• 干支の計算をしよう

    2016-11-03 01:15

     年月日に時刻、方位なんかを表すのに干支を使うととても便利である。特に暦の情報に干支を合わせて書いておくと、改暦・改元があっても関係なく日数を計算できて、たいへん便利である。便利なだけでなく、占いも出来る。

     干支を使った占い、つまり干支術は、時間と空間の情報を六十干支に変換し、陰陽五行説その他種々の理屈で干支の関係性を論じ、以て吉凶を判定しようという趣旨の占術である。四元素説に性・質を合わせて世界と周期の相関を論じようとする西洋占星術と趣を同じくする。
     具体的には四柱推命や断易、六壬神課などの占術が干支術に分類される。干支術は、周易などの基盤である八卦の論と並び東洋占術の四柱となる重要な理論である。

     具体的に干支術を使おうと思うなら、どうしても年月日時の四柱を干支に変換する作業が必要になる。ところが市販の占い指南本を開いてみると、この作業については「巻末の付録を参照してください」みたいなことが書いてあって、付録として干支歴が掲載されているパターンが多い。
     勿論暦を紐解けば済む話であるからそれでも良いのだけれど、アマチュアならともかく、プロの占術師を名乗るのであれば、アンチョコと首っ引きというのはあまりカッコよくない。それに、万年暦を置いてある書斎でなければ占いが出来ないというのはどんなものかと思う。だから、この記事を読んでくれている奇特な占術師の卵のために、八字(四柱の干支)の計算方法を書いておこうと思うのである。
     プロはこんなものは百も承知のはずである。でなければ仕事にならないのだから。従ってプロ占術師はここで読むのを止めた方が時間が無駄にならない。
     本当は有料記事にしようかと思ったけれど、このくらいの情報はちょっと本を読めばでてくるから、図書館なりネットなりで無料で調べられるのである。わざわざお金を払ってくれるひとも居ないだろうから止めておくに如くはない。


    1、年干支の計算
     これはウィキペディアにも記載があるけれど、簡単に求められる。
     まず、下の表を使い、西暦の一の位から十干を求める。表はそんなに難しいものでもないから覚えたまえ。

    一の位 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
    十干  庚 辛 壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊 己


     続いて十二支だけれど、これは西暦を12で割って、その余りを下の表から探せば求められる。この表も覚えるよろし。

    余り  0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
    十二支 申 酉 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未


     例えば来年、2017年は、一の位から十干は丁、2017÷12=168あまり1から十二支は酉、つまり丁酉年であるとわかる。

     何、表が覚えられない?
     庚申待ちというものがある。人体に住む三尸の虫が庚申の夜に体から抜け出し、天帝に宿主の悪行をチクって寿命を縮めようとする、だからこの夜は皆で集まって徹夜して、三尸虫が抜け出せないようにしよう、という行事である。
     この庚辛待ちという単語を覚えておくと良い。庚・申がそれぞれの表の0に相当する干支である。後は干支の順(念のため書くと、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)だから、さほど難しく考えなくても表が書ける。

     最も、適当に基準年を設け、その年の干支を覚えておけば、後は指折り数えるだけで簡単に干支が求められるので、そうであればこの表を覚える必要もない。


    2、時干支
     ちょっと順番が前後するようだけれど、話が簡単になるから先に時干支の話をしておきたい。
     まず時支については、不定時法とかの厄介な話は置いておき、取り敢えず原則を述べておこう。
     一日は二十四時間。そして支は十二だから、二時間につき一支が配当されている。二時間が一刻。十二支は刻に対応していると言い変えても良い。
     具体的には、23時から1時が子刻。一日の始まりが0時ではなく前日の23時である事に注意が必要である。
     以下2時間ごとに丑、寅、卯と順番に当てれば良い。ちょっと余談を述べると、丑の刻参りで有名な丑の刻と言うのは夜中の1時から3時を言う。さらに余談。草木も眠る丑三ツ時と言うが、これは丑の刻を四分割したものの三番目、つまり2時正刻から2時半までを言う。
     とにかく、奇数時間に支が入れ換わるものと覚えておけばよろしい。

     続いて、その支に乗る干である。一日は二十四時間=十二刻であり、だから時支はいずれの日にあっても、刻ごとに一定している。12時は常に午の刻だし、22時はいつも亥の刻である。
     それに対して干は10個しかないので、毎日2個ずつズレて行く。ある日が甲子時(23時)から始まると、その日の17時からは癸酉時となり、19時から干はスタートに戻って甲戌時、21時が乙亥時。だから翌日は丙子時スタートであり、甲→丙と2つ分ズレている事が解る。

     これをまとめた五子元遁表という便利なものがある。下の様なものだ。

     甲乙丙丁戊
     己庚辛壬癸
    甲丙戊庚壬
    乙丁己辛癸
    丙戊庚壬甲
    丁己辛癸乙
    戊庚壬甲丙
    己辛癸乙丁
    庚壬甲丙戊
    辛癸乙丁己
    壬甲丙戊庚
    癸乙丁己辛
    甲丙戊庚壬
    乙丁己辛癸

     各列が、この場合は日干である。例えば甲日なら一列目を、壬日なら四行目を参照する。それで、該当する時支の行と交わるセルが、その時の干となる。
     例えば丙午日の14時(未の刻)は、丙辛列・未行の甲が時干となり、甲未時である。

     この五子元遁表も、出来ることなら頭の中でパッと書けるようにしておきたい。一行目に陽干(奇数番目の干。甲丙戊庚壬)が順に並んでいるので、これだけ覚えておけば後は順に埋めるだけである。そんなに難しくない。


    3、月の干支
     まず月支であるが、一年は十二カ月、支も十二個なので、時支と同じく一体一対応が成立している。旧暦正月、新暦2月が寅月であり、以降十二支の順番通りに配当して旧十二月、新1月が丑月である。ちなみにこれは、各月の一日に北斗七星の柄が指す方角の十二支(真北が子で、30度ごとに東回りで配置)と一致する。

     続いて干。これも時干と同じく十二カ月と十干とで2つ分のズレが生じる。だから年ごとに月干は異なる。
     さらに、現在広く用いられている暦法では、甲子年の12月は丙子月となる。つまり、先の五子元遁表の一行一列の甲を丙に改め、以下順に埋めて行けば月用の対応表が求められる。
     甲子年に甲子月が入れば、五子元遁表がそのまま使えて実に簡便である。このことについては前回の記事で論じたので、そちらを参照してほしい。


    4、日干支
     日干支の計算が一番めんどくさい。
     何故と言うに、一年は365日、または366日なのである。10でも12でも割り切れず、月や時の場合と違って、固定されている干支や表で求められる干支がない。だから、基準日を定めて、そこからの経過日数を計算するしかない。以下その計算方法を述べる。煩雑だが頑張っておくれ。

    一、西暦の下ごしらえ
     西暦を12で割って余りを求める。この余りをaとする。

    二、うるう年の補正
     現行の暦法では、1)西暦が4で割り切れる年はうるう年とし、1日増やす 2)100で割れる年は4で割れるけれど、うるう年とはしない 3)400で割れる年は100で割れるけれどうるう年とする という規則がある。これに従ってうるう年分の追加日数を計算しなければならない。
     ここで、先に底関数の説明をして置きたい。[x]をxの底関数といい、xよりも小さい整数のうち最も大きいものを表す。なんだか分かりにくいが、正の整数の範囲に関して言えば、小数点以下を切り捨てる演算だと考えてもらってよい。例えば[3.14]=3、[√2]=[1.41…]=1である。
     で、うるう年の補正項を求める。その年が西暦y年だとして、補正項bを次の通り定義する。

     b=[y/4]-[y/100]+[y/400] (ただし、1月と2月についてはyから1を引く)

    三、月ごとの日数の算入
     各月に日数は30日だったり31日だったり28日だったりして、しかもそれが不規則に並んでいる。だからこれは計算で出すよりも、定数項として覚えてしまった方が手っ取り早い。干支はそれぞれ10日、12日を周期として循環していることを考え合わせれば、算入すべき定数はそんなに大きくならない。月ごとの定数は次表の通り。

    月   1・5  2・6  3  4   7   8  9  10  11  12
    定数c  9   40  8  39  10  41  12 42  13  43

     この表も覚えてしまえ。さっきからそればっかりだと思われるかもしれないが、何だかんだ覚えてしまうのが手っ取り早い。占いをやるにはもっと膨大な知識を記憶しておかなければならないのだから、これくらいのことを覚えるのは苦でもあるまい。

    四、日数の算入
     その日が某月d日ならば、このdをそのまま用いる。

    五、計算
    以上で求めた年月日の変数・定数を全部足す。

     x=a+b+c+d

     このxの一の位から、日干が求められる。

    一の位 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
    日干  甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸

     また、xを12で割った余りから日支が求められる

    余り 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
    日支 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥

     この二つの表も、勿論覚えなければならない。もっとも、この計算では甲・子が0と対応するように調整してあるから、別段覚えるほどの物でもない。

     例えば、来年、2017年の11月4日の日干支を求めてみよう。

    ・2017÷12=168…1、よってa=1
    ・b=[2017/4]-[2017/100]+[2017/400]
      =[504.25]-[20.17]+[5.0425]
      =504-20+5
      =489
    ・11月なのでc=13
    ・d=4
    なので、x=1+489+13+4=507
    一の位は7、507÷12=42…3。よってこの日は辛卯日である。


     随分長くなったけれど、これで八字を計算できるようになったはずである。占いを志す変人、もとい、有望な後輩諸君の役に立てば幸いだ。

                                           十薬庵


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  • 甲子年甲子月の話をしてみよう

    2016-10-17 01:041

     年月日時、これを四柱と言うが、これには干支が割り振られる。
     念のため書くけれど、干支と言うのは十干と十二支の組み合わせによって得られる、60個一組の……一組の……なんと言ったら良いのだろう? 上手い言い回しが見つけられないから、仕方ない、取り敢えず「組み合わせ」とでも言っておこう。60個一組の組み合わせである。カレンダーに「きのえ ね」とか「ひのえ うま」とか書いてあるのを見たことが無いだろうか? あれである。

     東アジア圏で広く使われる暦法上の用語であり、十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)とを組み合わせて作る。10と12の最小公倍数が60なので、全60種類の干支が存在する。六十干支とか十干十二支とかいろいろな言い方をする。訓読みするならば「えと」である。

     上述の通り、干支は年月日時に割り当てられ、これは順繰りに移行していく。干支については甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、十二支については皆御存知の通り、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の順番であって、干支はこの順番の組み合わせ通り進んでいく。
     つまり、甲の次が乙、子の次が丑だから、甲子の次は乙丑になる。以下同様にして丙寅、丁卯と進んでいき、60番目、癸亥まで来たらその次は振り出しに戻って甲子である。延々と、飛ばしたり後戻りしたりせずに古今往来この順番を維持して移行していくので、暦の情報を記述するのに便利なのである。

     さてそれでは、この干支のスタート地点はどこだろう? 干支が甲子から始まる以上、カレンダー上のどこかに甲子年甲子月甲子日甲子時が存在するはずである。
     理屈の上では甲子年は60年に一度、甲子月は5年に一度、甲子日はだいたい2カ月に一度、甲子時は5日に一度巡って来ることになる。この計算を見ると、甲子月は甲子日がある場合と無い場合とがあるわけで、そうすると概ね120年に一度はこの四柱ともに甲子のパターンが訪れるはずである。だから、干支暦の紀元はある四柱甲子日の120n年前であるはずである。

     ここまでは理屈。では実際はどうか。実はこの理屈は成り立たない。図書館にでも出かけて調べてもらえれば分かるのであるけれど、現行の干支暦において甲子年の子月は、干が丙となっていることが御理解いただけると思う。
     つまり、120年に一度巡り来るのは甲子年丙子月甲子日甲子時なのである。月の干だけが2つ進んでしまっている。大変遺憾であり、据わりが悪く、実に鬱陶しい。何とかしたい。だから今回は、これを何とかする事を考えてみたいと思うのである。

     月の干支について、まず支の方は月ごとに固定である。
     占いでよく使うのは旧暦だけれど、月の区切りは暦月ではなく節月を使うことが多い。暦月と言うのは一般的ないわゆる旧暦である。これは月の朔望周期をひと月とするものである。新月の日が一日となり、次の新月が翌月の一日になる。
     これに対し節月というのは、節気を一日とする暦法である。例えば、旧正月一日は立春日となる。立春はだいたい新暦2月4日ごろである。翌月、旧暦二月は啓蟄日で、これは新暦3月5日頃。以降同様である。
     で、ここでは特に断りが無ければ、節月を使うものと考えて頂きたい。また、新暦旧暦と書いて行くのが面倒なので、漢数字で一月二月と書いた場合は旧暦、アラビア数字で1月2月と書く場合は新暦を言っているのだとご承知願いたい。

     さて、月と支の対応であるが、一月(2月)が寅である。以降、順に割り振って行くだけである。ちょっと旧暦新暦、節気と支を表にまとめてみよう。

     旧暦 新暦 節気 支

     一月 2月 立春 寅
     二月 3月 啓蟄 卯
     三月 4月 清明 辰
     四月 5月 立夏 巳
     五月 6月 芒種 午
     六月 7月 小暑 未
     七月 8月 立秋 申
     八月 9月 白露 酉
     九月 10月 寒露 戌
     十月 11月 立冬 亥
    十一月 12月 大雪 子
    十二月 1月 小寒 丑

    こうである。
     で、これに十干が順に配当されていくわけで、月の干支は年の干に応じて次の表のようになる。

     旧暦 新暦 節気  甲・己年 乙・庚年 丙・辛年 丁・壬年 戊・癸年

     一月 2月 立春   丙寅   戊寅   庚寅   壬寅   甲寅
     二月 3月 啓蟄   丁卯   己虎   辛卯   癸卯   乙卯
     三月 4月 清明   戊辰   庚辰   壬辰   甲辰   丙辰
     四月 5月 立夏   己巳   辛巳   癸巳   乙巳   丁巳
     五月 6月 芒種   庚午   壬午   甲午   丙午   戊午
     六月 7月 小暑   辛未   癸未   乙未   丁未   己未
     七月 8月 立秋   壬申   甲申   丙申   戊申   庚申
     八月 9月 白露   癸酉   乙酉   丁酉   己酉   辛酉
     九月 10月 寒露   甲戌   丙戌   戊戌   庚戌   壬戌
     十月 11月 立冬   乙亥   丁亥   己亥   辛亥   癸亥
    十一月 12月 大雪   丙子   戊子   庚子   壬子   甲子
    十二月 1月 小寒   丁丑   己丑   辛丑   癸丑   乙丑

     それで、私としては甲年の列十一月の行が丙子であることが気に喰わないのだ。なんとかしたい。
     表中から甲子の月を探すと、戊・癸年の十一月が甲子である。で、特に癸年というのは甲年の前年に当たる。つまり、子月、すなわち十一月(12月)が翌年であれば、甲年に甲子月が存在することになって、屈託が無くなるのでまことにすばらしい。四柱皆甲子が成立する。
     だからと言って、なんの根拠もなく「十一月は翌年の領分だ」と主張するのもどうかと思う。歳首の座を追われた一月も納得がいくまい。寅に噛み殺されかねん。ちょっと考えよう。

     しばらく考えていて思いついたのだけれど、十一月には冬至が存在する。冬至と言うのは実に重要なイベントである。冬の極み、最も夜の長いこの日は、太陽が復活する日でもある。この日を境に昼が長くなっていくわけで、この日に太陽が生まれ変わると詩的に考えることも可能である。太陽が生まれ変わるならば、この日から新しい年であると考えても差し支えあるまい。

     さて、冬至であるが、これは節気でなく中気である。立春から順に二十四節気を並べた時に、奇数番目のものが節気、偶数番目のものが中気である。
     一般的に、節月は節気を起点としている。今回はこれを中気起点に変えてしまおうという理屈である。これをもとにさっきの表を、中気を考慮して書き変えてみよう。年の始まりが二カ月早まる。新暦で言えば、12月の終わりごろはもう次の年と考えるのである。

     旧暦 新暦 中気  甲・己年 乙・庚年 丙・辛年 丁・壬年 戊・癸年

    十一月 12月 冬至   甲子   丙子   戊子   庚子   壬子   
    十二月 1月 大寒   乙丑   丁丑   己丑   辛丑   癸丑   
     一月 2月 雨水   丙寅   戊寅   庚寅   壬寅   甲寅
     二月 3月 春分   丁卯   己虎   辛卯   癸卯   乙卯
     三月 4月 穀雨   戊辰   庚辰   壬辰   甲辰   丙辰
     四月 5月 小満   己巳   辛巳   癸巳   乙巳   丁巳
     五月 6月 夏至   庚午   壬午   甲午   丙午   戊午
     六月 7月 大暑   辛未   癸未   乙未   丁未   己未
     七月 8月 処暑   壬申   甲申   丙申   戊申   庚申
     八月 9月 秋分   癸酉   乙酉   丁酉   己酉   辛酉
     九月 10月 霜降   甲戌   丙戌   戊戌   庚戌   壬戌
     十月 11月 小雪   乙亥   丁亥   己亥   辛亥   癸亥

     どうだろう。甲子年に甲子月が入って、実にしっくりくるではないか。
     さらに言えば、中気スタートの月割は、西洋占星術のサインと十二支の間に一対一対応を作る事が出来る。あちらではスタートは白羊宮で、白羊宮0度は春分点に当たる。だから、干支術と西洋占星術の間の比較、理論的統合を考える上でも、中気スタートの月割の方が据わりがよろしかろう。

     以上から、ノウエ占術部門としては年の始まりは冬至、月の始まりは中気とする暦法を主張するものである。まあ、占法によって都合のいい暦法を採用すればいいだけの話ではあるけれど。
     ひょっとしたら、この程度の事はもう誰かが提唱してるかもしれない。その場合、我々はその説を支持するものであると考えてもらいたい。

                                           十薬庵


  • 練香の話をしてみよう

    2016-08-25 22:07

     洋の東西を問わず、オカルト関係の儀式に香は不可欠な小道具である。
     現代でも魔女はインセンスを薫くし、キリスト教会では乳香沒薬を神に捧げ振り香炉を用い、仏教徒は仏前で香華を手向ける。パワーストーンやタロットカードの浄化にも香煙が用いられ、その他もろもろ、祭祀儀式やそれを模した諸々には大抵香がついて回る。
     オカルトの一分野を為す占いとて例外ではない。ことに卜術、タロットや易で占うに当たっては、香を焚くことを勧める記述があちこちに見られる。
     例えば、朱子の『筮儀』の記述によれば、易で占う為には先ず清浄な土地に立筮専用の部屋を設け、その部屋の中に立筮用の道具を諸々安置し、部屋を掃除し、身を清め、衣冠を改め香を焚いてから立筮作法に移らなければならないと記されている。
     この忙しい現代日本で、この作法をきちんとこなす易者はどれくらいいるのだろう。一寸請けあいかねる。私だってそこまで厳粛に卦を立ててはいない。精々手を洗い香を薫くくらいだ。
     これらの作法は要するに、心身の浄化、語弊を恐れずに言えば精神の鎮静と集中を助けるものである。だから、自力で感覚を研ぎ澄ませることのできる熟練者は、この煩雑な手続きを必要としないだろう。いつでもどこでも、自在に卦を立て得る。いな、卦すら立てることなく適切な助言を与え得ることだろう。
     若輩菲才の十薬庵としては、出来れば香を薫いてから静かに卦を立てたい。

     さて、その香である。
     香の音を聞くと、エンドルフィンなんかの脳内物質が分泌されて、いやし・精神鎮静などの効果が得られるらしい。前述の通り神と向き合うために、或いは自分と向き合う儀式の前に香を薫く理由の一つは、この効果を考えての事だろう。
     で、薫く香について。香には直接火を付けるタイプ、体にまとうタイプ、間接的に加熱するタイプの三つがある。他にもあるかもしれないけれど、取り敢えずこの三つをここではあげておく。
     一つ目は線香とか焼香とか。煙が上がるタイプのものである。儀式に用いるのは主にこれだろう。香りと煙に意味づけがされることが多い。
     二番目としては匂い袋とか塗香とか香水とかが挙げられる。これらは、体臭を誤魔化すという物理的な清めの意味合いが強い。これもまた清めの一種と言えよう。ただ、我が国では清めと言うと禊、つまり水で汚れを洗い流す伝統的作法が存在するため、火や香りを使った清めはあまり発達しなかった。これらは仏教の影響下にある儀礼で主に用いられているようである。
     三番目が練香や印香。炭火であぶり、火はつけない。煙が出ないように用いるのである。私は占う為の精神集中の補助としては、専ら練香を使っている。今回はこの練香について語ろうと思う。


     練香というのは、沈香や丁子、白檀や貝香その他諸々の香料を粉にして混ぜ合わせ、炭粉、蜂蜜や梅肉なんかで練固めた、しっとりとしたお香である。原型は、おそらくエジプトに求められる。
     古代エジプトでは香煙が人と神とをつなぐと考えられており、神官たちが日に三度香を薫いたという。朝に用いるのは乳香、昼には没薬、そして夜に薫くのはキフィと呼ばれる、種々の香料を混ぜたものである。
     キフィは聖なる煙というような意味合いで、ぞの材料はワインに浸したレーズンや蜂蜜、シナモン、ペパーミントや没薬などなどの16種の香料である。この16種、現在では具体的に何であるか全貌は詳らかではなく、諸家がいろいろに文献を解釈したりアレンジしたりして再現を試みている。私もその内やってみようと思う。
     このキフィがギリシャに伝わり、さらにアラビアにも流入する。アラビアでキフィはバフールと呼ばれる薫香として発展する。多分、バフールの英語がパフュームにあたるのだろう。
     キフィ、バフールはともに魔よけの効果があるとされる。実際の意味合いとしては、例えば砂漠地帯に生息する毒虫が寝室に侵入するのを防ぐ効果があったのだろう。蚊取り線香みたいなものである。
     バフールは現代でも、身分の上下を問わずアラブの人々に愛用されている。彼らはバフールの香りを部屋だけでなく、服や体にも焚き染める。この辺りは日本での薫物の使われ方と同様である。異なる点として、日本では練香は煙を出さないように細心の注意を払って加熱するが、バフールはガンガン火にくべてバンバン煙を出すように用いる。キフィも「聖なる煙」というぐらいだから同様だろう。
     その後インドに入ったバフールは仏教の儀礼に取り入れられ、仏教とともに中国、次いで日本に伝えられたらしい。日本では奈良時代ごろには宗教儀式で用いられていた。これが平安時代に入ると貴族の趣味として洗練を加えられる。各家に秘伝の調合が確立し、公達姫君が御自慢のオリジナル練香を空薫し、体や服にも香りを薫き染めていた。明りの乏しい平安京の夜にあって顔が見えずとも、例のオリジナルの香りで個人を識別することが可能だったらしい。実に雅なことである。薫物合せのような遊びも行われ、後に香道が成立したりもした。この様な遊びはあまり他国には見られず、日本独自のものである。大和民族の鋭敏繊細な感性の精華である。最近は中国や台湾、韓国でも「香道」という文言を見かけるらしい。確かに香文化は大陸から伝来したが、香道は日本オリジナルの芸道である。
     とは言え香料は大抵輸入品。中国や東南アジア、中近東に産するのであり、割とお高い。日用品と言うよりは趣味の品である。

     最近は練香を目にする機会なんて、炉の季節の茶席くらいである。かつて隆盛を極めた練香がこんなに衰退したのはなぜだろう。やはり原料が高いからだろうか。何にせよ、文化の衰退というのは実にもったいない事である。
     皆もっと練香を使ったら良い。先に述べたように私は練香を占術儀礼の一部として取り入れているが、練香が活躍できるのは何もオカルティックな場面に限られるわけではない。
     練香の特徴として、香りがまったりと重めである点、上品であまり強くない点、線香などと違い煙が出ないので澄んだ香りが楽しめる点、残り香が長く残る点が挙げられる。これらを活かせばよい。
     例えば、玄関で薫くのはどうだろう。来客の30分前くらいから薫けば、お客様がお出での際にはほんのりと上品な残り香が漂っていることだろう。実に素敵なおもてなしである。
     或いは、トイレの芳香剤代わりにも使える。トイレくらいの広さなら、2日か3日は残り香が持続するだろう。安い芳香剤のキツイ匂いよりも、練香の上品な香りでトイレを安らぎの空間に。
     勿論、居間や寝室で使うのも良い。前述の通り香には癒し効果がある。かの清少納言も枕草子で「心ときめきするもの」として「良き薫物たきてひとり臥したる」と述べている。疲れた心身に芳香浴は有効だ。
     風水的にも香は有用である。玄関では良くないモノの侵入を防ぎ、トイレでは金運・健康運に好影響を与える。居間・寝室では安定性を与え、基礎的な運勢の底上げに貢献する。
     そして、プロアマの占術師各位には、占いの的中率が若干上がる効果もあることを付言しておく。

     斯様に練香はナイスなアイテムなのである。繰り返すが、皆もっと使ったら良いと思う。この程、グリーンぺリラはオリジナルの練香の販売を始めたので、よければ買っておくれ。

     フリル https://fril.jp/item/1a3c610ac59881dec251d025cf082dc0
     ミンネ https://minne.com/items/5921580