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この物語はフィクションです。
「……セルフレジ、せっかく導入したのに誰も使いませんねぇ。」
「めんどくせぇと思ってるんだろうな。」
とあるコンビニの深夜。神月と丹馬の二人がレジ中でぼんやり立っている。一通りの作業を終えて、今は納品待ち。
「めんどくさいって言ったって、そんな難しいものじゃないでしょうに。なんでですかねぇ?僕なんて珍しいから一度はやってみたいと思うんですけど。」
「そういうヤツの方が珍しいってこったよ。大体の連中は会計するのにレジの前に突っ立って、店員が来るのを待ってるだけなんだから。」
「あれ何なんすかねぇ……。店員いるんだから呼べばいいのに。」
神月は何とはなしに入り口のドアを見ながら投げやりな言葉を吐く。
「どいつもこいつも思考停止して生きてる連中なんだよ。自分から自発的に動こうなんて人間じゃねぇ。待ってりゃ店員が勝手に来て、商品スキャンして、いくらか言ってきて、金放り投げて持って帰ればいいと思ってやがる。そこに感情なんか要らねぇし、コンビニで買い物ごときに余計な体力使いたかねぇんだろ。」
「……言い方。」
入り口のドアが開き、スーツ姿のサラリーマンらしき男性が入店してくる。申し訳程度のいらっしゃいませーを投げかけて、男性がぐるっと店内を一回りするとそのまま何も買わずに出ていく背中を眺める。
「ありがとうございませんでしたー。」
もうそろそろ冷凍食品の入荷が来る頃。今日はどうせ大した量の納品ではない。
「来月アタマからレジ袋、有料化ですよね。どうなんですかね?皆袋使うの控えるもんなんですかね?」
「あー?控えるわけねーだろ?上の会社のおっちゃん達見てみろよ。毎日毎日同じもの買って、缶コーヒーひとつを袋に入れてくれって、そういうのが急に変わると思うか?たかだか3円とか5円程度にそんな抑止力があると思う?コンビニを毎日使ってる連中ってのはもはやルーティンなんだよ。もはや呪いに近い何かだよ。そしてそれはオートメーション化されているんだわ。だからどれだけ朝ピークで列が長かろうと黙って待つし、それをショートカットするためにセルフレジの方に流れたりしない。」
「それが理解できない。」
「ちょっと考えれば分かるだろ。やり方の良く分からんものを一人で頭捻りながら時間かけて使うよりも、俺ら店員がスキャンしてサッカーした方が結果早いんだから。セルフ使ってる客より、その後に並んでた客の方が俺達が捌くと先に店出てくんだぜ?」
「……あれ、複雑な気分になりますよね。」
丹馬は手持無沙汰になったか業務用冷凍庫の扉を開き、中の整理をしている。
「だからあいつらは変わらない。多少はいるかもしれんよ、数人かならいるだろ、朝の常連でもセルフレジ使う若い子達。そういうのが普通にできるヤツらからもしかしたらマイバッグ用意したり、今まで貰ったレジ袋を使い回したりするかもな。でも大多数は変わらない。パン一個、缶コーヒーひとつに「レジ袋お使いになりますか?」って聞いて、「ください」と言われて「何で?」って喉元まで出かかる。お前のその肩からかけてるバッグはパン一個も入らない程パンパンだぜぇなの?缶コーヒーすら入らないポケットつけてるのそれ飾りなの?」
「ほんとそれですよ。」
「そんなヤツらが有料化したところでレジ袋に金を払うことに躊躇すると思う?たかが3円程度で。もうルーティンなんだよ。レジ袋貰わないとその日一日具合悪くなっちゃうんだよ。体調崩して仕事に支障をきたすようなら3円払っちゃうの。何の意味もない。」
「そもそも何で有料化なんですかね?そこら辺が分からない。」
「おまえはもうちょっと世の中に興味を持ったほうがいいな。まぁあれだ。海洋プラスチックの問題なんだろ。」
「海洋プラス……あー、だから紙ストローだのやってたのか。」
「あれもバカだけどな。プラのストローが世界中の海洋プラスチックの何%占めてるんだよ。というか、レジ袋にしたってそうだけどよ、当たり前にゴミ箱に捨てる、ゴミとして処理されれば関係ねぇ話なんだわ。不法投棄するやつらを片っ端からぶち転がしていけばいい話じゃねぇか。」
「物騒。」
「この東京のど真ん中で買い物したやつが、わざわざ海まで行ってレジ袋ぶん投げてくると思うか?ないだろ、そんなの。精々が植え込みの中に捨てるまでだよ、ぶっ飛ばしてやりてぇけどな、そういうヤツも。」
「確かにそう考えるとそうですね。それじゃ何で海洋プラスチックの問題なんて日本で考えなきゃならないんだろう。」
「いるだろ。民度の低い生物が。隣の国に。」
「だから言い方。」
「そういうのを表立って言えないから、せめて日本はこういう取り組みをしています、って体裁を取り繕うためのもんだよ。世界に向けて。政治屋のお偉いさんが考えそうなことだよ。で、割を食うのが下々の国民ってわけ。」
「あー。」
「なんやかんや試算はしたんだろ?で、レジ袋が槍玉に上がった。それだけの話。ところがその計算を支える国民がバカばっかだから、結果何も変わりゃしねぇ。こんなのもいずれ有耶無耶に立ち消えしていく話だわ。マイ箸とかどこ行ったってこと。」
「あ、割り箸使うの控えようとか運動ありましたよね。結局間伐材とか竹を使ってるから森林伐採とは全く関係なかったっていう……」
「あれも京都議定書絡みだっただろ。要するにお役人様の顔に泥を塗らないために、我々平民共がとりあえず意味も分からず良かれと思って付き合うんだよ。」
「なんか……バカバカしく思えてきた。」
「しょうがねぇわ。今の日本なんざ上から下までバカしかいねぇんだから。」
「それじゃ変わりようないですね……。とりあえずどうなるんだろう、オペレーションのことまだ何も聞いてないんですけど。」
「どうせ変わりようのない客相手にするんだからさ、いいんだよ、いつも通り袋に入れてやって、黙ってレジ袋代しれっと取っておけば。」
「ただの押し売りじゃないですかやだー。」
「いいんだよ、押し売りで。その人のルーティンワークを俺達が死守してあげてるんだ。その客の今日一日の安寧を俺達が約束している、それでいいじゃねーか。」
「うーん、何だか言いくるめられた気がする。」
「あー、納品まだかよ。今日の朝飯何にするかなー。サマリカレーか、つるやで蕎麦食うか……。竹屋の牛丼飽きたしなぁ……。」
「神月さんの朝飯もほとんどそこら辺ばっかじゃないですか。あ、それもルーティンなんですか?」
「バカ野郎。朝開いてる店がそこら辺しかねーからだよ。俺だって好きで食ってるわけじゃねーんだから。」
入り口の扉が開いて、冷凍食品のドライバーが商品を運んでくる。丹馬が空の収納BOXを倉庫から引きずり出してきながら神月に尋ねる。
「でもそう言っても寄って帰るんでしょ?今日はどこに行くんです?」
「……つるやで冷やしたぬきそば大盛だな。」
「……セルフレジ、せっかく導入したのに誰も使いませんねぇ。」
「めんどくせぇと思ってるんだろうな。」
とあるコンビニの深夜。神月と丹馬の二人がレジ中でぼんやり立っている。一通りの作業を終えて、今は納品待ち。
「めんどくさいって言ったって、そんな難しいものじゃないでしょうに。なんでですかねぇ?僕なんて珍しいから一度はやってみたいと思うんですけど。」
「そういうヤツの方が珍しいってこったよ。大体の連中は会計するのにレジの前に突っ立って、店員が来るのを待ってるだけなんだから。」
「あれ何なんすかねぇ……。店員いるんだから呼べばいいのに。」
神月は何とはなしに入り口のドアを見ながら投げやりな言葉を吐く。
「どいつもこいつも思考停止して生きてる連中なんだよ。自分から自発的に動こうなんて人間じゃねぇ。待ってりゃ店員が勝手に来て、商品スキャンして、いくらか言ってきて、金放り投げて持って帰ればいいと思ってやがる。そこに感情なんか要らねぇし、コンビニで買い物ごときに余計な体力使いたかねぇんだろ。」
「……言い方。」
入り口のドアが開き、スーツ姿のサラリーマンらしき男性が入店してくる。申し訳程度のいらっしゃいませーを投げかけて、男性がぐるっと店内を一回りするとそのまま何も買わずに出ていく背中を眺める。
「ありがとうございませんでしたー。」
もうそろそろ冷凍食品の入荷が来る頃。今日はどうせ大した量の納品ではない。
「来月アタマからレジ袋、有料化ですよね。どうなんですかね?皆袋使うの控えるもんなんですかね?」
「あー?控えるわけねーだろ?上の会社のおっちゃん達見てみろよ。毎日毎日同じもの買って、缶コーヒーひとつを袋に入れてくれって、そういうのが急に変わると思うか?たかだか3円とか5円程度にそんな抑止力があると思う?コンビニを毎日使ってる連中ってのはもはやルーティンなんだよ。もはや呪いに近い何かだよ。そしてそれはオートメーション化されているんだわ。だからどれだけ朝ピークで列が長かろうと黙って待つし、それをショートカットするためにセルフレジの方に流れたりしない。」
「それが理解できない。」
「ちょっと考えれば分かるだろ。やり方の良く分からんものを一人で頭捻りながら時間かけて使うよりも、俺ら店員がスキャンしてサッカーした方が結果早いんだから。セルフ使ってる客より、その後に並んでた客の方が俺達が捌くと先に店出てくんだぜ?」
「……あれ、複雑な気分になりますよね。」
丹馬は手持無沙汰になったか業務用冷凍庫の扉を開き、中の整理をしている。
「だからあいつらは変わらない。多少はいるかもしれんよ、数人かならいるだろ、朝の常連でもセルフレジ使う若い子達。そういうのが普通にできるヤツらからもしかしたらマイバッグ用意したり、今まで貰ったレジ袋を使い回したりするかもな。でも大多数は変わらない。パン一個、缶コーヒーひとつに「レジ袋お使いになりますか?」って聞いて、「ください」と言われて「何で?」って喉元まで出かかる。お前のその肩からかけてるバッグはパン一個も入らない程パンパンだぜぇなの?缶コーヒーすら入らないポケットつけてるのそれ飾りなの?」
「ほんとそれですよ。」
「そんなヤツらが有料化したところでレジ袋に金を払うことに躊躇すると思う?たかが3円程度で。もうルーティンなんだよ。レジ袋貰わないとその日一日具合悪くなっちゃうんだよ。体調崩して仕事に支障をきたすようなら3円払っちゃうの。何の意味もない。」
「そもそも何で有料化なんですかね?そこら辺が分からない。」
「おまえはもうちょっと世の中に興味を持ったほうがいいな。まぁあれだ。海洋プラスチックの問題なんだろ。」
「海洋プラス……あー、だから紙ストローだのやってたのか。」
「あれもバカだけどな。プラのストローが世界中の海洋プラスチックの何%占めてるんだよ。というか、レジ袋にしたってそうだけどよ、当たり前にゴミ箱に捨てる、ゴミとして処理されれば関係ねぇ話なんだわ。不法投棄するやつらを片っ端からぶち転がしていけばいい話じゃねぇか。」
「物騒。」
「この東京のど真ん中で買い物したやつが、わざわざ海まで行ってレジ袋ぶん投げてくると思うか?ないだろ、そんなの。精々が植え込みの中に捨てるまでだよ、ぶっ飛ばしてやりてぇけどな、そういうヤツも。」
「確かにそう考えるとそうですね。それじゃ何で海洋プラスチックの問題なんて日本で考えなきゃならないんだろう。」
「いるだろ。民度の低い生物が。隣の国に。」
「だから言い方。」
「そういうのを表立って言えないから、せめて日本はこういう取り組みをしています、って体裁を取り繕うためのもんだよ。世界に向けて。政治屋のお偉いさんが考えそうなことだよ。で、割を食うのが下々の国民ってわけ。」
「あー。」
「なんやかんや試算はしたんだろ?で、レジ袋が槍玉に上がった。それだけの話。ところがその計算を支える国民がバカばっかだから、結果何も変わりゃしねぇ。こんなのもいずれ有耶無耶に立ち消えしていく話だわ。マイ箸とかどこ行ったってこと。」
「あ、割り箸使うの控えようとか運動ありましたよね。結局間伐材とか竹を使ってるから森林伐採とは全く関係なかったっていう……」
「あれも京都議定書絡みだっただろ。要するにお役人様の顔に泥を塗らないために、我々平民共がとりあえず意味も分からず良かれと思って付き合うんだよ。」
「なんか……バカバカしく思えてきた。」
「しょうがねぇわ。今の日本なんざ上から下までバカしかいねぇんだから。」
「それじゃ変わりようないですね……。とりあえずどうなるんだろう、オペレーションのことまだ何も聞いてないんですけど。」
「どうせ変わりようのない客相手にするんだからさ、いいんだよ、いつも通り袋に入れてやって、黙ってレジ袋代しれっと取っておけば。」
「ただの押し売りじゃないですかやだー。」
「いいんだよ、押し売りで。その人のルーティンワークを俺達が死守してあげてるんだ。その客の今日一日の安寧を俺達が約束している、それでいいじゃねーか。」
「うーん、何だか言いくるめられた気がする。」
「あー、納品まだかよ。今日の朝飯何にするかなー。サマリカレーか、つるやで蕎麦食うか……。竹屋の牛丼飽きたしなぁ……。」
「神月さんの朝飯もほとんどそこら辺ばっかじゃないですか。あ、それもルーティンなんですか?」
「バカ野郎。朝開いてる店がそこら辺しかねーからだよ。俺だって好きで食ってるわけじゃねーんだから。」
入り口の扉が開いて、冷凍食品のドライバーが商品を運んでくる。丹馬が空の収納BOXを倉庫から引きずり出してきながら神月に尋ねる。
「でもそう言っても寄って帰るんでしょ?今日はどこに行くんです?」
「……つるやで冷やしたぬきそば大盛だな。」
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