今週のお題…………「なぜグレイシー柔術は衝撃を与えたか?」

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文◎谷川貞治(巌流島・事務局)……………月曜日担当



2月の『巌流島チャンネル』のブロマガは、過去の格闘技ブームの成功例を振り返りながら、格闘技界の未来を考える月間です。先週のお題は「なぜK-1は成功したのか?」でしたが、早くも様々な反響をいただき、お礼を申し上げます。引き続き今週のお題は、「グレイシー柔術はなぜ衝撃を与えたか?」です。K-1の誕生と同じ年の1993年。突如、地球の裏側ブラジルから現れたグレイシー柔術。その存在意義をそれぞれの論客に振り返ってもらいます。

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1993年。K-1やパンクラスが誕生した年。突如、アメリカ・コロラド州デンバーで、UFCという何でも有りの大会が行われました。当時、『格闘技通信』の編集長だった私は、何かの勘が働いたんでしょうか?  取材要請が来たわけでもなく、本当に開かれるかどうかも分からない大会に、安西伸一記者をわざわざ現地に派遣したのです。その時は、グレイシー柔術なんて、全く知らず、それが大会の主催者の一人だということも知りませんでした。私が興味を持ったのは、素手で顔面攻撃あり、しかも反則は「目突き」「噛みつき」「髪の毛を掴む」以外は、何でも有りというルールにありました。今、思い起こせば、非公開の残酷な地下格闘技くらいに思っていたのでしょう。いや、プロレスかもしれない。そんな曖昧な気持ちで、行かせたのです。

しかし、安西さんが持ち帰ってきたUFCの映像。そこに映し出されたホイス・グレイシーの映像を見て、衝撃を覚えました。長い間、格闘技の仕事をしていますが、こんなに驚いた映像は先にも後にもありません。細身で、日本人そのものである柔道衣を身に纏い、ケン・シャムロックやジェラルド・ゴルドーといった実力者を絞め落としていく闘いっぷり。そして、今までどんな格闘家にもない、あの殺気だった目付きはいつまでも脳裏に焼き付けられています。

僕は格闘技のファンであると同時に猪木プロレスのファンだったので、どこかでプロレスの真剣勝負が見たいという願望がありました。しかし、格闘技界でさえ顔面を叩くかどうかも危険という議論を起こっていた時代。何でも有りなんて、想像もつきません。また、プロレス界も、佐山聡の「ケーフェイ」に始まり、ミスター高橋の暴露本が出たり、あるいはUWFが真剣勝負かどうかという議論が起こっていた時代。佐山さんの影響もあって、プロレスと格闘技が真剣勝負論争で、対立していた時代でもありました。

それをいきなり何段階も飛び越えての「何でも有り」の実現。そして、そこに彗星の如く現れたグレイシー柔術。格闘技界の様々な悩み、論争、矛盾を一気に解決するかのように、ホイス・グレイシーの目はギラギラと輝いていました。ああ、ルールがないプロレスの試合でも、ちゃんと勝ち方のセオリーがあるんだ。闘いで一番重要なのは「距離」で、離れるか、くっ付けばいいんだ。くっ付いていると、最後は寝技の攻防になるんだ。そんな理屈が初めて分かってきました。今は常識ですが、グレイシー以前の格闘技界は、もっと違うことを言っていた専門家ばかりでした。その意味で、グレイシー柔術の登場は衝撃的で、格闘技界全体を狂わせ、ある意味敵に回しました。

しかし、私が何よりも驚いたのが、それが「失われた日本人」だったことでした。グレイシー柔術を作ったのが、世界に柔道を広めようと海外に渡った前田光世で、前田は柔道の強さを見せつけるために他流試合で、競技としての柔道ではなく、実戦としての柔道を追求していった。その集大成がブラジルのグレイシーという一族に伝わり、彼らは日本人が忘れた「家族・一族」でこれに黙々と磨きをかけてきた。ホイスの父・エリオが唯一負けたのは、あの鬼の柔道家・木村政彦だった。そんな因縁の物語に愕然としたのでした。ああ、こんなところに、我々が理想とした日本人がいたんじゃないかと。私にとって、グレイシーに衝撃を受けた根っこには、この「失われた日本人」があるのは、間違いありません。格闘技の仕事をしていて、グレイシーとの出会いは、奇跡以外の何ものでもありません。グレイシーを知れば知るほど、「よくぞ地球の裏側であなたたちは私たちの大切なものを守ってくれましたね」と感謝したい気持ちにかられました。

正直に言えば、UFCにグレイシー柔術、K-1に空手があったように、巌流島にもベースとなる格闘技は必要です。でも、それが何かといったら、私はやはり、柔道や空手、相撲といった日本の格闘技であってほしいのです。



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