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今月の参考資料。

2021-09-16 00:44
    内緒&ノーツイートで。

    岡崎二朗インタビュー用にかなり下調べしたけれど、全然使われなかったデータ。持参した当時の記事コピーや岡崎二朗表紙の『東映の友』は全部御本人にプレゼントしちゃったので、今後の再調査は困難。ちなみにWikipediaはビックリするぐらいにスカスカ。これをベースに『漫画ゴラク』の原稿を書こうかとも思ったけど、いろいろデリケートなのでどうなることか。

    岡崎二朗

    本名/倉岡 誠

    生年月日/1943年12月26日(77歳)

    ●亜細亜大学教授の父が満州の官吏をしていた満州に生まれる。

    ●剛柔流空手初段。

    ●弟の身代わりでミスター平凡コンテストに出場し、準グランプリに。

    ●桜町高校時代、級友をかばって上級生に立ち向かい暴力事件を起こす。学校側は一方的に岡崎を処分、父親も息子を叱責したため、家出する。

    ●教師を殴って転校した説も。

    ●学費稼ぎのためビール工場のビール運び、キャバレーの裏方、プレス工、焼き芋屋、ドアボーイ、乗馬クラブの馬丁などを転々とする。

    ●東京桜町高等学校から亜細亜大学に進学し、在学中、松竹にスカウトされ、1963年公開の映画『あらくれ荒野』で桑野みゆきの相手役に起用されたがパッとしなかった。その後、明治学院大学に入り直す(中退)。

    ●たまたま新宿の場末で一人で飲んでいた際、深作欣二の目にとまり、1964年封切りの映画『狼と豚と人間』でデビュー。これが切っ掛けで東映に入社。

    ●1965年公開の映画『おゝい雲!』は、主役を予定していた北大路欣也が舞台出演のスケジュールの調整がつかず、東映は鶴田浩二、高倉健に次ぐ、現代劇の主演スターが混迷状態にあり、思い切って岡崎を主役に抜擢した。精悍な風貌と爽やかなキャラクターで主人公の弟分役などで人気を博す。

    ●梅宮辰夫のことを兄貴の様に慕い、「スターとはどういう人間か」を教え込まれた。

    ●兄さんは、東映の五つ上の先輩で、私は大原麗子と相前後して東映に入りました。あの頃、銀座のクラブを連れ回し、かわいがってくれましたね。当時の先輩には、鶴田浩二さん、高倉健さん、菅原文太さん、若山富三郎さんら、そうそうたる俳優がいましたが、私が「兄さん」と呼んで慕ったのはあなただけ。兄さんは私を「ジロー」と呼んだ。

    ●梅宮さんは東映映画「地獄の波止場」(1965年)で岡崎と初共演。「いきなりソープランドに連れて行かれた。そんな先輩はいなかった」。

    ●私と兄さんと大原麗子と共演した映画「地獄の波止場」(1965年公開)。ある日の撮影後、大原麗子と東京の青山を真夜中の3時頃歩いていたら、兄さんが車でやって来て、「お前ら何やってるんだ、乗れ」と言って、赤坂のホテルの前で停車し「降りろ」と。翌日、撮影前、それをみんなの前で発表し、「その後、どうなったかは2人に聞いてくれ」と笑い飛ばしていました。

    ●「お前、新宿二丁目で飲んでるらしいな。それじゃ三流の俳優だ。銀座で飲め!」と説教された。「新人で稼ぎがないのにどうやってあそこで飲むんですか?」と尻込みすると「そういうこと言ってるからダメなんだ。いいか!スターというのはカネのことは気にしちゃダメだ。誰かが払ってくれるから」とニヤリと笑ったという。

    ●兄さんは、プロの女性にモテた。銀座で飲みながら、「銀座の女や客が惚れないようじゃ、本物のスターの素質はない。金なんて使えばまた入ってくる」と話してました。「共演した女優と噂にもならないようじゃ、その映画は当たらない」とも教わりました。

    ●「お前、電車に乗ってんの? スポーツカーに乗れよ。飽きたら『違う車よこせ!』と言えばいいんだよ。ったく、しょうがねぇな」とぶつくさ言って、スポンサーやディーラーに電話をしてみせた。映画俳優は業者から「これに乗って現場に行ってください!」と懇願される、そんな時代だった。

    ●兄さんの顔の傷。みんなには事故とか説明していましたが、私が「刃物の傷じゃないですか」と見破ったら、「う、お前すごいな」と答えた。当時交際していた銀座の女とトラブっていたから、かばったのでしょう。そこまで惚れさせた兄さんは男冥利に尽きる。しばらく売れなくてくすぶっていたのに、顔の傷ができてから突然、売れっ子になり、遊び人が女をたらす役どころの「ひも」「いろ」「ダニ」「かも」の2文字シリーズの映画がヒットしましたね。

    ●当時の映画会社は、専属俳優に「年間でだいたい映画20本弱くらいの出演料を出してくれた」という。「梅宮さんは1本50万円ほどだったと思う。それを月2回くらい。今の時代でいえば1本500万円くらいか。ラーメン1杯で35円、500万円あれば都内に土地付きの2階建て一軒家が買えた時代だった」。それに加え、月給とボーナスも支給された。当然、女性からも人気だった。

    ●高倉健のいたずらも目撃。スタッフに催眠術をかけたり、女にモテた俳優が寝ているところに忍び込んで女性用の脱毛剤を髪の毛に塗りつけ、髪が抜けまくって驚いていると「変な女に病気でも伝染されたんじゃないか」。

    ●東映やめたらぶっ飛ばしてやろうと思うのが2〜3人いる。

    ●1967年に東映から日活に移籍後もその勢いは沈むことはなかった。しかし日活ロマンポルノの移行への難色から日活を去ることになり、テレビドラマに活動の中心を移してからはアクの強い悪役がメインとなる。

    ●二度の結婚。

    ●新宿でナイトクラブ『キングスランド』経営。2年半で閉店。借金返済のため場末のキャバレーやスナックで歌う。

    ●芸能プロダクションの経営にも乗り出すが倒産。家族と財産を失う。

    ●新橋で居酒屋経営。

    ●近年はVシネマの他、バラエティ番組にも出演している。

    ●『首領への道劇』場版撮影中。清水健太郎に「健ちゃん、またやってんだろ?いつ捕まるかわかんねぇのに主役はっちゃあいけねぇよ」。

    ●私がVシネマ「日本統一」のキャスティングの仕事をして、兄さんに出演交渉した時、「長いセリフは覚えられないから、降りる」と言うので、セリフを10分の1に削って出演してもらったことがありましたね。おかげで、シリーズは37作まで続く息の長いものになりました。

    ●2007年9月12日、息子の岡崎礼が約半年前にトラブルで解雇された映画企画制作会社で、この会社の役員を刃物で刺す事件を起こし、殺人未遂容疑で逮捕された。「無断で海外に行ったのをとがめられ、解雇された。再雇用を求めたが拒否され、話を無視して携帯電話で話し始めたためカッとなった」。2008年3月18日、傷害の罪で懲役2年6か月、執行猶予4年の判決。2009年から劇画作家として活動中。

    ●逮捕後の高知東生を支援。後見人になって歌手デビューさせるプランも。

    ●千葉真一死去。「7月初めに二人で食事した時も“二朗ちゃん、ワクチンだけは絶対に打っちゃダメだ。ワクチンで死んだら元も子もない”と副反応を本気で心配していました。その一方で“俺は水素を飲んでるからコロナには罹らない”と豪語していた」

    ●せんだみつおにイベントの仕事を紹介。

    自分も薬物で逮捕されたことがある。

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    吉田豪の平熱大陸
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