著作紹介『弁証法的理性批判』サルトル
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著作紹介『弁証法的理性批判』サルトル

2015-09-30 18:50

    法的理性批判

    法的理性批判』とはJ・P・サルトルによって書かれた実存義的マルクス主義を確立する論文である。

    この論文はマルクス義と実存義の融合。すなわち、マルクス義のヒューマニズムの再獲得を目指し、
    ソ連の硬直したマルクス義からの脱却を目的とする

    当時のソ連は『経済や物質が歴史を決めるので、人間が歴史の中で出来ることはない』という教義をにしていた。サルトルは『弁法的理性批判』を著すことで、ソ連の理論を批判し、反対に「歴史を決定するのは自由な個人の体性、理性である」とした。

    タイトルにある『批判』という単は一般的に使われるネガティブな意味とは違い、「正しく評価する」(独哲学者のカントに由来する)という意味である。つまり、批判とはいってもサルトルが弁法的理性を批難した訳でなく、逆にマルクス義がヒューマニズムを再獲得するためには弁法的理性が必要であるとサルトルは考えていた。

    『弁法的理性批判』の執筆のきっかけになったのは1957年サルトルのポーランド訪問である。当時のポーランドでは労働党のゴムルカによるが進み、硬直したソ連マルクス義とは違うが模索されていた。サルトルはポーランドでのマルクス義者との議論を踏まえ、ポーランドの雑誌に『マルクス義と実存義』という論文を発表し、その後三年間『弁法的理性批判』執筆に没頭する。サルトルのその熱狂的仕事ぶりは驚異的であり、本書は覚せい剤を大量に用しながら書かれてという。

    内容

    法的理性批判も例によって難解な著作である。サルトルの使う専門用の定義をしっかり把握した上で、「社会の状態と人間の自由意思がどういう関係にあるか?」ということを踏まえて読み進めよう

    サルトルはまず、近代科学などに特徴的な、『全体』を『個』の寄せ集めに還元してしまう思考を「ブルジョワ的思考」として批判した。この考え方に基づけば、社会とは個人が単に集まっただけであり、歴史とは個々の出来事を積み木のように重ね合わせただけの存在になる。サルトルはそのようなブルジョワ的思考を分析的理性と呼んで批判し、マルクス義的な弁法的理性によって立つことで、に開放的な人間についての理解をめようとした。

    サルトルは、弁法を『個』が『全体』に向かって自分自身を乗り越えよう(止揚しよう)と発展する運動として捉え、それを全体化と呼んだ。個々ではなく、それぞれの関係性に着する思考法はマルクス哲学の特徴の一つである。

    ブルジョワ的思考法(分析的理性):個A+個B+個C+……=社会

    サルトルの思考法(弁法的理性):個A⇄全体+個B⇄全体+個C⇄全体+……=社会 (⇄は止揚)

    サルトルは、ブルジョワ的思考を越えた、革命的な人間を理解するためには、人間を体とした法的理性による思考が不可欠であると考えていた。しかし、マルクス義から生まれたの弁法的理性が、当の正当マルクス義(ソビエト)では失われてしまっている。その原因の一つがマルクスの第一の後継者であるエンゲルスにある。エンゲルスは、弁法を人間と乖離した自然の法則「自然法」として、弁法から人間を排除してしまった。それは19世紀のブルジョワ的科学義の影を受けた、非マルクス義的な考え方だとサルトルは考える。

    エンゲルスの科学義にめられた弁法は、スターリン義において、マルクス義の「公式ドグマ(教義)」として扱われる。ここでは、個人の行為をそれぞれの歴史という環境の中で理解するマルクス義は、物質が個人の行為を決定するという誤った決定論に堕落してしまう。このスターリン義的マルクス思想では、全ての人間は意志を持たない歴史歯車になってしまう。このよう思想を基にしてスターリン義は、国家の名の下に個人を殺する全体義へと成り果てた。確かにマルクス義は、スターリンするように「歴史(時代)が個人を作る」という思想を強調したが、サルトルは「個人もまた歴史(時代)を作る」と述べ、ソ連マルクス義が失ってしまった『人間』という要素を、マルクス義に実存義を取り入れることによって取り戻そうとしたのである。

    サルトルは全体から独立した個人の行動を認めない。人間の行動は歴史(時代)に影を受けざるを得ないことはサルトルも認めるところである。しかし一方で、歴史(時代)を理解するためには個人の行動を捉えることから始めなければいけないことも確かである。サルトルは、個人の行動を個人的実践と呼び、個人的実践は歴史を構成すると考えた。サルトルは個人的実践によって構成された歴史構成する弁と呼んだ。個人は実践によって歴史(物質)を乗り越える(止揚する)。そして一方で歴史(物質)もまた人間を乗り越える。このような関係性を法的循環性と呼ぶ。

    人間の活動(個人的実践)⇄歴史=構成する弁

    左辺の関係を弁法的循環性と呼ぶ。

    人間の体性を重視するサルトルにとって、人が最も避けるべき状況は疎外であった。弁法的理性批判の中でサルトルは、疎外とは『人間が、自分自身にとって他者になってしまうことによって、自分自身に敵対する状況』と捉えた。疎外状態の人間の実践は体性を失い、人間は物質に堕し、その行動は惰性的になる。人間の実践が惰性的性格を帯びる状況をサルトルは実践的-惰性態(反弁法)と呼んだ。サルトルは「人間関係の根本はお互いを人間と認め合う関係であるが、稀少性という環境の中では疎外を生み出してしまう」と考えた。稀少性とは、人間にとって有用なものが有限であるということである。少ない物質が人間同士を対立させ、お互いをモノにしてしまうという疎外が起きるのだ。

    世の中の物は数が限られている(稀少性がある)ので、人々は争い、お互いをモノにする(疎外)。

    これにより個人的実践は惰性的になる。これを実践的-惰性態(反弁法)と呼ぶ。

    サルトルは個人的実践が生み出した構成する弁法が、実践的-惰性態によって止揚され、それをさらに人間が乗り越えると述べる。個人的実践を乗り越えた実践的-惰性態を更に乗り越えるのは、個人的実践によって構成された集団的実践である。個人的実践により構成された歴史を『構成"する"弁法』と先に述べたが、集団的実践によって生まれる歴史を『構成"される"弁法』とサルトルは呼んだ。しかし、疎外から逃れる為に発生した集団的実践は(ソ連のように)いつしかそれ自体も人間を疎外するようになる。サルトルはその論理を追うとともに、に人間解放ができる集団について膨大な記述を持って考察を進めた。

    個人的実践による歴史=構成する弁法 ➡ やがて惰性的になる。

    それを乗り越える為に個人が集まった集団で歴史を作る。

    集団的実践による歴史=構成される弁法。 ➡ しかし、こちらもやがて疎外が起きる。

    サルトルはまず、人間が『他人』や『モノ』に支配された実践的-惰性態における人間の集合を描く。サルトルはそうした集合集列、または集合と呼んだ。これを説明するためにサルトルが例にあげたのはバスを待つ人々の行列である。バスを待って列を作っている人はバスに乗るという共通の的を持っているものの、お互いには関係性を持たないバラバラの存在である。バスを待つ行為は実践ではなく単なる習慣(これをヘクシスと呼ぶ)である。彼らの的は数に限りのあるバスの席に座ることである。席の稀少性が彼らをバラバラにしてしまうのである。彼らに体性はなくモノによって結びつけられた集合である。サルトルは『世論』や『差別意識』といった一見的を持った集合も、所詮は他者に流された集列に過ぎないと述べた。

    この集列の状態を乗り越える集団的実践の最初の契機を、サルトルは溶融集団と呼んだ。サルトルは、今度はフランス革命バスティーユ襲撃事件を例にあげる。バスティーユを襲ったパリ市民は、年齢職業性別思想信条はバラバラであるが、革命の状況下で襲撃という的の下に、一つに解け合った。集列の場合と違って、彼らを結びつけているのは惰性的なモノではなく実践である。彼らは国家暴力に対抗するために暴力を形成するが、メンバー同士は暴力ではなく友愛によって結びつけられる。この時、彼らはお互いに「他人」ではなく「私」になる。集列においてはお互いを他人と見なすのに対して、溶融集団ではお互いが「私」になるのである。しかも単なる「私」の集まりである単一者ではなく、お互いが同等者として形成される。溶融集団では構成員が第三者によって関係させられるのではなく、お互いが第三者となり体的に関係し合うのである。

    バスを待つ人は「バスに乗りたい」という共通の的を持っているがお互いには他人=集列、集合

    フランス革命で決起した人達は「襲撃」という共通の的を持ち、なおかつ一つの集団として解け合う=溶融集団

    バスを待つ人は惰性的に行動しているだけであるが、革命に立った人々は実践的な行動をしている。

    しかし、このような集団の溶融状態は長くは続かない。緊迫した状況が過ぎ去った後は、集団は存在理由を失い、解体され、再び集列に戻ってしまいかねない。もしその集団を存続させるならば、そこには誓約が必要である。誓約において構成員は「私は他者に堕落しない」と誓わされるが、これは当然自由意志の侵であり、集団が惰性態となるのは避けられない。この様に誓約によって生まれた惰性を人工的惰性態と呼ぶ。また誓約集団では誓約を破った者に対して罰が与えられる。それがテロル(恐怖政治)である。そこから更に集団の存続を維持するためには『組織』『制度』が現れてくるので、集団はますます実践的-惰性態へと近づかざるを得ない。つまり、集団とは元々は人間を実践的-惰性態(反弁法)から解放する『構成された弁法』として生まれたはずが、集団を維持するために自ら実践的-惰性態へと戻ってしまう傾向があるとサルトルは摘する。実際に、ソ連をはじめとした革命集団がテロや官僚義に陥ることは歴史の中で多く見られた。サルトルはこのような革命集団の硬直を強く問題視した。

    何もしなければ溶融状態はやがて集列に戻ってしまいので誓約を使って溶解状態を継続させる→しかし誓約があっても結局は惰性態に陥る=人工的惰性態

    誓約集団では人間を誓約によって抑圧するのでますます実践的-惰性態へと近づく。例えばソ連とか。

    サルトルのしたのはソ連の非人間的マルクス義からの脱却である。それはサルトルだけでなく、サルトル以前から続く西欧マルクス義全体の潮流である、疎外論を中心とした人間的マルクス義であった。このヒューマニズムマルキシズムは世界中の運動の間で流行することになるが、1960年代に入り、このサルトルの実存義を論敵としたレヴィストロースとやマルクスのヒューマニズムを批判したアルチュセールを代表とする構造義の登場によってまたマルクス主義の歴史は揺り動かされていく。
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