日記 108
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日記 108

2018-11-01 07:40
    10月31日(水)

     来週からクソ忙しくなる。いやもうすでに忙しかった。
     それ以外書くことねぇな……。
     久々に頭使って楽しかったけど、これ評価に関係ないとこなんだよなぁと思うとやり切れない。
    金のために働いてるんだから、金に繋がらないことは一切したくないんだ……。(仕事嫌い)


     悪夢を見たのは覚えているんだが、中身は忘れた。
     車で事故って菊名にあるポムの樹(名前がそうなだけで、おそらく別物)で、相手側と示談することになったんだけど、カーナビ持ってないせいでさんざん道に迷った挙句、途中で夢の中にいることに気づいて、ほっといていいかとさぼてんで唐揚げ喰って目が覚めた。
     そんな夢だった気がする。別に悪夢でもないな!
     久々にまともな休みだ。旨いもん食いたい。

     戯れ
     デリダがよく使ってた言葉。神のような超越的な存在によって予定、計画されたものではなく、様々な違いが出て結びつくことによって、世界が成り立っている考え方。多分この解釈は間違ってる。戯れってもっと別な考え方だったような。
     
     世界は神よって作られたか、否か。
     確かめる術はないなら信じたいものを信じればいいと思う。
     TVでケンタッキー州のノアの箱舟博物館の来場者にインタビューしていた。
     ダーウィンの進化論なんて馬鹿げていると本気で信じている連中で、こいつらイカれてるなと素直に感じた。でも、遺伝子がどういった物質であるかだとか、人間の生まれる前の時代に神はいたのかとかそういう疑念を全く抱かずに生きていけるのはある意味幸せなことだと思った。
     腹減った、飯喰う。
     眠い、寝る。
     金ない、稼ぐ。
     こういった随伴的な生き方をしていれば、まるで自分の人生が一個の番組みたく、例えば2018年11月1日の午前7時ごろにこの文章を書いているのがあらかじめ決められているようにも錯覚してしまうのだろう。
     行動選択の理論だったか、人間のとりうる行動を数式で表すという奴があって、前提にその人間は合理的だとか、あらかじめ情報を知っている、知らないとか色々つくのだけれど、これだって言ってしまえば随伴的な人間の仮定のような気がするのだ。
     突き詰めて考えていけば、合理的な人間は随伴的な(周りの環境に反応するだけの)人間であるような気もする。記述することができる思考は、果たして自由であるといえるのか。合理性や論理的な思考は獣と人を分けるものだと近代の知識人は言ったらしいが、きっとそんなことはない。合理性や論理なんてものは、形而上の進化によって得られた形質でしかないのだ。そういう考えに憑りつかれそうになる。
     だから、超越的な存在を信じたくなる気持ちも理解できるが、まあ、仮にいたとしても我々が考えられうるような存在ではないのだろう。なんせ、超越的なんだから。考えるだけ無駄。
     イカれてると感じたのは、多分そこじゃなく、超越的な存在の考えてることはこうだと知ったつもりになって、現実に持ってこようとするところなんだろう。そのうち、核の炎を神の光とか言い出して、ソドムとゴモラの街をスイッチ一つで焼きださないか心配になる。そこまで愚かではないだろうけど、人間群れたらバカになるから分からない。
     
     今日はこの辺で。
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