名張ぶどう酒毒殺事件1
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名張ぶどう酒毒殺事件1

2014-07-27 22:50
    私がこの事件に感心を持ったのは事件の凄惨さもあるが、

    現在、死刑囚として監禁されてる奥西勝死刑囚に冤罪の可能性があり

    支援団体もかなり大きくなって動いてる事と真実を知りたいという好奇心から

    事件の概要をネットで知り当時の新聞や江川紹子氏の著書、名張ぶどう酒6人目の犠牲者を

    読み疑問に思う事などを書いていきたいと思います。

    江川紹子氏とはTwitterでやりあったのですが、全く話にならない人物でした。

    彼女は最近は片山祐輔も冤罪だとか言ってますね。

    このような何でもかんでも冤罪支援をして真実を追う事をしない人がジャーナリストと

    言われてるのには遺憾です。

    何故なら彼女は他人の意見を聞こうともしないし己の常識と想像力だけが

    正しいと信じてる自己盲信者だからです。

    確かに冤罪の可能性もあります。しかし可能性だけで彼が犯人ではないと

    言いきるには、あまりにも無責任ではないでしょうか?

    ご遺族の気持ちを考えると、冤罪の可能性がある程度にすませるような内容に

    するべきではなかったのでしょうか?

    では事件のあらましから、書いていきたいと思います。

    1961年3月28日、三重県名張市葛尾の薦原地区公民館葛尾分館(現存しない)で、

    地区の農村生活改善クラブ(現「生活研究グループ」)「三奈の会」[1]の総会が行われ、

    男性12人と女性20人が出席した。この席で男性には清酒、女性にはぶどう酒(ワイン)が

    出されたが、ぶどう酒を飲んだ女性17人が急性中毒の症状を訴え、5人が亡くなった。

    捜査当局は、清酒を出された男性とぶどう酒を飲まなかった女性3人に中毒症状が

    無かったことから、女性が飲んだぶどう酒に原因があるとして調査した結果

    ぶどう酒に農薬が混入されていることが判明した。

    その後、重要参考人として「三奈の会」会員の男性3人を聴取する。

    3人のうち、1人の妻と愛人が共に被害者だったことから、捜査当局は、

    「三角関係を一気に解消しようとした」ことが犯行の動機とみて、奥西を追及。

    4月2日の時点では自身の妻の犯行説を主張していたが、4月3日には農薬混入を

    自白したとして逮捕された(逮捕直前、奥西は警察署記者会見に応じている)。

    しかし、逮捕後の取り調べ中から犯行否認に転じる。

    ちなみに一審は無罪、しかしその後戦後初の逆転有罪になりました。

    もちろん事件の残忍性と身勝手な行動から極刑の死刑判決になり現在も監禁中です。

    まずこの事件を冷静に考えて行きましょう。

    まず本来の司法の疑わしきは被告人の利益にありと日本の法律に則って

    言うならば、この事件は冤罪の可能性もあります。

    自白だけでは有罪にできないと法では決まってますので。

    しかしながら当時の調書で奥西だけが毒を入れる時間があったと判断して

    +自白ならば話しがかわってきます。

    もし、時間の操作が行われていたと新証言がでれば、おそらく動きがあるでしょう。

    これは検察の完全なミスです。事件解決を急ぐあまりに部落の人達を誘導して

    作文調書をかなりもった結果でしょう。

    もっと時間をかけて確実な証拠集めと自白の信憑性を固めて行くべきでは

    なかったでしょうか?マスコミの過熱ぶりもあり焦った結果いい加減な調書を

    完成さして真実を闇に隠してしまった思います。

    奥西が真実をそのまま自白するような人柄だったとは思えません。

    彼は嘘つきで粗暴な性格のようですし、嘘をつく際には真実を混ぜあわせて

    つくのが相手を混乱させ効果的なのは解っていた可能性もあります。

    加えて捜査段階で臭い芝居じみた泣き芸も披露してるのです。

    ここまで読まれた方は私が奥西勝は真犯人だ!と決めつけてるように思われるかも

    知れませんが、これは冤罪派の方への安易な考えで良いとこどりで確実な冤罪と

    言い切れない現実をもう一度冷静になってこの事件を見てもらうために可能性の

    一部として見て頂いて欲しいがため記載してるだけなので誤解のないように

    お願いいたします。

    もちろん他の真犯人の可能性のある私なりの個人的な犯人像も後程紹介したいと

    思っておりますし、まずは奥西死刑囚の事から入らないと他の可能性も探れないので

    このように文頭に話題を持ってきた訳です。

    私が奥西の事を完全な冤罪だと言いきれないのは他にも不可思議な

    事が多すぎるからなのであります。

    まず、この毒物はニッカリンと断定されましたが、そのニッカリンが

    都合よく紛失されている。

    そして事件当日の朝、奥西はいつもは3人で仕事に出かけるのに一人早く

    出発している。(自白では名張川にニッカリンの瓶を捨てる為にと言ってる)

    更に役員でもないのに、酒を運びに来ている。(普段は動かない人なのに)

    そして事件の起こった現場で皆が慌てふためいてるのに嫁を抱いて下を

    俯いたまま何もせずにうなだれていた。

    嫁が酒は飲むなと奥西から言われてたのにと絶命の前に話してる

    ここまで偶然が重なっていたら部落の人達は疑って当然だと思うのです。

    江川紹子氏の六人目の犠牲者は部落の残された人達かもしれません。

    この事件の為に時間について警察に誘導され又は自己的に嘘をつくような

    話になってしまって、いろんな人から何度も嘘つき呼ばわりを永い年月に

    渡って言われるはめになったのですから。

    この頃は腕時計もしてないような時代ですから時間の曖昧なのは誘導によって

    いくらでも警察の思いのままだったはずです。













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