3月4日、ベルベク空軍基地を占拠するロシア軍に対して歌を歌いながら行進し、基地の返還を求めるウクライナ軍兵士〔PHOTO〕gettyimages
ウクライナ情勢が緊迫している。英国のヘイグ外相は「欧州における21世紀最大の危機」と言ったが、これでもまだ控えめな表現かもしれない。すでに、世界では「新たな冷戦の始まり」という評価が飛び交っている。私も以下の理由から、それに同意する。
国連という枠組みの限界をさらけ出した初めての事態
まず、これは単なる一過性の危機ではない。世界秩序を支える根幹のレジーム(枠組み)が揺らいでいる。ウクライナに対するロシアの軍事侵攻は、実際の戦火を交えていないとはいえ、1945年以降、国連を中心に形成してきた世界秩序へのあからさまな挑戦である。しかも、主役が国連安全保障理事会の常任理事国である点が決定的に重要だ。
米国や北大西洋条約機構(NATO)はすでに対応策から軍事的選択肢を除いているが、それは単に「大国のロシアと一戦を交えたくないから」とか「戦っても勝てないから」といった理由からではない。国連安保理で武力制裁のお墨付きを得られる見通しが立たないのだ。なぜかといえば、当のロシアが常任理事国なので、拒否権を発動するに決まっているからだ。
ロシアが拒否権を発動したのに、米国や西欧諸国が安保理決議なしに無理矢理、武力介入に動けば、今度は米国や西欧諸国が国連憲章違反になってしまう。ロシアの行為が国際法違反なのは明白なのだが、それを正そうと欧米が安保理決議なしに武力対応すると、正そうとした行為自体が違反になる。いわば「法的強制力のトラップ(わな)」にはまったと言ってもいい。
したがって、ウクライナがいくら国連でロシアの非を責め立てたところで、欧米は支持するだろうが、国連全体としては、基本的にどうすることもできない。つまり国連は事実上、機能しない。今回の事態はそんな国連という枠組みの限界、あるいは無力化をさらけ出してしまった。
そこがたとえば、クウェートに侵攻したイラクの場合とまったく意味合いが異なる点だ。イラクの場合は、国連は曲がりなりにも機能して安保理決議に基づく多国籍軍を形成した。だから国際社会は正当性を持った強制力を行使できた。ところが今回はそれができないのだ。こうした事態がこれほど鮮明に表面化したのは初めてのことではないだろうか。
3月3日、国連安保理でウクライナ侵攻の正当性を主張するロシア代表 〔PHOTO〕gettyimages
クリミア占領は長期化し世界は「新たな冷戦」状態に入る
次に、危機という点でみれば、これまでも戦後世界は1950年の朝鮮戦争、62年のキューバ危機、60年代のベトナム戦争と大きな危機を経験してきた。しかし、互いに衰えたとはいえ、米国+西欧vsロシアという旧東西ブロックの主役同士が正面からガチンコで対決する構図になったのは、今回が初めてである。キューバ危機では、ソ連が土壇場でミサイルを積んだ船団をUターンさせて、危機を乗り越えた。だが、今回は危機からの出口を当分、見い出せそうにない。
なぜかといえば、欧米は軍事的選択肢がとれないから、対応策は経済制裁くらいしか残されていないからだ。それではロシアをクリミア半島から撤退させるには、まったく力不足である。ロシアにとってクリミア半島は軍事的要所であるだけでなく、そこに点在する軍事と宇宙関連技術拠点は絶対に手放したくない。結局、ロシアのクリミア占領は既成事実となって長期化するだろう。
そうなると、後に残るのは何か。危機からの出口を見い出すどころか、危機が定常状態になる。つまり、にらみ合いがいつまでも続く。だからこそ「新たな冷戦」状態に入る。戦火は交えなくても、戦っているのだ。
新たな冷戦が始まった世界は、これまでとは原理的に違った世界になる可能性が高い。
戦後世界は国連憲章で「武力の威嚇または行使によって国家の主権と領土を脅かす」のを禁じたところを原点として出発した。ところが、今回のロシアの行為は、まさしく武力の威嚇によって主権と領土を脅かしている。
ロシアは国連の枠組みを守るどころか、ぶち壊したと言ってもいい。米国のケリー国務長官は主要国首脳会議(G8)からロシアを追放する可能性に言及している。一部には「話し合いの枠組みがなくなってしまう」という懸念もあるようだが、G8の話し合いが成立するとしても、ロシアはこれまでの国連の精神を前提にしないと考えるべきだ。相手は違った土俵で相撲をとる覚悟なのだ。つまり世界は変わってしまった。