 107ヶ月前
コメントを書く
コメントをするにはログインして下さい。