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  • No.047 既存記事のリスト2

    2020-05-26 00:00
    あらすじ 今回は本編をおやすみさせてもらい、本シリーズの要約&各記事へのリンク第2弾となります。タイトル部分をクリックすると各記事にジャンプします。(第1弾はこちら

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    No.032 古代の測量技術について ~その5~ 設計図としての地図3

    第30回で「正距円筒図法」で描かれた地図上で、日本における古代の拠点が正確に直線上に列ぶ傾向を指摘し、第31回で3世紀くらいまでに世界でどのような地図製作技術があったのかを調べました。古代中国において「方格図」あるいは「方眼図法」という地図法がありましたが、地球科学が発達しておらず地図の「投影法」が知られていなかった古代において、正確で広範囲な地図を方格図の方法で制作しようとしたときに直面する「不都合」を指摘します。

    図1:古代中国の地図「方格図」の方


    No.033 古代の測量技術について ~その6~ 設計図としての地図4

    まず、古代の測量技術でも、現代の緯線に相当する経路を測量することは理論的には可能であることを指摘しています。その後、正確な経線、緯線を測量したときにその結果が、土地が平面であるという考えに基づく「方格」とのズレを生じ、補正が必要になることをを示します。補正の仕方により、結果として得られる地図が現代の「サンソン図法」や「正距円筒図法」と近似したものになると結論付けています。

    図2:方格と実測の緯線経線の長さのズレ


    No.034 古代ヤマト 埋葬地と祭祀地12 安芸の大王墓

    いわゆる神武東征神話は「紀元前後に九州にあった古代ヤマト国家が、数代に渡って東方に領土拡大しながら移動し、3世紀中頃畿内の大和地方に政権を作った」ことの仮託と考え、安芸国や吉備国の領域に大王墓の痕跡がないか探してきました。第16回から第18回までに安芸の領域について検討しましたが、より可能性の地点を紹介します。祭祀地は伊勢神宮内宮と同緯度にある元伊勢伝承地「今伊勢宮」、埋葬地は弥生時代後期の特徴的な墳丘墓である「梨ヶ谷遺跡1号墓」です。

    図3:伊勢神宮内宮、元伊勢今伊勢宮、梨ヶ谷遺跡の位置関係


    No.035 古代ヤマト 埋葬地と祭祀地13 安芸の大王墓の特徴

    梨ヶ谷遺跡1号墓は夏至の日の出を鬼ヶ城山山頂付近に眺める位置で、古代ヤマトの王墓の特徴を示しています。さらに山頂と墓を結ぶ軸線は九州の糸島市にある平原王墓と京都府宮津市の籠神社を結ぶ軸線と平行する特徴があります。また冬至の日の入りを眺める方角にも武田山という山頂を持ち、これが祭祀地である「今伊勢宮」と同緯度となるという特徴もあります。「墓に関係する山頂が祭祀地と同緯度」という特徴は今後の重要事項です。

    図4:梨ヶ谷遺跡1号墓付近の状況


    No.036 古代ヤマト 埋葬地と祭祀地14 吉備の祭祀線

    前回「墓に関係する山頂が祭祀地と同緯度」という特徴を発見しましたが、これに基づいて第21回から第26回に紹介した吉備の大王墓について見直したところ、同様の特徴を持っていることが分かりました。備前一宮である吉備津彦神社と備中一宮である吉備津神社を結ぶ軸線は夏至の日の出を眺める軸線と一致しますが、夏至の日の出を眺める山頂が生田神社の旧社地と同緯度となります。また、この山頂から子午線、同緯度線、寅申線(夏至の日の出の方角とその逆)、辰戌線(冬至の日の出の方角とその逆)の方向に備前国分寺、吉備高島宮伝承地、元伊勢など重要地が配置されていることが分かります。

    図5:吉備津彦神社周辺の拠点の位置関係


    No.037 古代ヤマト 埋葬地と祭祀地15 大和の天皇陵

    大和盆地にある初代神武天皇の陵墓も夏至の日の出の方角に大神神社(みわじんじゃ)、三輪山を持ち、古代ヤマトの王墓の特徴を示しています。ですが、よく観察するとこの方角は水平線から日が昇る方角であり、山の端から朝日が差す方角とはズレていることが分かります。朝日が差す方角には志貴御縣坐神社(第10代崇神天皇の宮殿跡)、巻向山山頂があります。
    さらに巻向山山頂は崇神天皇陵(前方後円墳)の指し示す方角と一致し、山頂を共有する形になります。また、冬至の日の入りの方角には葛城山があり、この山頂と同緯度東方に伊勢神宮内宮が位置しています。これは元伊勢の今伊勢宮と同緯度でもあります。

    図6:神武天皇陵、崇神天皇陵と伊勢神宮同緯度線との位置関係


    No.038 祭祀の籠目 1.規則的に配置された日本の神社

    これまでの観察から子午線、同緯度線、寅申線(夏至の日の出の方角とその逆)、辰戌線(冬至の日の出の方角とその逆)の方向が古代人には重要で、特に子午線、同緯度線上に拠点が列ぶ特徴があることが分かってきました。また古代の日本には精緻な測量技術が存在し、方格図(現在の正距円筒図法の地図)を使用していたことが推測されます。経緯は次回以降ですが、「祭祀の籠目」のシリーズでは古代の神社などの拠点が日本版方格の線上に沿って配置されていることを示していきます。

    図7:日本版方格である「籠目」のイメージ


    No.039 祭祀の籠目 2.諏訪大社基準の籠目 (1)

    日本版方格である「籠目」を発見するきっかけとなった諏訪大社を中心とした神社の配置について発見の経緯から順を追って示します。まずは諏訪大社、秩父神社、鹿島神宮の東の一の鳥居がほぼ同緯度に列ぶ点に着目し、諏訪大社、秩父神社の祭祀の関連性について考えてみます。

    図8:諏訪大社、秩父神社、鹿島神宮の東の一の鳥居の位置関係


    No.040 祭祀の籠目 3.諏訪大社基準の籠目 (2) 隠蔽された太陽神の痕跡

    鹿島神宮には武甕槌神が祀られていますが、常陸国風土記には「鹿島の大神」としか書かれていません。また付近の大生神社も鹿島神宮の元宮を主張、鹿島神宮側はそれを否定するなど謎が残ります。しかし諏訪大社、秩父神社との同緯度線や、4つの一の鳥居、大生神社、2つの別宮、筑波山、船橋の意富比神社の元宮である入日神社の位置関係を組み合わせて考えると子午線、同緯度線、寅申線、辰戌線の方向に関連付けられた中心点の存在が浮かび上がってきます。その場所は夏至や冬至の日の出、日の入りに特徴付けられた、言わば太陽信仰の中心地であるかのようです。

    図9:鹿島の大宮神社と諏訪大社同緯度線、筑波山、船橋の入日神社の位置関係

    図10:大生神社と鹿島神宮の一の鳥居(北、東、西)の位置関係(交点が大宮神社)


    No.041 祭祀の籠目 4.諏訪大社基準の籠目 (3) 上野国の中心・波己曽大神

    鹿島の大宮神社が夏至や冬至の日の出、日の入りに特徴付けられていることが分かりましたが、同緯度にある諏訪大社にそのような傾向はないでしょうか?諏訪大社からみて夏至の日の出の方角には妙義山、妙義神社があり、周辺神社の立地や遷座の経緯を見ると妙義神社が上野国の祭祀の中心だったと考えることができます。また、諏訪大社、妙義山、物見山、入日神社、鹿島の大宮神社が東西に等間隔にならぶ状況は、これらが規則的に配置されているように思え、日本版の方格=籠目の発想に至ります。

    図11:妙義神社周辺の著名神社の遷座

    図12:諏訪大社の同緯度線を軸とした拠点のパターン


    No.042 祭祀の籠目 6.大和朝廷の籠目 (1)  


    第38回であらかじめピックアップした拠点は主に大和朝廷によって認められ、あるいは設置された拠点であるため、諏訪大社基準の籠目に合うケースは目立たない結果となりました。しかしながら、諏訪大社基準の籠目以外にも同緯度あるいは同経度に拠点が列ぶケースが見られます(図13,図14)。今回以降は「大和朝廷の籠目」と名付けた「生田神社基準の籠目」「大國魂神社基準の籠目」について解説します。

    図13:同緯度に拠点が列ぶケース


    図14:同経度に拠点が列ぶケース


    No.043 祭祀の籠目 7.大和朝廷の籠目 (2)  「諏訪大社基準の籠目」の評価

    まず、諏訪大社基準の籠目について振り返ります。この籠目は「国津神」に関わりが深いため、改めて大和朝廷と関わりが深いと思われます。各国国府、国分寺、総社、天皇陵などに着目して「他の籠目」はないかどうか検証していきます。


    No.044 祭祀の籠目 8.大和朝廷の籠目 (3)  関東の等間隔の子午線

    関東に着目すると、同緯度、同経度にならぶ拠点の軸線が方格状に交差することが分かります(図15)。これらの軸線を基準にして等間隔に立地する拠点がないか検証すると図16のように東西に等間隔に立地するものがあると分かります。(それぞれの拠点はあらかじめ一定の基準で抽出しておいたもので、サンプルのピックアップに作為はありません)

    図15:関東で拠点が南北あるいは同緯度に列ぶ状況


    図16:関東の拠点が東西に等間隔に立地する状況


    No.045 祭祀の籠目 9.大和朝廷の籠目 (4)  「大國魂神社基準の籠目」

    図16のように列ぶ子午線に対して、間隔を(1/√3)倍し、等間隔に列べた緯線を作図すると図17のように南北に等間隔に拠点が配置されていることが分かります。このようにして「大國魂神社基準の籠目」が導出され、律令国の国府や総社、国分寺などの拠点はこの籠目と一致する位置にあることが分かります。(図18)

    図17:南北に等間隔に立地する拠点



    図18:大國魂神社基準の籠目と一致する律令国の拠点(関東)


    No.046 祭祀の籠目 10.大和朝廷の籠目 (5)  「生田神社基準の籠目」

    拠点を結ぶ軸線が方格状に交差するケースは関西にも見られます(図19)。縦横比が1:√3となる方格がちょうど入る寸法で、籠目の線上に各律令国の拠点が立地する傾向にあるのは、大國魂神社基準の籠目と同様(図20)。生田と大國魂を合わせた「大和朝廷の籠目」に合致する律令国の拠点は実に全国で7割の律令国にも及ぶ結果となりました(図21)。以上の結果から、各律令国の拠点は地理的に意図的、幾何学的に配置されており、かつ、それを実現するための測量が可能で、古代において日本列島の概形が把握されていたことが分かります。

    図19:生田神社を中心に拠点が南北あるいは同緯度に列ぶ状況

    図20:生田神社基準の籠目と律令国の拠点の立地

    図21:「大和朝廷の籠目」と一致する中部~関東の拠点



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  • No.046 祭祀の籠目 10.大和朝廷の籠目 (5)  「生田神社基準の籠目」

    2020-03-31 15:35
    あらすじ 律令時代の各国国府をはじめとして、著名神社などの位置とよく一致する「生田神社基準の籠目」と「大國魂神社基準の籠目」(2つを合わせて「大和朝廷の籠目」と呼んでいる)。「生田神社基準の籠目」の導出の経緯を示し、「大和朝廷の籠目」の評価を行なう。

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    これまでの籠目の振返り

    祭祀の籠目シリーズでは、「日本の主要な神社や国府などの拠点は地理的に規則的、幾何学的に配置されている。」とし、「各拠点は日本版の方格である籠目の線上に立地する傾向にある」ことを示してきました。

    今のところ4つの「籠目」を見つけていて、「諏訪大社基準の籠目」、「大國魂神社基準の籠目」、「生田神社基準の籠目」、「出雲大社基準の籠目」とよび、諏訪と大國魂の2つを紹介してきました。

    このうち、「大國魂神社基準の籠目」を探すきっかけとなったのは、図1、2に示される、南北あるいは同緯度に拠点が列ぶ状況に関心を向けたことによります。


    図1:拠点が同緯度に列ぶ状況

    図2:拠点が南北に列ぶ状況


    図1,2をよく見ると、図3のように緯線と経線が井の字状に交差する状況を見ることができます。

    このような幾何学的な拠点の配置が日本版の方格の痕跡ではないかと考えたのが、「大國魂神社基準の籠目」や、これから紹介する「生田神社基準の籠目」を見いだす元になっています。


    図3:井の字状に交差する緯線経線は、日本版の方格の痕跡か?


    さらに遡ると、

    「古代ヤマトの大王墓探し」のシリーズで、著名な神社や墳丘墓・古墳の配置が図4のように、同緯度や同経度、夏至の日の出の方角に列ぶ状況、

    図5のように同緯度や寅申線(夏至の日の出の方角)や辰戌線(冬至の日の出の方角)に位置する状況

    などから、各拠点が同緯度や同経度、寅申線上、辰戌線上に列ぶ傾向があるのでは?と考えたことが元になっています。

    図4:発想の元となった「古代ヤマトの大王墓探し」の拠点の位置関係

    図5:発想の元となった諏訪大社を中心とした拠点の位置関係

    さて、図3の東側の井の字(の一部)を詳しく見ていくことで、主に関東の拠点の規則的パターンが見つかり、これを「大國魂神社基準の籠目」と呼ぶことにしました(図6,7,8)


    図6:「大國魂神社基準の籠目」の経線と一致する拠点(関東)

    図7:「大國魂神社基準の籠目」の緯線と一致する拠点(関東)


    図8:「大國魂神社基準の籠目」と一致する総社の規則性

    次に、図3の西側を見ると、畿内にも井の字のパターンがあるように見えますが、これは今までの「諏訪大社基準の籠目」、「大國魂神社基準の籠目」には含まれない緯線経線となります。

    結局コレが「生田神社基準の籠目」を見つける手がかりとなるのですが、今回もその経緯を追いながら説明していきます。


    西日本の籠目探し

    図3の左側の井の字をよく見ると図9のようになります。

    図9:畿内を中心の同緯度あるいは南北の拠点の分布

    ・出雲大社を通る同緯度線 

    第2回で取り上げたように、出雲大社と元伊勢外宮 豊受大神社(とゆけだいじんじゃ)はほぼ同緯度にあります。この同緯度線の東方には埒免古墳(相模国三宮比々多神社旧社地)も立地しています。

    少し北側にある日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)と元伊勢内宮 皇大神社(こうたいじんじゃ)もペアになるように同緯度にあり、筆者は意図された配置だろうと考えています。


    ・生田神社(旧社地)を通る同緯度線

    生田神社は神功皇后による起源譚があるので、記紀や由緒をベースに考えると同緯度にある神功皇后陵がよりビッグネームですが、生田神社(旧社地)の位置は特徴的で、筆者はヤマト王権が奈良盆地に至る以前の祭祀地で、より重要だと考えています。

    吉備の大王墓に紐付く北側の山頂(第36回 古代ヤマト 埋葬地と祭祀地14 吉備の祭祀線 参照)
    、生田神社旧社地、神功皇后陵、遠江国府が同緯度で列びます。

    一般に岡山、神戸、大阪、奈良、津、浜松が同緯度付近に列ぶことは偶然とされていますが、筆者の考えでは偶然ではありません。


    ・伊勢神宮を通る同緯度線

    安芸の大王墓に紐付く南側の山頂(第34回 古代ヤマト 埋葬地と祭祀地12 安芸の大王墓 参照)
    、今伊勢宮、伊弉諾神宮、葛城山山頂(大和の大王墓=神武天皇陵に紐付く南の山頂)、伊勢神宮内宮正殿が同緯度に並びます。

    伊勢神宮の正殿は式年遷宮で移動しますが、遷宮元、先の両正殿は東西に列んでおり、緯度は全く変わりません。


    ・生田神社(旧社地)を通る子午線

    生田神社を通る子午線は丹後の籠神社も通り、第23回第26回で示したように「神武天皇の大和攻略」以前の権威に深く関係している拠点を結んでいます。

    筆者は同緯度や子午線にならぶ配置を、弥生時代末期から古墳時代(さらには奈良時代に至るまで)の人々が深いこだわりを持っていたものと考えていますが、配置の規則性以外の祭祀上の関連性で説明できる特徴的な例になっています。


    ・畝傍山を通る子午線

    大和盆地の畝傍山(うねびやま)は神武天皇陵をはじめとして、付近に最初期の天皇陵が多く分布する拠点で明治期に橿原神宮(かしはらじんぐう)が創設され祭祀上も重要視されるようになりました。

    この山頂と大和盆地北部の神功皇后陵はほぼ南北に列んでおり、実際、畝火山口坐神社には神功皇后が祀られているので、この配置は意図されたものと考えてよいでしょう。

    さらに北方の若狭国国分寺も(ズレはありますが)この軸線の延長上に位置していて、南北の配置が意図されているものであることの傍証と考えられます。


    以上の同緯度線や子午線は西日本の籠目を構成する軸線になるのでしょうか?


    図10:畝傍山、生田神社、出雲大社の位置からなるmxn個の籠目状方格

    図10のように、東西方向が畝傍山と生田神社、南北方向が出雲大社と生田神社で規定される、東西m個x南北n個の籠目状方格で構成されているとすると

    方格の経線の間隔(度)=(畝傍山の経度 ー 生田神社の経度)/ m

    方格の緯線の間隔(度)=(出雲大社の緯度 ー 生田神社の緯度)/ n

    となります。

    ここで前回示したように、籠目状方格の緯線の間隔と経線の間隔の関係は次式のようになりますので、

    緯線の間隔(度)=経線の間隔(度)x(0.820063385)÷√3


    3式を組み合わせると

          (出雲大社の緯度 ー 生田神社の緯度)x √3
    n/m = ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
          (畝傍山の経度 ー 生田神社の経度)x 0.820063385

          (35.40201940 - 34.70865280)x √3
        = ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
          (135.78461944 - 135.19665280 )x 0.820063385


        = 2.4907116  ≒ 2.5

    多少誤差がありますが、n/m=2.5と考えるとn=5,m=2で成立します。

    定義から考える若干東西方向に長く、南北方向に短いですが、対象とした軸線の位置が正しいと考えて、軸線の緯度経度を基準にパラメータを計算します。

    このように求めた「生田神社基準の籠目」は次のパラメータからなっています。

    経度の中心 籠神社本殿 東経 135.19665280 度
    緯度の中心 生田神社旧社地推定地 北緯 34.70865280 度
    経線の間隔 0.29398332 度
    緯線の間隔 0.13867332 度

    図で示すと図11の通りとなります。


    図11:生田神社基準の籠目


    図11のグーグルマップ版はこちら
    (表示後「主要拠点」と「大國魂神社基準の籠目」のチェックを外してください。
    グーグルアカウントへのログインが必要です)


    生田神社基準の籠目を見てみる

    前回は各国の国府、総社、国分寺といった拠点が「大國魂神社基準の籠目」の線上に位置するケースが多いことを示しました。

    今回の「生田神社基準の籠目」でも同様で、律令国の拠点が籠目の目に良く一致します。

    その様子を見ていきましょう。

    籠目に合う拠点は「➕」で表示し、拠点の名称を示しています。

    そのうち、籠目の緯線、経線に良く合うケースはその緯線、経線を強調表示してあります。

    それぞれの拠点が東西、南北に等間隔の位置に配置されていることが分かるでしょう。



    図12:生田神社基準の籠目(東北)


    図13:生田神社基準の籠目(関東中部北陸)



    図14:生田神社基準の籠目(東海)



    図15:生田神社基準の籠目(畿内)



    図16:生田神社基準の籠目(中国四国)


    図17:生田神社基準の籠目(九州)

    ここまで見ていただければ、国府、総社、国分寺といった拠点が緯度経度的に等間隔に配置されていることが理解していただけると思います。

    前回紹介した「大國魂神社基準の籠目」と同様、律令国の拠点は地理的、幾何学的に規則的に配置されていることが分かります。



    大和朝廷の籠目を評価する

    「大國魂神社基準の籠目」と「生田神社基準の籠目」を合わせて「大和朝廷の籠目」と呼び、「律令国の国府・国分寺など律令制時代の拠点が籠目とよく一致する」と第42回に書きました。

    二つの籠目のパターンを組み合わせた時に、拠点とどう一致するのか見てみることにしましょう。

    「大國魂神社基準の籠目」 
    オレンジの経線、緯線、斜め線、良く一致する拠点を赤い「╂」マークで示しています。経線や緯線と合致する場合は、その経線あるいは緯線を赤く強調表示にしています。

    「生田神社基準の籠目」 
    エンジの経線、緯線、斜め線、良く一致する拠点を青い「╂」マークで示しています。経線や緯線と合致する場合は、その経線あるいは緯線を青く強調表示にしています。

    合致するかどうかは目見当ですので、合致/非合致の判定にばらつきがあるますが、ご容赦。

    根気のある方はグーグルマップ版のほうにアクセスしていただければ、詳細に確認をすることができます。


    図18:大和朝廷の籠目(東北)


    図19:大和朝廷の籠目(関東中部北陸)


    図20:大和朝廷の籠目(東海)


    図21:大和朝廷の籠目(近畿中国四国)


    図22:大和朝廷の籠目(九州)

    大和朝廷の籠目と各律令国の拠点が合致しているかどうか、各律令国ごとに合致/非合致を集計したのが次の表になります。

    律令国の拠点(国府、総社、国分寺、いずれも不明でないもの)のうち、目視で緯線および経線と合うと認められるケースを「〇」、斜め線と合うケースを「△」、合わない例を「×」としています。

    今回は総社であったという説のある丹後の籠神社のような例は総社に含めませんでした。

    このあたりは判断にブレがあるので参考程度にしてください。

    「×」となった律令国において、著名な神社も籠目の目と合致するケースが多々ありますが今回は律令国の拠点(国府、総社、国分寺)を対象にしています。


    表1:律令国毎の大和朝廷の籠目と拠点との合致/非合致

    実に7割以上の律令国において、その拠点が計算可能な規則的配置に従っていることになります。

    各拠点は意図的に測量により求められた地点に設置されたと考えなければ、この状況は説明付かないでしょう。



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  • No.045 祭祀の籠目 9.大和朝廷の籠目 (4)  「大國魂神社基準の籠目」

    2020-02-27 11:43
    あらすじ 律令時代の各国国府をはじめとして、著名神社などの位置とよく一致する「生田神社基準の籠目」と「大國魂神社基準の籠目」(2つを合わせて「大和朝廷の籠目」と呼んでいる)。「大國魂神社基準の籠目」の導出の経緯と評価を行なう。

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    子午線の間隔を正確に決める

    前回示したように、図1のように関東には東西に等間隔に著名な神社や国府が配置されていることが分かりました。


    図1:関東の等間隔の子午線


    数値的にどの程度等間隔か計算してみましょう。

    試しに完全に等間隔な子午線を計算し、各拠点の位置との誤差を算出します。

    表1の(A)の子午線経度は各拠点の実際の経度です。

    表1の(B)の算出子午線経度は基準点を筑波山とし、子午線の間隔が 0.31253473度 とした場合の計算によって算出した経度です。

    すると、誤差が1%程度に収まるほど規則的に列んでいることが分かります。

    この誤差は子午線の間隔が 0.31253473度を100%とした場合のズレ量を%で示しています。


    表1:関東の拠点の位置と計算によって算出した等間隔点とのズレ量


    経度を見ると筑波山がズレ量がなく(経度の計算上の基準点のため)全体の基準点のように感じますが、筑波山山頂は結論から考えると方格の交点にはなりません。

    各地点から実測(マップ上でサンプルした座標)は表1内のA列の値ですが、作図上は計算に基づいたB列の値を使用します。

    これは完全に幾何学的、規則的に作図することて、図の恣意的な変更を避けるための措置です。

    筆者がマップ上で作図する籠目は、現代の地図上に現代の計算精度で規則的に作図しますが、同等の意図が古代人にあったとしても、その結果はその時代の測量精度やさじ加減によってズレが生じるということは念頭に置いてください。

    あくまで配置に規則性が見られるということを示すための基準線を引くための作画であって、当時の意図などを再現するためのものではありません。

    以上のようにして、経線については基準点と間隔が分かりました。


    緯線の間隔を求める前に

    次は緯線についても規則的な配置があるか確かめていきます。


    図2:籠目状方格のパターン


    筆者が着目している籠目状方格のパターンは図2のようになります。

    簡単に言うと昔の方格図や方眼図法といった地図(図3)のうち、緯線の間隔と経線の間隔の比が 1:√3 となるもので、地図の南北線(経線)が正確に南北となっているものです。


    図3:方格図の例:禹跡図(wikipediaより引用)


    図2のようなパターンから、経線間の距離を1/√3倍して緯線間の距離を出せばいいように思いますが、それだけでは済みません。

    経線間の距離は緯度によって異なるからです。

    また距離は地図ツールの計算方法に依存するため、緯度経度を使用して求めたいということもあります。

    ではどのように求めるのか?

    まずは正距円筒図法(方格図、方眼図法)のくせを知る必要があります。

    現代の地図図法でもっとも近い方式のものを正距円筒図法といい、世界地図で現わすと図4のようになります。


    図4:正距円筒図法の世界地図(脚注1を使用)


    メルカトル図法の世界地図(図5)と比較して、高緯度が南北に圧縮され、緯線が等間隔になっているのが分かります。


    図5:メルカトル図法の世界地図(脚注1を使用)


    何故、正距円筒図法や方眼図法(方格図)なのかという話は「古代の測量技術について」のシリーズを参照してください。

    No.019 古代の測量技術について  ~その1~
    No.020 古代の測量技術について  ~その2~
    No.029 古代の測量技術について ~その3~
    No.030 古代の測量技術について ~その4~
    No.032 古代の測量技術について ~その5~
    No.033 古代の測量技術について ~その6~

    正距円筒図法は図4を見れば分かるように、高緯度になるほど横に引き延ばされるという欠点を持った地図です。

    球体の表面を平面で表現する地図は全て何らかの歪みが生じます。

    メルカトル図法も高緯度になると大きく表示されるという欠点を持ちます。

    図4の正距円筒図法では、具体的には北緯30°においては横方向に1.15倍引き延ばされてしまいます。

    特に高緯度地方では使いにくいので、世界地図でなければ横幅を縮めて補正して使用します。(正距円筒図法を使用するメリットとしては南北の距離が正確であることが上げられます)

    緯度N度において縦横比が1:1になるように補正した正距円筒図法を、「標準緯線N度の正距円筒図法の地図」といいます。


    図6:標準緯線35度の正距円筒図法の世界地図(脚注1を使用)


    図6は標準緯線35度の正距円筒図法の地図で、図4の赤道を基準にした地図を経度方向に約0.82倍したもので、日本付近では縦横比がほぼ1:1になり、大和朝廷の籠目ではこのパラメータを使用します。

    標準緯線35度とする理由としては、大和朝廷の中心だった奈良盆地南部から京都の緯度が北緯
    34.4度~35度あまりであることが上げられます。

    北緯34度と北緯35度では経線の間隔が距離で1%ほど変わってしまうので、このあたりは改善の余地があるかもしれません。

    ここで疑問になるのは、古代に使用された方格図と現代の正距円筒図法がほぼ同等として、標準緯線のような概念が当時あったのか?という点です。

    基準となる緯度の北方は(基準となる緯度と比較して)経線の距離が短くなり、南方は長くなるという形で現れたハズです。

    「大和朝廷の籠目」が神社などの拠点の配置と良く一致するという結果は、古代の日本人がこのような測量上の特徴について気付いていたことを窺わせます。


    緯線の間隔の求め方

    さて、緯線の間隔の計算に戻りましょう。

    経線の間隔は北緯35度を基準にする場合、以下の式になります。


    緯線の間隔(度)=経線の間隔(度)x(0.820063385)÷√3


    (0.820063385)は図6の0.82のことで

    (緯度35度における経度1秒の長さ(m))/(赤道における経度1秒の長さ(m))
    =25.358/30.922 ≒ 0.820063385

    で得られます。

    コレは地球を球体と考えた場合のCOS(35度)= 0.819152044.. でもかまわないのですが、地球は完全球体でないため、wikipediaより経度1秒の緯線の長さを取得し計算しています。

    緯線の間隔(度)= 0.31253473 x (0.820063385)÷√3 = 0.147973887


    この間隔で、関東の主要な拠点の位置を測ると、大國魂神社の緯度を基準にした場合、緯線の間隔のほぼ整数倍に位置していることが分かります。(表2)

    ズレ幅が子午線のときと比べて大きくなっていますが、地図上で示すと図7のようになり、関東内の拠点数に対して、合致するケースが少ない気がしますが、緯線の間隔の計算は筆者の意図通りで良いように思えます。

    表2:関東の拠点の位置と計算によって算出した等間隔点とのズレ量(南北方向)



    図7:表2の各神社を図示した場合の位置(緯線は手作業で作図)


    大國魂神社基準の籠目

    このように求めた「大國魂神社基準の籠目」は次のパラメータからなっています。

    経度の中心 筑波山山頂 東経 140.1082167 度 実際の山頂より東に調整
    緯度の中心 大國魂神社 北緯 35.6674139 度
    経線の間隔 0.31253473 度
    緯線の間隔 0.147973887度

    図7を見ると、等間隔の緯線、経線の両方で交点に位置しているのは、大國魂神社と貫前神社になります。

    前回述べたように、大國魂神社は埼玉古墳群の真南に位置し、この籠目を発見するきっかけにもなっていますので「大國魂神社基準の籠目」と呼ぶことにしました。

    以上のパラメータにより、方格図を作図し、緯線と経線の交点を結ぶ斜線を引くと図8の図が得られます。

    (斜線部分は正距円筒図法(方格図)では、図上で直線となりますが、グーグルマップなどのメルカトル図法では直線とはなりません。図8を含めて斜線は微妙に曲線になっていますが、これは筆者の意図通りで間違いではありません)


    図8:大國魂神社基準の籠目


    図8のグーグルマップ版はこちら
    (表示後「主要拠点」と「生田神社基準の籠目」のチェックを外してください。
    グーグルアカウントへのログインが必要です)


    大國魂神社基準の籠目を見てみる

    さて、筆者は結果を知っているので、「神社などの拠点が籠目の線上に位置する」と言ってきましたが、本当にそのようになっているのか確かめてみましょう。

    関東の主要神社の特徴をヒントにして、全国的に一定の規則で作図したのが図8ですが、そのようなやり方で、「神社などの拠点が籠目の線上に位置する」なんてことが起きるのでしょうか?

    グーグルアカウントのある人は是非上記のリンクからグーグルマップ上で確認してみてください。(画像版のほうもクリックすると拡大表示されます)

    以下の図では特に国府、総社、国分寺について籠目に良く合うもの(今回は目視で判断)をピックアップして図示しました(図内十文字のマークの場所)。

    そのうち、「大國魂神社基準の籠目」の緯線や経線に良く一致するケースはその緯線や経線を太線で示してあります。

    各拠点が整然と籠目に合う位置に配置されていることが分かると思います。


    図9:大國魂神社基準の籠目(東北)


    東北は律令国数が少ないため、国府、総社、国分寺について取り上げるとケースが少なくなります。

    しかしながら、出羽国総社、陸奥国国分寺、佐渡国総社が籠目付近に立地します。

    籠目の子午線と一致するのは出羽国総社のみです。


    図10:大國魂神社基準の籠目(関東)


    関東は国府、総社、国分寺に絞ると一致しない拠点が多くなります。

    上野、下総はニアミス、安房、相模はまったく一致しません。
    (那須国府が表示範囲外で取りこぼしました。)

    ですが、等間隔に列ぶ様子や同緯度に列ぶ様子がよく分かるケースになります。


    図11:大國魂神社基準の籠目(中部)


    これまでは関東の拠点の分布を元に「籠目」の存在を予測したので、拠点の位置と合致してもある意味当然でしたが、この図11は「元々拠点に規則性が存在しなければ、合致するはずがない例」になります。

    作図した籠目が「予測値」であるとしたら、籠目との合致具合は「予測計算が実情に合っている」ことを示します。

    図内では越後国総社、能登国総社、加賀国総社、甲斐国総社、美濃国総社が良く一致します。

    このうち越後国総社、図11の下野国総社と甲斐国総社は武蔵国総社と同緯度に列んで存在します。

    良く合うケースがある一方、越前、信濃は全く合いませんし、越中はニアミスになります。


    図12:大國魂神社基準の籠目(東海)


    中部の例と重複がありますが、東海道の各国(伊勢、尾張、三河、遠江、駿河、伊豆)の拠点は全く一致しません。

    むしろ、この方が「普通」で、神社などの拠点の位置が自然発生的で、測量などによってお互いの配置が操作されていないならば、等間隔に引いた緯線や経線と合うわけがありません。

    例えば大國魂神社基準の籠目の緯線はほぼ16kmに一本の間隔で引かれていますが、緯線からの距離500mが「一致する」と考えると、緯線を中心に1kmの幅に入るケースが一致となります

    すると、拠点の配置が作為的でないならば、1/16の確率で「緯線と一致」となります。

    律令国は68カ国として4カ所あまりが「緯線と一致」なるはずですが、ここまで見てきただけでこの数を超えています。(国府、総社、国分寺が同じ場所にあると考えた場合)

    「大國魂神社基準の籠目」に合う/合わない地域が偏っている件については、後日取り上げるとして次の地域を見てみましょう。


    図13:大國魂神社基準の籠目(近畿)


    図13を見ると、緯線や経線に関して規則的な位置に立地していることが分かります。

    一方、「大國魂神社基準の籠目」に合わない例も多く、山城、若狭、摂津、河内、丹後、伊賀、播磨は合いません。

    この点については東海のケースと同様、後日取り上げます。


    図14:大國魂神社基準の籠目(中国)


    中国地方を見ると、山陽道以外は良く一致するようです。

    特に美作は丹波と同緯度、石見は近江と同緯度で、しかも緯線の最小間隔で並んでいます。

    籠目状方格が実際に存在すると考え得る良いケースです。


    図15:大國魂神社基準の籠目(四国)

    四国は4カ国の4つの拠点が大國魂神社基準の籠目の緯線か経線に一致するケースになっています。

    ここまでのケースを見て、多くの拠点が規則的に計算された大國魂神社基準の籠目の位置に合致することがよく分かっていただけると思います。

    中心点の経度、中心点の緯度、経線の間隔、緯線の間隔の4つのパラメータによって、これだけの拠点があらかじめ計算可能というのは偶然ではありえません。

    大國魂神社基準の籠目、あるいはそれと同等の「拠点を地理的に規則的に配置する意図があり、その測量が可能だった」からこそ、大國魂神社基準の籠目が拠点の位置を合致するのだと、筆者は考えています。


    図16:大國魂神社基準の籠目(九州)

    九州の例も、筑後国総社、日向国総社、薩摩国総社が籠目の緯線と良く一致し、(当時の)日本の南端まで、籠目に総社の位置を合わせる配慮が行なわれていると考えられます。

    同時に今回の「大國魂神社基準の籠目」の緯線間隔などのパラメータの精度が良いことも現わしています。
    (あくまで現代の地図上での話で、地殻変動の影響がどの程度あるかは筆者には不明です)

    特に肥後国国分寺や日向国総社はその敷地を籠目の軸線が通るほど良く一致しています。
    (もちろん、ノーコンピッチャーが「手が滑って」ど真ん中ストライクを投げるような、「結果が良くなる誤差」である可能性もあります)


    おわりに

    全体を通してみると、「大國魂神社基準の籠目」は畿内から遠い地方の拠点、国府、総社、国分寺のいずれかと良く一致します。

    しかしながら、一致しない一宮、式内社も相当数あり、これだけでは「籠目」のような考え方があるとは断定できないでしょう。

    筆者も全国的に籠目と拠点の位置が合うと分かって驚きましたが、その反面、一致しない地域が偏在することに疑問を感じました。

    「大國魂神社基準の籠目」には図17中の生田神社を通る経線や図18中の出雲大社を通る緯線が入っていないので、そのような軸線が重要だと考えていた筆者には拍子抜けでした。


    図17:生田神社を通る経線

    図18:出雲大社を通る緯線


    ならば、これらを含んだ「籠目」がまだあるのではないか?ということで再チャレンジとなったのが「生田神社基準の籠目」です。

    既に図8のグーグルマップ版で示してありますが、内容の紹介は次回以降とさせていただきます。


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    脚注1:地図投影法学習のための地図画像素材集を使用