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世論などない
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世論などない

2014-09-07 16:47
    そこらへんの人に政治の事を聞いてみよう。

    言葉は、それぞれに異なる。対話によって物事を表現し、それが言葉を形作る。政治を語る時、語る場と内容と相手と状況にが言葉を形作る。
    ある生主が真実はひとつだと言った。
    真実などない。
    どのような知性であれ、上記の構造が言葉を作り、状況を表す。不変の普遍のたったひとつの事実の言葉などない。

    だから人はそれぞれ自らの人生を生きていると思いながら状況を生きている。
    如何に堅固な思想や思い込みや信念であろうと普遍で不変な状況などない。思いは重いがそれは状況が許す範囲のものであって、それは絶えず変化し、変容し、変貌している。それは当然不変ではなく普遍でもない。
    その事を理解した上で状況を観るその認知が存在するかしないか?

    世界は同様に状況によって動いている。
    世界を固定する何らかの理など存在しない。世界は変化し変貌し変容する。
    世界(社会)はそのようなものであり、民衆はそのような存在であり、民意はそのように動く。状況を操作する事はある程度可能かもしれない、がそれによって変化するあらゆる物は結局状況の変化変貌変容によって流れに逆らい得ない。

    では人は何かを考えるだろうか?
    人は状況に動かされているだけ、かもしれない(圧倒的多数は)。
    状況を観る目だけが流れを見出す。
    しかしほとんどの人間は、知性に関係無く、知識に関係なく、教育すら関係なくその事に無頓着ではないか?

    世論とは問うものの有り方である。
    民衆の相違など存在しない。大衆など存在しない。
    あるのは状況だけなのである。

    私がナニヲ言いたいのかわかる人に 合唱
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