「秋」「記憶」「ずいぶん」
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「秋」「記憶」「ずいぶん」

2013-02-03 05:25

    アスファルトの上に紅葉がつもっているのを見て私は思い出す。あれは私が子供の頃の話だ。この道を通って学校に通っていた。あれは、近所のカンちゃんという同じ学校に通う1つ歳が上の幼馴染と学校から帰っていた時のことだった。私の住んでいたマンションの用務員をしていた当時七十くらいの、マッさんと呼んでいたおじいさんが落ち葉を集めて焼き芋をしているのを見た。カンちゃんは私が残念そうに聞いていたのをみたのだろう。

    「こんちは、マッさん、一人で焼き芋なんてずるいぜ」

    と、頬を膨らませて、今度の休日に掃除を手伝うからそのあと食べようと言ってくれた。もちろん用務員であるところのマッさんはその日は仕事であったのだが、別の棟の前ならば、と言って了承してくれたのだった。

     そして、当日カンちゃんがたくさん友達を呼んできたのを見て、私は人数分の量を用意できないだろうなと内心焦りながら、マッさんが来るのを待った。予定の時刻になってもマッさんは現れない。どうしたのかと考える間にカンちゃんの友達たちが、ぶつくさと文句を言いだした。カンちゃんもそれを聞いてマッさんを呼んでくると、走って用務員室まで行ったのだが、そこには別のおじいさんしかいなかったらしい。

    「マッさん、倒れたんだってさ」

     そうして、その日楽しみにしていた焼き芋は食べられないまま僕たちは大人になってしまった。そのあと両親にねだって石焼き芋の屋台の芋を買ってもらったのだが、どうにも味が分からなかったのも覚えている。いつも仲良くしてもらっていただけに、マッさんの死に堪えていたのかもしれない。

     

    部屋に戻ると回覧板が郵便入れに挟まっていた。それをみた私はほぉ、これはと思わず声をあげてしまう。週末の土曜、町内会で朝の清掃があるらしい。いつもなら平日の仕事の疲れが溜まり、眠ってしまっている時間なのだが、こんなのを思い出すとどうしてもあの時逃してしまった芋を食べたくなってしまう。私はカバンをベッドの上に放り投げ、ネクタイをかけるとすぐにスーツ姿のまま近所のスーパーマーケットに向かった。社会人になればお札の一枚くらい飛んでもかまわないなと学生時代は考えていたものだが、現実は厳しく、ワンコイン程しかぜいたくに使える余裕がない。だが、それでも週末の行事が楽しいものに思えてくる。

     

    待ちに待った土曜日がやってきた。アパートの外に出るとご近所の方々もジャージ姿ですでに来ていた。いつもこういう行事には、あまり顔を出さないのにと御隣に住むおばさんに目を丸くされた。

    普段ご近所づきあいというものをやってこなかったけれども、世間話をしていれば意外に時が過ぎるのは早いもので、3時ごろにはあらかた掃除を終えてしまった。後は軽トラックの上に落ち葉の入ったビニール袋を乗せていく作業を残すだけとなった。ふと、袋に入れてしまったのだから、もう焼き芋などできないのだろうかと不安な気持ちでいっぱいになった。それでも社会人としての手前、ひとつ残らず積み込むしかないだろうと最後の二つの袋に手をかけた時、浅黒く日焼けをしたおじさんに声をかけられた。

    「分かってないな。兄ちゃん、こういうのの後は、決まってるだろ」

    黒ずんだ軍手で額を拭って白く歯並びの良い歯をきらりと見せた。周りには近所の子供たちだろうか、こちらもおじさんに負けないくらいニカニカと笑っている。

    「焼き芋、ですよね」


    ずいぶん、久しぶりに食べる焼き芋の味はおいしい。屋台やなんかで売られている石焼き芋に比べれば流石に味は劣るのだろうが、それでも皆こうして互いの労を労いながら囲むのも悪くはない。きっと、あのマッさんも子供たちとでアツアツを頬張りながら少し寒くなってきた秋空の下に白い息を吐きたかったのだろう。


    部屋に戻った私は、冷蔵庫の中のさつまいもを見た。

    「あ、持っていくの忘れてた」

     記憶をたどり、思いをはせるのも良いが、昔の記憶ばかりに気を取られているとつい忘れっぽくなってしまう。昔のことばかり話していたあの用務員のおじさんのことが頭に浮かんだ。

    「ああ、こりゃ、しばらくは大学芋だなぁ」


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