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砕かれること
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砕かれること

2016-04-13 06:00

    砕かれること

    クリスチャンの[あるある]w

    ・愛のない人ほど、やたら「愛しましょう」と強調する。
    ・人を赦せない人ほど、「赦しなさい」と声高に語る。
    ・自分が悪いのに「赦します」と言う(謝らない)。
    ・「悔い改めよ」が口ぐせ。
    ・自己肯定が強く、人の言葉に耳を貸さない。
    ・批判されることはすべて迫害。
    ・偏狭になって社会全体が見えていない。

    こういうクリスチャンばかり見ていると「キリスト教ってやだわー」って感じる人が出てくるのではないでしょうか? ねーw

    でも、どうか一部の枝や、なっている実だけ見て、毛嫌いしないで下さい。
    人を見たら確実に躓きます。
    いろんな仏教徒がいるように、クリスチャンにだってさまざまな人がいるのです。

    世捨て人みたいな変てこクリスチャンにならないためには、常に地域社会やノンクリスチャンと交わる必要があります。
    なぜなら、クリスチャンが目指しているのは修行をして山奥の仙人みたいになることではありません^^;
    イエス様も使徒パウロも問題を抱えている人々や異邦人らに積極的に関わってきた歴史があるからです。

    信仰的な良い本も少なくありませんが、本には出来ないのが人のプライドを砕くことです。

    高慢な人は、いつもトラブルの原因を他人のせいにします。自分が間違いを犯したなどと絶対に認めません。

    人が成長するためには人が必要で、しかも、自分に耳障りの良くないことを言ってくれる人でなければなりません。

    そういう指摘はときには気分を害します。反論したくもなりますが、ぐっとこらえなければなりません。

    それはありがたい友です。宝です!

    憤慨して縁を切りますか?
    いえいえ、だめよ~、だめだめ。(←古っ)
    神さまはプライドを嫌われます。

    「主よ、私のプライドを砕いて下さい。聞く耳を与えて下さい」と祈りましょう。
    神さまに嫌われるくらいなら、痛い言葉を受け入れましょう。

    へりくだる人にはどんどん人が集まります。
    砕かれた人には自然と人がついてきて、離れません

    人間関係をよくするために必要なことは相手を変えることではありません。
    まず自分を変えること、主によって、また人によって自分を変えられること

    もし、人間関係が変わらないなら原因は自分自身にあるかもしれません。
    それが「プライド」です。
    そのプライド、木っ端微塵に粉砕しきってしまいましょう!

    あざける者を責めるな、おそらく彼はあなたを憎むであろう。知恵ある者を責めよ、彼はあなたを愛する。知恵ある者に教訓を授けよ、彼はますます知恵を得る。正しい者を教えよ、彼は学に進む。(箴言9章)
    (「知恵ある者」とは叱責を受け入れることができる謙虚な人。聖書はへりくだることを教えています)。

    「光の中にいる」と言いながら、その兄弟を憎む者は、今なお、やみの中にいるのである。兄弟を愛する者は、光におるのであって、つまずくことはない。兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩くのであって、自分ではどこへ行くのかわからない。やみが彼の目を見えなくしたからである。(1ヨハネ2:9-11)」

    「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)。


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