占領統治憲法改正・百鬼夜行
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

占領統治憲法改正・百鬼夜行

2013-08-06 11:43

    今朝は久々に枠をとって放送してみたりしました。

    コメントで初っ端が麻生財相の問題だったりした気がします。当分この件は話題になるんでしょうか?

    麻生さんの提起したのは憲法改正問題だったはずですが、その部分は避けられてナチス云々が関心の中心である、そう関心の中心を陽動しよう、と言うふうに報道を見ると思いますが、なにぶんテレビはミンミンダハのCM以外に見る物は無いwので知ったこっちゃありません。


    憲法は昭和21年11月3日に公布され。翌年5月3日から施行されました。

    当然占領中の出来事であり、その経緯はどのような思想の歴史家であっても知っているでしょう。解釈は兎も角…

    憲法の内容については読んだ人もいましょうし、それに賛意を評する人もいれば反感を持つ人もいるのはどのような書物でも起こりうる当たり前の反応なのでしょう。

    しかし、問題の中心はそれが占領下、アメリカさんが作った物であり、当然そこにはアメリカの誰様が考えたアイデアが散りばめられ、それが伺えます。


    66年間、驚くべきアイデアが信奉されて来た!

    あー驚きです。

    1. 戦争の放棄
    2. 戦力の不保持
    3. 交戦権の否認
    4. 国務大臣の文民性

    悪く書くつもりはありませんが、この憲法のアイデアの多はジョージ・アチソンが考えたのだろう、と言う事はまず妥当でしょう。ケーディスはその初期から占領政策の一貫として日本から軍事力、および国民の米国への…米国への…米国への反抗を阻止することを目指していましたのでアチソンに進言していた音も考えられます。


    上記の4項目の理論?的支柱として皆さんの多くがご存知かもしれないあの文書、

    『第二章 戦争の放棄

    第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


    第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』



    があるのだと私は了承しています。

    まぁ勝手にしろや…と言いたい所ですが、この部分が実に大胆であるため国民はこの憲法を平和憲法と読んでいるようです。

    しかしどうでしょう?

    物事を適正に見、道理を持って考え、理解するならば、平和憲法ではなく自殺憲法と呼ぶほうが適正であります。

    仏wの教えに従うならばアホや暴徒には近寄るな、それで戦いは回避出来る。

    そりゃ個人的にはそうですが、国家となれば話は変わります。

    物事に不変はありません。

    当時アメ様から見てこんな極東の既に力尽き、矢折れた国に価値など精々コミンテルンの共産化の防波堤の一つにしかならぬ、と思ったのは想像に難くありません。最大の問題は日本国民がゲリラ戦を挑む事だっただろうと思います。

    しかし時代は変化します。

    事実戦後すぐに同盟国ソビエトとの対峙、と言う問題にアメ様は立たされました。

    今でもバランスは微妙です。

    なにせ自殺憲法ですので攻め滅ぼされたら甘んじて滅亡せよ、です。

    まぁそうして滅んでいった国は歴史上沢山ありますが、しかし多分自らの法律で自殺を由として滅亡した国家など存在しないでしょう。

    なんで自殺願望を平和等と敬称出来るのでしょうwww(草生やしてしまいました

    当のアメ様が日本が憲法を改正しないのを驚いた、と言う逸話すらあるのです。しかし物事には理由があります。この自殺憲法を積極的に浸透させた物があったり、非常に文章としては稚拙で退屈であるあまり読むのはアホらしい、と言う適切な判断で理解していない国民も多いでしょう。

    こうした憲法の適切な理解があれば、(と言うと反対する人もいるのでしょうが私の意見としてはこの憲法は上記の通りで)際読めばそう感じる人もおおいだろうと想定して言うなら)憲法改正なんか問題でも何でもなく、憲法改正を阻止しようとする人間の知能・低能さ加減、こそが問題なのだ、と書き放ちまして終わりとさせてイタダキマスw


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。