幸福に関する記述(幸せになる方法):15
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幸福に関する記述(幸せになる方法):15

2018-01-17 14:11



    ○幸せになる方法

     ●幸福な支出をする

     日常の生活で人は外領域とのやりとりをしながらで生きている。
     外領域とのやりとりの中で幸福を得る方法を考えていく。

     単刀直入にいえば、幸福な支出をすることである。

     見返りを求めず、対象の(幸福)のためにする支出
     =幸福な支出(=愛)

     基本的にはこれだけで良い。


     人は外の領域と必ずやりとりをしている。
     人は生きている以上、価値を消費しなければ生きていくことはできない。

     価値として一般的に考える事ができるのは
     (金銭、時間、体力や能力)
     の三種ぐらいだろうか。

     経済圏で生きて行くには金は絶対に必要だし、時間を止めることはできないから常時垂れ流しである。金を稼ぐには体力や能力を社会に提供しなければならない。

     他にも消費できる価値はあるかもしれないけれど、基本的にはこの三つの価値を消費している考えて差し支えないだろう。
     (三つの価値の尺度に人の人生は支配されている。)

     この三つの価値の支出についてそれぞれ幸福な支出をすれば良いのだ。

     金銭を使うとき、時間を使うとき、体力(能力)を使うとき、幸福な支出をするだけである。


     ●最重要は「自己」

     まずは「自己」に対して幸福な支出をすることである。
     前回の記事で(幸福な支出=愛)と定義した。
     幸福な支出はあくまでも「対象」を想定しているから、愛は二人称の視点でしか存在できない。

     自分に幸福な支出をするとは、自分の主観だけで考えてはならない。
     主観で自分を愛そうとすると、それは「わがまま」となる。

     自分を愛するということは「わがまま」ではない。
     客観的に見て自分に幸福な支出をすることである。
     他人を見るのと同じように「自己」を支出の対象とするのである。

    **********
     幸福な支出とは、見返りを求めず対象の(幸福)のためにする支出である。
     (受け取りを強制しない)

     (幸福)=(嬉しい、楽しい)
     (不幸)=(不満、不安、トラブル)(=(問題))
     (幸福)≠(快楽)=(不幸を根本原因とした快)
      =(社会的承認) :快楽の形態の一つ
    ≠(安心)=(不幸の実現の回避)
    **********

     なお「自己」領域の(幸福)とは、他人の権利を侵害して得てはならない。
     他人に自分を犠牲に何かを与えて得てもならない。
     「他者」が介入してはならない。

     「他者」のことはどうしようもできないので、「自己」の領域には含めない。

     逆に言えば、他者の幸福については介入できない。
     他人の幸福のために自分が犠牲になったとしても他人の幸福には関与することができない。
     だから価値の支出で他人が幸福になるとは限らない。
     自分の幸福を犠牲にしたなら自分の幸福度は下がるだろうが、他人の幸福度は上がるわけではないのである。
     社会全体が他人の幸福を優先したら、社会の幸福度はどこまでも下がるだろう。

     だから、とりあえず自分が幸福になることだ。
     そうすれば社会全体の幸福度も上がるはずだ。
     他人の権利を侵害して得た快は幸福ではないので、幸福度が下がることはない。


     「他者」に対して幸福な支出をするのは「自己」の幸福の後である。
     「自己」に幸福な支出をしても余剰分があるなら「他者」を幸福な支出の対象にする。


     ●不幸な支出はケチる

     できるならばすべての支出を幸福な支出にすれば良いけれど、現実的には不可能である。
     不幸(不満、不安、トラブル)という問題は生きる上で切り離せない。
     生きている上で問題は常に新しく発生し続ける。

     不幸に対する支出を完全なゼロにすることはできない。
     ゼロにできないならば最小にするまでである。

     不幸に対して支出をする際は徹底的にケチればいい。
     不幸を根本原因とする消費は不幸を購入しているのと同じ事である。

     自分にとっての(不幸)を解決するのに必要十分条件を満たす価値だけを支出すれば良い。

     ただケチったところで不幸(不満、不安、トラブル)が少しでも残ったら意味がない。
     不幸をマイナスの数値で表すならば、(-0.1)でも残したら駄目だ。
     不幸を根本原因としている支出は(幸福)ではないので、(+0.1)でも駄目だ。
     (マイナスよりは良いかもしれないけれど。)
     (0)にするのが一番望ましいだろう。


     ●幸せになる方法

     不幸の方が幸福よりも強いという特性がある。
     同じくらいならば不幸の方が優先的に認識される。

     となれば、不幸の処理からするのが妥当だろう。

     「好きな物と嫌いな物を食べるのはどちらから」という言うのに似ていいる。
     食事のときは時間的期限があるので嫌いな物を処理する期限がある。
     しかし、現実の(不幸)にはそれがない。
     後回しにするといつまでも後回しにされてしまう。
     不幸は常に新しく発生する。
     後回しにすると(不幸)は数え切れない程になって手に負えなくなってしまう。

     だから、まず真っ先に(不幸)から処理するのが良いだろう。


     よって次のようになる。

     人の消費する価値は金銭、時間、体力(能力)の三種がメイン。
     それぞれについて支出を考える。
     
     ①不幸に対して必要十分を満たす程度に支出をして処理する。
     ②「自己」に対して幸福な支出をする。
     ③余剰分があるならば、社会(他者)に対して幸福な支出をする。


     幸福になる方法の根本的なルールだ。



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