誰がための甲子園。高校球児の物語と消費する国民。
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誰がための甲子園。高校球児の物語と消費する国民。

2019-08-25 07:57

    日付が変わってもう一昨日のことになりましたが。

    今年も日本の夏の風物詩、高校野球が閉幕しました。ってんで、本日の朝刊ははてさてどのように扱っているのかなって見たのだけれど。

    うーん。いや、分かるのよ、奥川君が目玉だったというのは。でもさー、勝ったのは履正社なわけじゃん?ここは素直に一面は優勝校に割くべきじゃないのかね?
    デイリー・トーチュウは平常運転だから別として(一面は阪神・中日の話題。ブレねぇな、おい)、他四紙全部奥川君て。これじゃ、勝った履正社のコ達が

    勝ったのわいらやのに…(´・ω・`)

    ともんにょりしないかね。甲子園での優勝ですよ?地元に帰れば英雄扱いですよ。
    彼らにとって一生の思い出になるものでしょう?そりゃ何人かはその後プロとしての道があるのかもしれないけれども。
    それがね、さて昨日の試合のことどう記事にしてくれているかな?なんて新聞手にするでしょ。そしたら自分が勝った相手校の投手のことばかりクローズアップされているわけですよ。こんなにやるせないことってありますかね?おっちゃんなら「は?勝ったの俺らだろうが!」と下手すりゃ電凸ですよ。

    や、そりゃあね、新聞社だって飯の種に記事書いているのだから、売れるためには受けの良いものを狙わないとあかんのだろうけれど、なんだかなーと言う気はする。
    判官贔屓は日本人のサガだけれども、去年の吉田君の時は正にそんな感じで何かラスボス扱いされている大阪桐蔭可哀想だな、とは思ったよ。同じ高校生なのに。
    でも今年のこれはそれとは違うし。

    ちなみに一般紙は全て履正社ナイン歓喜の写真で一面に飾られていました。うん、やっぱりこっちのほうが真っ当な気がする。一般紙は当然一面全てを使ってはいないし、下朝鮮のGSOMIA破棄の話題が中心だったからそうはなる。でもそれが普通ではないかしら?と思う。

    熱闘甲子園とか好きではあったんですよ。主に皆口裕子さんのナレーションのおかげですが。
    でもテレビを見なくなって久しく、まだやっていたんだな、と。で、その熱闘甲子園をおっちゃんの友人があまり好きじゃないと言う。一人の選手をクローズアップして主人公扱いして、他の選手や相手校を蔑ろにしていないか?って。

    未だに夏は「タッチ」の再放送やっているんですかね?観てましたよ、毎年。で、毎年終わらないの。最後まで辿り着かない。編成でどうにかできないのかよ、と思うわけ。孝太郎の肉まんの話とか毎年やらんでもえぇやろ、って。
    でね、物語としては最高の素材なんですよ、高校野球って。思春期の、成長の記録や戦い、なんだったら恋模様なんてトッピングすれば極上のストーリーなんです。
    誰かが主人公で、その主人公がハッピーエンドを迎える、そこにカタルシスを得るというのが物語の醍醐味で、それは確かにハッピーエンドが全てではないにしても、主役がいて話は進むわけで、その主役不在では物語は成立しない。

    毎年甲子園(地区大会)ではその主役足りえるヒーロー性を持った選手が出てくるわけですよ。野球知らないおっちゃんでも、古くは清原・桑田、ハンカチ王子にまーくん、最近じゃ金足農の吉田君に今年は大船渡の佐々木君とか。

    PLコンビはその後プロで活躍して球史に名を刻む選手となったし、田中投手は24勝無敗をもってメジャーに行き活躍している。最高のストーリーを国民に与えてくれたヒーローですわ。
    んじゃその主人公が決勝で敗れました、でもその先にはまだプロとしての道が、って終わっていない、甲子園はその物語の道程に過ぎない、っていう話はまぁありとしましょう。
    でもね、甲子園を最終目標にしていた子達だっているわけですよ。要は優先順位の問題

    奥川君は残念だった。泣くな、これからがある。は、いい。この泣くな、で泣いている顔の写真を使うとか、何というドラマチックな演出なんでしょう。甲子園の土は持って帰らない、プロとしてまたここに戻ってくるために、なんて、本人に狙った意図がなくても本当に俺達の戦いはこれからだ!(打ち切りではない)として最高のコメントですよ。でもそれは終面か、よしんば三面辺りでやるべきであって、一面を飾るべきは優勝した履正社高校の歓喜の輪であって、高校球児全てを平等に称える前提があったとしてもまずはそうなるのが筋ってもんじゃないかな。
    結局は高校球児の彼らの人生は国民の娯楽として消費されている、そのためにドラマが勝手に作られて、ドラマ優先で世の中に発信されている、そんな様子が自分には透けて見える気がしたのでした。

    まぁ、凡人のおっちゃんからすれば、そういった選ばれし才能を持つ人の定め的なものは憧れる一方で、甲子園優勝メンバーでありながら、野球から離れて暮らしているおっちゃんの話とか好きなんですけどね。

    「なぁ、これ(当時の新聞を指さしながら)覚えているか?俺、あの夏の優勝投手だったんだぜ。でもここに出ているのはあの時の向こうのピッチャーでさ、俺にはそこまでの才能がないとプロへの道、自分で断ったんだ。今はこれで良かったと思っているけどさ、何か…未だに燻っているものがどこかにあるんだよな…。」

    「…お前、また野球やらねぇか?地元の高校の監督いなくて困ってるんだ。もう一度、投げてみろよ。お前の育てた選手でもう一度、甲子園目指してみようや。」

    みたいなー。

    でもまぁ、自分が育てた選手達が優勝してもまた相手校に上杉達也がいるんでしょ?分かります。あーあ、なんだかなー。


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