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今更ながら「二四時間テレビ」のギャラについて、ちょっと
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今更ながら「二四時間テレビ」のギャラについて、ちょっと

2013-09-11 10:38
  • 4

 もう今更かもしれないけれど、問題になった二四時間テレビのギャラに関して思うことを、少し。
 これは、二四時間テレビがチャリティーを喧伝しているにもかかわらず、その番組の出演者にギャランティを支払っていた、と言う問題である。視聴者が、ボランティアじゃ無いのかと騒いだのである。
 また、それに対して、テレビ局が「基本的にボランティアでお願いしております。しかし、拘束時間の長い方など、場合によっては謝礼という形でいくらかのお支払をしております。」という回答をしたから、それもまた問題となった。

 そもそもこの番組の内容について、偽善だとか、感動の押し売りだとか、色々と言われている。内容に関しても問題点の多い番組である事は以前からも言われていたことである。
 まぁ、そのことについて私はテレビを持っていないし、その番組を見たわけでもないから語るに値しない。

 私が言いたいのはギャラに関してのことである。
 私はこういったチャリティー番組で、芸能人がギャラをもらうことは悪いこととは全く思わない。これは他の慈善事業すべてにも言えることだが、むしろ、もらうべきだとすら思う。芸能人が自ら始めた慈善でない限りはもらってしかるべきだ。

 それは、「芸能人」は何をする人かを考えれば解ることだ。
 「芸能人」と言った場合、それが芸の能力がある人とは誰も思わないだろう。タレント、役者、コメディアンなど、多くを含むが、「芸能人」はテレビに出ることを仕事のメインとしている人の総称だと思う(テレビと言うよりメディアと言った方が良いだろうか)。
 本当に芸の能力がある人、つまり芸で食っている人は「芸能人」とは呼ばれないのだ。

 芸能人の仕事とはメディアに露出することを仕事のメインとしているわけだ。ではそういうメディアが、何を収入源としているか。それは広告費である。テレビもラジオも基本的には広告費でまかなわれている。
 つまり、芸能人の収入は原則すべてが広告費なのである。
 コメディアンが面白いことを言うのも、役者がうまい演技をするのも、広告のためなのである。

 思えば、テレビに出ている若い役者の実力が低いのもその辺りに理由があるのだ。少しでも演劇をかじったことのある人ならば、若い役者に実力が全くないことは明白である。しかし、それは広告のためだと考えれば理解できる。要は実力など関係なく、広告になりそうならばそれで良いのである。

 逆に言えば、どんなに実力があっても広告にならない人はメディアには必要ないということになる。

 結局、芸能人の仕事というのは何かを宣伝することが仕事なのだ。

 これは「ペニオク詐欺」の事件のときから思っていることだけど、日本人には(?)それが分かってない人が多いのではないだろうか。

 ペニーオークションとは、本来であれば落札した人だけが金銭を支払うのに対し、入札行為に手数料を設定し、その手数料で利益を上げることを目的としたビジネスモデルだ。ペニオク詐欺事件は、この入札を自動で行い参加者が落札できないようにしていた業者が摘発された事件である。そして、件の運営サイトを広告(ステルスマーケティング)していた芸能人が謝罪することとなった。

 広告することは芸能人の本来の仕事である。そして、その取引先が犯した罪をなぜ芸能人本人が、かぶらなければならないのだろうか。勿論、事務所を通さずに個人でやったなら責任はあるだろう。しかし、事務所を通していたのならば、その責任は事務所が負うべきだ。取引先を見極めるのは契約をした者の責任だろう。

 イメージやらがあるだろうから、活動自粛は免れないだろうが、本人が謝ることなのかと言うことだ。所詮芸能人は広告塔。ポスターに謝れというのもおかしな話では無いか。

 私はコンビニの店員だが、こうしろと指示された事柄に関して、そうしたとしてもその行動に関して私は責任を一切負わない。それは法律としてきちんと明文もされていることである。
 タバコや酒の年齢確認で、私自身に対して文句を言う人も、確かに相当数いたが。責任の所在はある程度考えた方が良いのではないだろうか。

 話を二四時間テレビに戻す。
 芸能人の仕事は広告をすることだ。二四時間テレビであれ何であれ、広告をすることが本来の仕事なのだ。二四時間テレビに出ると言うことは、二四時間テレビと言う番組(それにともなう広告)を広告することであり、結局普通の仕事と変わらないのである。日常的に行っている平常通りの仕事をして、給料が出ないというのもおかしな話では無いか。

 例えば、会社に仕事へ行ったとする。会社に行くと張り紙がしてあって、「今日はボランティアです」「今日の給料の一切はすべて寄付されます」とあったらどうだろうか。少なくとも私は働きたくないから、さっさと帰るだろう。これで働く奴はいかれた慈善事業家か、アホだけじゃないのか。

 どんな仕事であれ、本来の仕事をしたのならば、当然金銭を受け取るべきだと思う。プロがしたプロとしての仕事には当然賃金が発生してしかるべきなのだ。

 もし完全ボランティアでやることになったら、出る側にもそれなりにメリットがなければならない。となれば、出る芸能人は売り出し中の奴と落ち目の奴だけになるだろう。そんな惨めな番組誰がみるんだ(まぁ逆にちょっとみたい気もするけど)。

 テレビ局もさ、はっきり「当然支払っていますが、それが何か?」ぐらい言っても良いと思う。変な夢を見る甘ちゃんが減ってくれると思うんだが。


 そもそも、「基本的にボランティアでお願いしております。しかし、拘束時間の長い方など、場合によっては謝礼という形でいくらかのお支払をしております。」と言う言葉自体が、偽善を繕っている感に満ちあふれて不快なんだけど、それはもうしらん。



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 うーん 善意の心の募金行動をTV局の食い物にされてると感じる人もいるのではないかと思います。

 24時間TVを放送するための 運営費やらなんやらに募金のお金を充当しているのではないか? そういった考えが見ている人にあるったりするんじゃないかな? とか思ったりします。

 募金したお金の流れを 逐一調べて、事実を確認できる人間は少ないだろうし、邪推し始めればどこまでも止まらないと思ったりします。

 かりに、そうではないと言ったり、証拠を提出しても、それが本当に本当かを疑いだしたら厳しいだろうし、この手の話は難しいですね。

 それに、私は宣伝して募金を募ります、なのでギャラはもらいます。ですが視聴者はいつもは無料で宣伝を受け取っている立場にあるのに、そこにお金を下さいではどうにも締まりのない話にも思えてしまうは分からなくもないような気もします。

 
93ヶ月前
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>>1
コメントありがとうございます。

なるほど。まず私の考えの前提からちょっとおかしかったかもしれないです。
私の中ではテレビ局という組織はあまり良い会社にはみれないんですよね。

広告費も大体の丼勘定ですし。
それにテレビ局は企画段階がメインで、末端は外部組織ですからね。
多分、一般では考えられないくらいひどいと思いますよ。

なので、そういった印象を持つのは全く持って自然だと思います。

ただ、私が言いたいのは芸能人の位置づけというか、役割に関してですね。テレビ局では無くて。
芸能人というのはテレビ局からしたらただの「道具」に過ぎないと言うことを言いたかったわけです。

募金を募るために「募金をお願いします」と印刷して箱に張る。
印刷するときにコンビニですれば10円かかります。
箱も百円均一で買えば100円かかります。
つまり芸能人を使うという行為は、それと全く同じ事だと言うことです。

テレビ局と芸能人は視聴者からみたら同じ側ですが、実際は看板でしかないんです。
また、芸能人はすべからくそうあるべきでもあります。
そこに芸能人自身の意思は基本的に絡んできません。
芸能人からしたら、それは普段通りの仕事でしかないんですよね。
リースされた道具にはレンタル料を払うべきですよね。

テレビ局のやっている偽善に関しては一切フォローしません。
どんどんディスってください。

募金に関しては、多分寄付団体から証明書が発行されるでしょうし、それが証拠になってしまうのでちゃんとやっていると思いますよ。証明書をもらわないと税金がかかってしまうので。団体からキックバックされてたら分かりませんけどねw



93ヶ月前
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うーん、24時間テレビはTV局のチャリティーなのであって、出演者のチャリティーではないということなんでしょうか。身を切るのは出演者じゃなくTV局。あでも、それならCM流さずにやるのが筋か…番組の趣旨に賛同するスポンサーがつくならそれも全額寄付という形で。
つまり普通にCMも流れる今の番組は、まぁただ寄付を集めるための番組ですよということなんですかね。

でも、それで「基本的にボランティアでお願いしております」はおかしいですね、これはTV局ひどすぎる。
こんなコメント出して出演者からクレーム来ないんでしょうか?
なんだかやはり色々突っ込みどころのある問題の様な気がします。
93ヶ月前
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>>3
コメありがとうございます

そうですね。本当に善意でやるならば、CMを流すのはおかしいですね。

CMを流すから、視聴率を稼ぐ行動につながります。内容も視聴率が稼げそうな内容になります。何も知らない圧倒的多数が一方的に感動できる内容になります。一部の本当を知る人からすると不快な内容になります。

障害者とかその辺りの話は、映画舞台における「死」と同じ感じでよく使われるんですよね。「死」は一瞬ですが、障害は長いのでじんわりとした心に響く物語になりやすいです。しかし、その物語を書くのは障害者をよく知らない脚本家だったりします。細かいところがおかしいので当事者からすると「これはちがう」となります。障害を小道具として利用しているだけですね。だから、偽善的になります。

「基本的にボランティアでお願いしております」はおかしいですね。「ボランティア」の言葉の定義に身を隠したごまかしかと思います。
これに出演者はクレーム・・・。という事ですが、多分ほとんど無いと思います。というのも、どこのテレビ局もこんな感じですし、それに文句を言うとなると、業界全体に文句を言っていることになり、確実に干されますから。面倒なことを一言言っただけで仕事がなくなるというのはこの業界では普通のことです。その辺りにテレビ局はあぐらをかいているようにも見えますね。


本当に、突っ込みどころが多すぎですね。
テレビという業界自体が歪み、業界の人間の感覚も歪み、また、それを見る人間もその業界に偏見を持ち、過度な期待をして、どこもかしこもうねってしまって。そもそもどこが本当の問題なのかすら、よく分からないです。



93ヶ月前
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