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格闘技素人の榊原代表だからこそ、高田vsヒクソン等の世間を驚かすカードが組めた!
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格闘技素人の榊原代表だからこそ、高田vsヒクソン等の世間を驚かすカードが組めた!

2016-02-17 12:00
    今週のお題…………「なぜPRIDEは成功したのか?
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    文◎田中正志(『週刊ファイト』編集長)…………水曜日担当



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     時流に乗る嗅覚こそがプロモーターの条件というなら、組織形態は変われどKRS(格闘技レボリューション・スピリッツ)時代の最初から組織にいた東海テレビ出身の榊原信行代表は凄いとしか評しようがない。1997年10月11日の『PRIDE ONE』、東京ドーム会場を埋めた9割以上のプロレスファンの願いも空しく、最強・髙田延彦が無敗=ヒクソン・グレイシーに完封される。しかし、世間一般が総合格闘技のことを話題にするようになった功績は計り知れない。
     
     実際のシュート革命は1993年からだが、専門家やマニアが騒いだところで一般ファンに届くにはタイムラグがある。K-1にも言えたことだが、PRIDEには何度も神風が吹いたし、タイミングが絶妙だったことになろう。また、ファン出身から記者になった圧倒的多数派の日本のライターと異なり、やる側・作る側から記者になった筆者に関するなら、K-1のマッチメイクは常にしっくりきた感慨が強く残るが、直接にプロレスと絡む路線のPRIDEは、発想の違いを何度も勉強させられた成功の歴史だったと考える。なぜなら、そもそもガチンコのプロ興行が継続して開催されるようになる歴史の転換点となった1993年に興奮したインサイダーにとって、髙田延彦vs.ヒクソン・グレイシーというマッチメイクはありえない、辞書になかったカードだったからだ。
     シュート革命に知識がある、内外の様々な大会までをビデオ入手含めて全部フォローしているからといって、早すぎるとか知りすぎているため、大衆が何を求めているのか見失っていたということ。髙田とヒクソンがやって、ケツがどうなるか確信があるから「そんなモン見たいのか?」となってしまう。いや、筆者だけではない、VTJ(ヴァーリ・トゥード・ジャパン)でヒクソンを2度使ったプロ修斗にせよ、あるいはガチンコのプロレスを先行したパンクラス然り、そのカードやった方が儲かるという発想が出来なかった。勉強の連続だったと自戒を込めて記すのはこのためだ。
     榊原信行代表は格闘技素人という評が今回の復活の際にも一部で散見されたが、「髙田vs.ヒクソンでイイんだ。東京ドーム興行だ!」という発想がなかった奴が言うことではない。その後も判断が正しかったから、超高値でズッファ社にDSE(ドリームステージエンターテインメント)を売り抜け出来て億万長者になれたのみならず、さらに市川海老蔵やGACKTのステージでも実績を残した成功者プロモーターである。一方の格闘技業界は7年間、パンクラスとかオーナー変わった等あったにせよ、結局、格闘技は世間的には「なくなったらしい」程度の認識しかないままだ。DEEPは2014年大晦日に繋ぎのイベント『DEEP DREAM IMPACT』を開催していたが、再びフジテレビが再参入に動き出した段階でも、民放局の暗黙ルールを形骸化してもなお「榊原信行さんしかいない」というリアル評価だった舞台裏の経緯は消せない。今回の「大晦日、復活!」RIZINの旗揚げ含めて、東京ドームのような大箱に来ていただける末端のお客様、さらにお茶の間目線を座標軸にしたからこそ、PRIDEは成功したのである。
     
     髙田ヒクソンの点は線になっていく。東京ドームの97年12月には本家UFCが日本に上陸し、ダークホース桜庭和志(当時キングダム所属)が優勝。「プロレスラーは本当は強いんです!」とのマイクアピールで、一気にプロレスファンのハートを掴んだ。数々の敗北を糧として、UWFプロレス勢のリベンジが始まっている。
     「髙田vs.ヒクソン2」が発表された時点でも、K-1だとマッチメイクの手の内が読める、恐らくは同じプロレスやキックを見て来た世代の執行部がやっているから、頭の中がシンクロしやすかった。一方のPRIDEは、カイル・ストゥージョン戦とか組んでしまうから、違和感を覚えないわけにはいかなかった。それからの歴史を紐解いても吉田秀彦vs.田村潔司とか、K-1のようには感情移入出来ないカードが並ぶにせよ、やり方の違いはともかく、PRIDEが巨大化していった事実は不滅だ。
     余談になるが、エド・フィッシュマンというラスベガスのカジノ経営を中心としたハラスグループの会長は、のちに米国PRIDEの社長として米国進出にからむも、ズッファ社への売却に関しては訴訟⇒和解があった実業家だが、リングサイドの特等席視察でなく、取り巻き数名と一緒にあえて会場の天井桟敷席からショーを眺めてみて、輸出可能なコンテンツだと判断した逸話がある。世間的な嗅覚というのは天井桟敷席であって、専門記者として考えてはいけないという教訓は大きい。PRIDEは成功を遂げたのだ。
     
    タダシ☆タナカ電子書籍刊



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