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長谷川幸洋コラム第39回 集団的自衛権の行使容認めぐり安倍首相を批判する政治家はさっさと本質を議論せよ
2014-03-06 18:24330pt8年前の政権担当時からの野望へ驀進する安倍首相。ぬるい批判では止まりそうにない photo gettyimages集団的自衛権の行使容認を目指す安倍晋三首相の憲法解釈手続きをめぐって、与党である公明党の漆原良夫国対委員長が自分のメールマガジンなどで痛烈な批判を展開している。ポイントは次の部分だ。
「ある日突然総理から『閣議決定で憲法解釈を変えました。日本も今日から集団的自衛権を行使できる国に変わりました』などと発表されても国民の皆さんは、到底納得されないと思います」「『なぜ変更する必要があるか』『変更した結果、何が、どのように変わるのか』など、国会で十分議論をして国民的合意を得る必要があると思います」(いずれもhttp://urusan.net)。
与野党の議員から似たような「安倍批判」
同じような批判は野党である民主党の岡田克也元代表も、国会質問や自分のブログで次のように展開している。
「内閣で決めるときに与党との調整、そして何よりも国会での議論が必要だ。内閣で決めてから議論するのではなく、案を固め、それを示し、国会でしっかり議論すべきである」(http://blogos.com/outline/81186/)。
安倍は憲法解釈の変更手続きについて、政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇、柳井俊二座長)が4月に出す報告書を受けて、内閣法制局を中心にまず政府内で議論し、それから与党とも協議して、最後に政府が閣議決定するという段取りを想定している。
漆原と岡田の批判は「政府が閣議決定する前に国会で議論せよ」という主張だ。これをどう考えるか。
まず予備知識として閣議決定について説明しておきたい。そもそも「憲法解釈を閣議決定する」などという話がこれまであったのか。
民主党政権時代に私も加わった超党派議員・有識者による「憲法円卓会議」で事務局長役を務め、いま慶応義塾大学大学院法学研究科講師の南部義典によれば「憲法解釈を閣議決定した例はありません。とくに憲法9条をめぐる解釈は、これまで内閣法制局長官の国会答弁や答弁書などによって定まってきました」という。
そうした国会答弁や答弁書の積み上げによれば、いまの政府解釈は「集団的自衛権を保有しているが行使は認められない」となっている。たとえば次のようだ。
「我が国は主権国家である以上、国際法上、集団的自衛権を保有しているが、憲法第9条の下で許容される自衛権の行使は自国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきことから、集団的自衛権の行使については、この範囲を超えるため、憲法上認められない」(1981年5月29日「稲葉誠一衆院議員の質問主意書に対する答弁書」など。参議院憲法審査会ホームページ)
つまり、これまでは実質的に内閣法制局が憲法解釈を示し、それを歴代の内閣が追認してきた。それで内閣法制局の解釈が定着した。これが実態である。言い換えれば、官僚が憲法を解釈し、首相を含む政治家が後で認めてきたのだ。 -
長谷川幸洋コラム第35回 選ぶべきは「日米同盟の強化」 国連憲章に基づく「集団的自衛権見直し」は当然
2014-02-06 18:53330pt1月24日の施政方針演説で、集団的自衛権の行使容認について「対応を検討する」と述べた安倍首相[PHOTO]Bloomberg via Getty Images
ことしの大テーマの一つは集団的自衛権の見直し問題である。
安倍晋三政権はできれば6月下旬までの通常国会会期中にも憲法解釈を変更して、行使容認に踏み切りたい意向だ。一方、日本共産党は言うに及ばす、民主党は見直しに反対する勢力が多い。与党でも公明党は慎重だ。この問題をどう考えるか。
見直し反対論は国連憲章に反している
まず、意外によく知られていない話から書こう。先の大戦が終わった後「悪漢はみんなで退治する」という集団による平和維持という考え方は、世界でとっくに共有されている。それは国際連合の存在理由そのものなのだ。
国連の目的は憲章第1条にこう書かれている(訳文は国連広報センターによる)。
〈国際連合の目的は、次のとおりである。
国際の -
田原総一朗 「やられたら、やり返す!」 自衛隊には、どこまで可能なのか?
2013-09-24 20:00330pt〔PHOTO〕gettyimages
アメリカによるシリアへの軍事介入は、回避された。アメリカのケリー国務長官とロシアのラブロフ外相が会談し、現在シリアが保有している化学兵器をすべて廃棄することで合意。それをシリアのアサド政権が受け入れたのである。
ひとまずよかったというべきだが、実は何も解決してはいないのだ。いくら化学兵器を廃棄したとしても、内戦は続く。そして、その内戦による被害者は、月に5千人とも言われている。彼らには何の罪もない。政治と宗教対立に巻き込まれて、多くの人びとが命を失っていく。なんともむごいことだと思う。
今回の騒動は、はからずも、アメリカの弱体化をさらけだした。かつての「世界の警察」アメリカならば、「化学兵器を廃棄」などという甘い結論で、軍事行動をとりやめることはなかっただろう。
今回、アメリカの軍事行動はなかった。しかし、こういうことが起きると考えざるをえない問題がある。日本の安全保障についてだ。
先週14日の「激論!クロスファイア」には、前防衛大臣の森本敏さん、元陸上幕僚長の火箱芳文さん、元海上幕僚長の古庄幸一さんにご出演いただいた。防衛相の前トップ、陸海の自衛隊の2トップに議論していただいた。
彼らが口を揃えて言っていたのは、「自衛隊は縛られた組織だ」ということである。たとえば、海上保安庁の船が目の前で攻撃されたとする。ところが自衛隊は反撃できない。海上保安庁は国土交通省所属であり、自衛隊とは別組織だ。だから自衛隊が攻撃されたことにならないのである。相手に反撃するにはどうするか。海上保安庁の船の前に自衛隊の船が出て、相手から攻撃を受けるのを待つのだ。攻撃を受けて初めて反撃できるのである。まさにがんじがらめだ。
当然、現場にはジレンマがある。したがって問題なのは、いざとなったら彼らが「超法規的」に軍事行動を起こす、という可能性が高いことだろう。処罰覚悟で反撃する、ということだ。自国の国民を守れずに、何が「自衛隊」かというわけだ。 -
長谷川幸洋 コラム第16回「原発、消費税、TPP、集団的自衛権に憲法改正 政府は国民を騙してるのか」
2013-08-29 12:00330pt2013年8月15日の靖国神社 [Photo] Getty Images
猛暑が続く中、各地でさまざまな勉強会や研修会が開かれている。昨日(8月22日)は愛知県蒲郡市で開かれた私学教職員の研修会に招かれて話す機会があった。与えられた演題は「政府はこうして国民を騙す」。昨年、出版した私の本のタイトルである。
当時と政権は変わっているが、政府とメディア、国民の関係をめぐって変わった部分もあれば、変わっていない部分もある。政府は国民を騙しているのか、いないのか、あらためて考えてみたい。
私が講演で扱った材料は福島第一原発の汚染水問題と消費税、環太平洋連携協定(TPP)、それに集団的自衛権と憲法改正問題だ。
汚染水問題は事故の第2ラウンドの幕開け
まず汚染水問題をどうみるか。流出した汚染水は300トンとされていたが、講演を終えた後になって「新たにタンク2基で流出か」という記事が流れた。
報道によれば、東電関係者は外洋に流れた可能性を認めている。そうだとすれば、大変な事態である。事故の第2ラウンドが始まったと言ってもいい。なぜなら第一に、すでに情報提供を求めている韓国はじめ、欧米にも強い懸念が出ている。つまり事故の影響と被害が国際的に広がり始めた。
第二に、汚染水の流出を止める有効な手段が見つかっていない。半面、地下水の流入は続いている。遮水壁を作るとしても、完成には年単位で相当な時間がかかる。それまで被害の拡大は待ってくれない。そうなると、日本への国際的な批判が高まるのは避けられない。
前回コラムで書いたが、汚染水対策が遅れた本質的な原因は、事故当時の民主党政権が東電を破綻処理せず、会社を存続させたまま事故に対応しようとしたからだ。
被災者への賠償も除染も国は一時的に費用負担するだけで、最終的には東電に費用を返済させる仕組みをつくった。会社をつぶさないことが前提なので、国は原理的に東電をさしおいて積極的に事故に対応できない。自分のビジネスで投融資した株主と銀行の責任を棚上げしたまま、国民に負担を求めるわけにはいかないからだ。
したがって、国が前面に出て対応するには、まず東電を破綻処理することが前提になる。いまの安倍晋三政権も東電を存続させる枠組みを踏襲している。そのままで国が汚染水処理をするには「研究名目」のような苦し紛れの弥縫策をとるしかない。
廃炉についても、国が民間会社である東電の仕事について費用負担する法的枠組みがないから、研究費用として独立行政法人に予算をつけた。だが、そうした場当たり対策は行き詰まる。汚染水対策に本腰を入れて対応するためにも、あらためて東電を破綻処理する必要がある。
政府は国民負担の最小化という原則を貫け
東電問題は政府と民間企業、エネルギー政策が複雑に絡み合っているが、民主党政権から現在に至るまで基本的構図は変わっていない。東電を破綻処理して株主と銀行に責任を分担してもらえば、その分、国民負担は減る。「国民負担の最小化」という原則について、政府はいまからでも遅くはないから本来、あるべき選択肢を示すべきだ。
それはメディアの責任でもある。
破綻処理すれば国民負担が減ることは明らかであるにもかかわらず、一部のメディアは破綻処理に口をぬぐったまま「東電任せにせず、政府が対応を」と叫んでいる。政府は国民の税金で仕事をしているのを忘れているかのようだ。
政府が本腰を入れるとは、すなわち国民が重荷を背負うという話である。それには東電存続でビジネスをした投資家や銀行の存在を見逃してはならない。規律なき単純なメディアの「政府が対応せよ論」に騙されてはいけない。
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